「横浜WEBステージ」特集 田村吾郎(クリエイティブディレクター)、川瀬賢太郎(指揮者)、阪田知樹(ピアニスト)インタビュー|クラシックの演奏を自在な視点で楽しもう 伝統と最新技術が生んだバーチャルフェス

神奈川県横浜市のコンサートホール、横浜みなとみらいホールの主催および企画制作によるバーチャル芸術フェスティバル「横浜WEBステージ」が、今年9月より展開されている。

横浜WEBステージは、新型コロナウイルスの感染拡大により活動の場を失ったクラシックアーティストを支援する企画。もともとは2021年1月から2022年10月までの横浜みなとみらいホールの大規模改修に伴う休館期間中の展開を予定して準備が進められていたが、コロナ禍を受けて予定より前倒してスタートした。

このコンテンツの主軸となるのは、コンサートとは異なる形でクラシック音楽の楽しさや魅力を表現すべく、実際のホールでの演奏をさまざまな最新技術を用いて収録した映像。オーケストラの指揮者の視点からステージやホール内を360°撮影した映像、演奏するピアニストの足元や手元、さらにドローンを用いて頭上から捉えた映像など、ホールの座席から鑑賞するのとは違った斬新なアングルで一流の演奏家たちのパフォーマンスが楽しめる。収録には横浜にゆかりのあるアーティストが多数参加した。

この「横浜WEBステージ」の狙いや見どころを掘り下げるべく、音楽ナタリーではクリエイティブディレクターを務める田村吾郎、そして収録に参加したピアニストの阪田知樹、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者である川瀬賢太郎にインタビューを実施。最新技術を通じて提示するクラシック音楽の新たな可能性について語ってもらった。

取材・文 / 結城美穂子 撮影 / 曽我美芽

バーチャルだからこそ可能な、演奏会ではできない体験

──「横浜WEBステージ」は9月から配信が始まりましたが、反響はいかがですか?

田村吾郎 すでに各方面から反響はありますが、まだこれからというところですね。今はYouTubeだけで展開していますが、これからリアルイベントやタブレットを使ったアウトリーチなどを予定しているので、本当の評価はそれ以降、最終的には5年後、10年後に見えてくると思っています。

──「横浜WEBステージ」では360°カメラを使用した「魚の目」、小型広角カメラを用いた「虫の目」、ドローンを駆使した「鳥の目」、高解像度カメラを使用した「人の目」といったさまざまな視点の映像、日本とドイツ・ベルリンをつないでのリモート収録映像、さらに4Kや8Kで収録した演奏動画など、新しい映像体験が楽しめる多数のコンテンツが用意されています。今回の企画で目指していることはどんなことでしょうか。

田村 音楽を体験する方法はいろいろあるけれど、ホールで生の音を聴くのが一番だと思うんです。でもバーチャルだからこそ可能になる体験もあるということで、演奏会に行ってもできない体験をしてもらおうと、いろいろなアイデアを試みています。8K映像、ハイレゾ音源の目的は実際のリアルな体験に近付けることなので、そちらは客席からの視点で撮った固定カメラの映像です。だから実際の演奏会に行くときと体験のベクトルは同じです。

──出演された川瀬さんと阪田さんは、最初にこのお話を聞いたときに、どんなふうに思われましたか?

左から田村吾郎、川瀬賢太郎、阪田知樹。

阪田知樹 ドローンやカメラに囲まれるのはどんなものなのだろうと思いました。実際にやってみて、録音、録画のプロセスも楽しんでやらせていただいたので、結果的にはすごくポジティブな方向に動いてよかったと思っています。

川瀬賢太郎 こういう「ならでは」の企画ができるのは楽しみでした。オーケストラの演奏を360°カメラで収録する当日、いざ会場へ行ってみたら、どえらい数のマイクが立っていて。すごい数でしたよね。

田村 125本ですね。

川瀬 1人の奏者に1本ずつ以上。まずそれに圧倒されて一気に緊張しましたし、僕よりもたぶん奏者が緊張したと思います。

──たしかに、緊張感と臨場感のある映像でした。

川瀬 我々は日頃、アナログなことをやっているじゃないですか。だからこれだけの最新技術とアナログなものが結びついたときにどんなものができるんだろうと、ステージに立って、たくさんのマイクを見て思いましたし、完成したものを観てみると非常に興味深い仕上がりになっていました。何百年も前からあるオーケストラとかクラシック音楽と、今の最先端のものを結び付けて発信する最初の機会に携われたことが、何より光栄だったなと思います。

