「横浜WEBステージ」特集 田村吾郎(クリエイティブディレクター)、川瀬賢太郎(指揮者)、阪田知樹(ピアニスト)インタビュー|クラシックの演奏を自在な視点で楽しもう 伝統と最新技術が生んだバーチャルフェス

新しい可能性をどんどん広げたい

──田村さんが考えているさまざまなアイデアを実現するために、アーティストに負担にならないような配慮はありましたか?

田村 ホール側といろいろ話をしたうえでアーティストにご相談をしているのですが、やはり実際演奏される方の目線からすると「ちょっとそれは」というのはありましたね。

川瀬 人によりますね。「よく8Kで収録しているんですよ」とか「よくカメラに囲まれてやっているので慣れていますよ」と言う演奏家はあまりいないと思うんですよ。

田村 125チャンネルでいつもやっていますよ、みたいな。

川瀬 そうそう。絶対そんなアーティストはいないから。みんな初めて。

──苦労したことなどはありますか? 例えば「月光」のスイッチング映像の冒頭などでは、ドローンの音はどうやって消したんでしょう。

田村 ドローンの撮影では、実は映像だけで音は使っていないんです。同じ曲を何度も弾いていただいて。マスターのカットがあって、そこに映像を合わせるんです。とは言ってもやはり、まったく同じではないので、そこを1フレームずつ調整しました。映像が秒30フレームなので、1秒間あたりに30コマ調整していく感じです。

──細かい。ほかに困ったことはありましたか?

田村 あとはカメラ。これは別にあまり面白い話ではないですが(笑)。あらゆる種類のカメラを使っているので、色が合わないとか。やはりテクニカル面ではいろいろありますよね。

──映像と音の両方でやりたいことを表現するのは難しいですよね。

田村 難しいですね。ここまでいろいろな撮り方をしているコンテンツはなかなかないと思います。

──これからのクラシックの演奏の見せ方が変わっていくきっかけになるのではないでしょうか。

田村吾郎

田村 そう思いますね。面白いなと思ったらぜひいろいろなアーティストにやってもらいたいし、世界中でやれば、音楽のマーケット自体が広がるわけで。今まであまりクラシック音楽に触れていない人にも観てもらって、今後も聴いてほしいし、コロナが収まったらコンサートにも来てほしいです。その接点を作るためにやっているんですよね。これからは配信コンテンツの可能性、そしてリアルタイム性を追い求めることになると思うんです。だから、今までとスキームも変えていかなければいけないし、演奏するということと聴く人の金銭の交換の価値も変わってくるはずです。新しい可能性はどんどん広げたいと思っています。

──しかも無料でこういうものが観られるのはすごいことですね。

田村 はい。今回は横浜市の事業としてできているから成立していますが、クラウドファンディングで同じことができますかという話になると難しいですよね。今のところ、そこのマネタイズができていないんですよ。クラシック音楽にお金を使う人は、CDを買うか、演奏会に行くかしかなく、第3の選択肢がないんです。今後はそちらに誘導していく必要があります。

横浜みなとみらいホールは横浜の顔の1つ

──もう1つすごいなと思ったのは、横浜にゆかりのあるアーティストだけで、横浜での収録でこの内容が実現できたということ。川瀬さんは意識せざるを得ないですよね、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の“シェフ”なんですから。

川瀬 そうですね。横浜みなとみらいホールって、横浜の顔の1つだと思うんですよ。街の中心にあるということが重要なんです。今後文化と地域の関わり合いがどう深まっていくのか、それが僕は楽しみです。いろいろな可能性を感じられる場所だし、東京の隣だけれどいろいろな可能性を感じられる場所でちょうどいいんです。

──音楽だけでなく、テクノロジーに興味を持って観る人がいるかもしれないですね。メイキング映像も観てみたいです。

左から田村吾郎、川瀬賢太郎、阪田知樹。

田村 実は作っているんですよ。企画の段階からもうカメラが入っていて。撮影もずっとしていたはずですよ。

阪田 全然気付かなかった(笑)。

田村 まあ、カメラだらけですからね、どっちにしてもね(笑)。

川瀬 神奈川フィルの収録のときは爆笑NGが2回あったんです。

阪田 それ、めちゃくちゃ気になります。

川瀬 こういう環境での収録なので、全員めっちゃ疲れてたんです。ベートーベン(交響曲第5番「運命」)から演奏して、もうくたくたなわけですよ。そのあと、「スター・ウォーズ」のときに一発でうまくいったと思ったんですけど、「どこかやり直したいところありますか」と聞いたら、コントラバスの首席の米長(幸一)さんが「すみません」って。なんだと思ったら、「マスク付けたままやっちゃったんですけど」って(笑)。あれは大爆笑だった。