──これまでの演奏の収録とはまったく異なりますよね。

田村 そうですよね。例えば「スター・ウォーズ」の映像は、普段、川瀬さんが見ている指揮者の位置の視点で撮っているんです。通常のコンサートだと、ホールのS席で観ていたとしてもステージとの距離は20〜30mくらいあって、けっこう遠いんです。音はもちろんバランスよく響くんだけれど、終始同じ景色をみることになります。ほかの席ではどんな音がするんだろうとか考える人もいるかもしれないし、子供たちは「ステージに乗ってみたい」とも想像するかもしれない。そういう夢を叶えたいというのもあります。ステージ上からの視点を通じて「うわ、オーケストラってすごいな」というのを、なんとかして伝えたいなという思いがあって。

──阪田さんの演奏は表情、手元、足元、ピアノの内部を捉えた4分割の映像が公開されています、ペダルの踏み具合を足元から撮るのも面白いですね。

阪田 そうですね。あれは本当に斬新だなと思いました。収録時はあまり気にしていなかったんですけれど、あとから観たら「こんなところから足元を映していたんだ」と。あとドローンの映像で始まるほうは、動画を観ていただくとわかるのですが、最初ドローンが僕の上にいるんです。

田村 真上ですね。

阪田 だから、髪の毛が揺れるんです、風が来て。僕の上にいるときは野外で演奏しているような感覚でした。

自分が持っているベストをぶつけた演奏

──いつもとは違う環境で収録したわけですが、演奏の仕方などを変えようとは思いましたか?

阪田 今回は録音の際にプレイバック(録音データを再生し確認すること)が聞けるわけではないので、やはり自分が持っているベストをぶつけようという感じでした。

川瀬賢太郎

川瀬 オーケストラは普段の演奏会もすごく緊張感がありますが、今回の「横浜WEBステージ」の収録は状況が違う。マイクが1人につき1本立ててあるから。僕は常任指揮者だし、彼らとは普段通りのテンションで演奏できるのですが、お互いに「これは残るものだ」という気持ちを持っていましたね。そのナーバスな感じはありました。

田村 オーケストラの映像は360°のものが今のところ公開されているのですが、メインは12月に開催予定のスピーカーコンサートです。これは、スピーカーを演奏者と同じ数だけ置き、演奏者1人に1チャンネル割り当てて、生のオーケストラ演奏の持つ情報量や響きを再現するという試みで、ヤマハとNHKテクノロジーズと一緒に試行錯誤している最中です。

──ミキシングするということですよね。

田村 そうそう。面白いのは、それをミックスダウンして、例えば10トラックとかにしてもいいわけですよ。最近は小さいBluetoothのスピーカーもあるから、それを携帯で同期させれば、それぞれのチャンネルができる。このシステムを、例えば小学校に持っていって、スピーカーをポンポンと置いて、このチャンネルはオフ、このチャンネルはボリュームにするなど、子供たちにオーケストラをコントロールしてもらうことができるんですよ。教育的な価値に結び付けるために録っているんですね。これから横浜みなとみらいホールが休館する間はそういう活動をしたいと考えているんです。

──現在公開されている映像以外にも、まだまだたくさんのコンテンツが楽しめるんですね。

田村 まだリリースはしていないのですが、これからもう少しハイテクっぽいコンテンツがいくつか出てくるんですよ。リアルタイムでいろいろなアングルから見られる技術とか。16個のカメラでステージをぐるっと取り囲んで、それを三次元に時間軸を乗せた“四次元時空“のデータにする。カット割りができあがった映像を一方的に観るのではなく、自分で自由にコントロールできる。後ろに回りたかったら後ろに回れるし、ズームしたかったらズームできるというようなコンテンツを今KDDIとKDDI総合研究所が一生懸命に作っているんですが、それはリアルな演奏会とは全然違う音楽体験になるはずです。