──(笑)。

「クラシックっていいじゃん」のきっかけになる魅力的なものを

──コロナ禍によって、これまでの演奏活動のスタイルが断たれてしまいました。そんな中、こういう新しい試みにトライしたりして、これからの自分の演奏活動に変化があるかもという感触はありますか?

川瀬 感謝の気持ちが非常に強くなりました。演奏会が中止、延期になる中で、例えば多くのお客様がチケット代を返金せずに募金しますと言ってくださる。今は芸術家だけじゃなく、全世界的に厳しいわけじゃないですか。なのに我々のために募金しますと言ってくださるのは、涙が出るほどうれしかったですね。やはりこの人たちのために、今後また演奏会が再開したら、よりがんばりたいという気持ちが芽生えました。

阪田知樹

阪田 私はもともと3月1日に横浜みなとみらいホールで予定していたリサイタルが8月に延期されました。これまでは私たちは、音楽に対してある意味飽食の状態だったと思うんです。もちろん聴くたびに感動するし、弾くたびに感動するし、感謝の気持ちを抱き、素敵な時間を過ごせたと思っていたんですが、数カ月間を経て最初に踏んだ8月の舞台、そこで最初に演奏した音、終わったときの感触、それがいかに貴重なことかと改めて思いました。制限された時間があったからこそ気付けたのかなと思うんです。だから、今は自分の音楽家としての再出発のような気持ちがあります。私のようなちっぽけな人間に何ができるのかというのを考えるきっかけになりました。

田村 基本的には僕は、芸術やアートは社会の多様性を担保するもので、それ以外の価値は実はそんなにないと思っているんですよ。僕はもともと美術大学出身なんですが、美術の基本は「前の時代の否定」だと個人的には思っています。いかに前時代の常識を否定し、更新していくかというところが、近代以降の美術のスタンスです。コロナになって、コロナの前に戻れたらいいなと思う部分ももちろんあるんですが、僕はコロナの前の世の中が完璧だったとは全然思っていない。ものすごく惰性的だったと思うんです。それはいつの時代もそう。ポジティブに言えば伝統ですが、ネガティブに言えば因習的。なので、僕は今後どうなっていくかにすごく興味があるんです。例えば10年、100年先の世の中で芸術がどういう価値を提供できるのかは、やはり真剣に考えないといけないと思っています。

──最後に、このインタビューを読んで横浜WEBステージに興味を持たれた方へメッセージをお願いします。

阪田 クラシック音楽の演奏を楽しんでもらいたい面もありますが、テクノロジーの一環としての面もあると思うんです。クラシックとの融合で好奇心をくすぐる映像作品の1つとして、すごく面白い。どれも凝縮された数分間なので、オープンマインドで楽しんでいただけたらと思います。

川瀬 僕は音楽は言葉の終わりから始まるものだと思っています。要するに、言葉で何も言えない、単語も知らない「この感情は何?」というところからも、クラシック音楽の世界に入っていける。その出会いとしては本当に興味深いコンテンツだから、これまでクラシック音楽に親しみがなかった方たちにもご覧いただきたいです。それをきっかけに、これから休館してしまいますが横浜みなとみらいホールや、そのほかのコンサートホールに足を運んでいただけたらいいなと思います。

田村 例えば横浜市の小学生数万人に多少無理やりでもクラシック音楽を聴かせたとして、素晴らしかったと言う人はそれほど多くないと思うんです。でも、聴いた経験が、いつになるかわからないけれど何かの糧になる可能性はある。そこが先ほど僕が言った多様性の担保ということです。若い世代が、5年後とか10年後に、「クラシック聴きに行ってみようかな」と思えるとか、子供たちが自分の生き方を考え始めたときに「音楽が選択肢に含まれる」とか、そのような魅力的なものを我々が作らないといけないということですよね。だから、がんばっていろいろなコンテンツを作っています。ぜひ観てください。