和ぬか2ndアルバムをライターレビュー&対バンツアーゲストのコメントで深掘り

和ぬかの2ndアルバム「審美眼」がリリースされた。

「今の和ぬかに作れる最高傑作のアルバムです。LIVEを意識した新曲、お楽しみに」と、6月中旬にSNSで和ぬか自身がリリースを告知した「審美眼」。アルバムはその言葉通りの充実作だ。

この特集では2022年に「絶頂讃歌」「真っ裸」「もったいぶり」のレビューも執筆したライター・柴那典によるテキスト、8月から9月にかけて行われる対バンツアー「焦がれて踊草」に出演するユアネス、秋山黄色、おいしくるメロンパン、ネクライトーキー、Souのコメントを通じて、「審美眼」の魅力を深掘りする。

文 / 柴那典

柴那典レビュー

踊り出したくなるような「審美眼」

「審美眼」の全10曲を聴いた最初の印象としてまず感じたのは、和ぬかのアーティストとしての着実なステップアップだった。1stアルバム「青二才」から約1年。その間にあったターニングポイントとして何より大きいのは、ライブのステージに立ったことだろう。2022年12月には東京・WWWで初のワンマンライブ「儚さのオリジン」を開催。2023年3月から4月にかけては東名阪を回る初のワンマンツアー「春夢のキラメキ」を開催した。

「青二才」ジャケット

「青二才」ジャケット

コロナ禍にSNSや動画サイトで音楽活動を始めた和ぬかにとってライブは、今まで出会えなかったリスナーと出会う場としても、オーディエンスと生身で向き合い、ともに熱量の高い空間を作り上げるパフォーマンスを見せる場としても、大きな意味を持つ体験になったはずだ。そして、その実感と手応えは楽曲制作にも少なからず影響を与えたのだろう。今回のアルバムもライブ映えするダイナミックな楽曲が軸になっている。

その代表が、アルバムのタイトルトラック「審美眼」。ラテンのビートと華やかなホーンセクションを配した情熱的なダンスナンバーだ。思わず踊り出したくなるような肉感的なグルーヴに乗せて、耳に残る中毒性を持ったメロディが歌われる。「貴方の本音を暴いて いっぱい燃やして ほら全裸を晒して もっと奥突いて」と歌詞ではセクシャルなイメージをつづり、「私は代わりの女ね」と女性目線で情愛の駆け引きを歌う。「愛は所詮フォーマルだ 見つめて審美の眼で」という歌詞のフレーズは、曲名の「審美眼」が、文字通りの意味に加えて、いわゆる本当の愛というものを見抜く能力のことも指しているのではないかと感じさせる。

この「審美眼」と対をなす1曲が「絶頂讃歌」だろう。

2022年8月に「和ぬか、新章始めます。」と自らのSNSを通じて告げた3カ月連続リリースの1曲目。それまでの作風と一線を画すバンドサウンドのスタイルで作り上げた1曲だ。この「絶頂讃歌」も「審美眼」同様に躍動感あふれるラテンロックナンバーで、これまでのライブでも大きな盛り上がりを生み出してきた。サビの歌詞にある「願うは三度の絶頂を 胸の中で至る」や「今宵も僕らは繁栄の ために愛をもっと費やしてよ」というフレーズは、男女の夜の営みのことを指し示しているように感じさせる。こうしたエロティックな描写は和ぬかにとっての得意技と言えるだろう。

ターニングポイントは2022年夏

アルバム「審美眼」は、この「絶頂讃歌」以降に発表されてきたバンドサウンドのスタイルでの既発曲6曲に新曲4曲を加えた内容となっている。ポイントは、和ぬか自身が、このアルバムに至るまでの時期を“第1章”と位置付けているということだ。

2021年2月に1stシングル「寄り酔い」をリリースし、メジャーデビューを果たした和ぬか。音楽活動を始めたのは2020年12月のことだ。TikTokとYouTubeで公開されたオリジナル曲が評判を呼び、現役大学生であること以外に詳細なプロフィールや素顔は公開せず、謎めいた素性のまま、楽曲がひとり歩きする形で人気を広げていった。

2022年7月にリリースされた1stアルバム「青二才」はそうした初期の楽曲を収録したアルバム。和ぬか自身はこのアルバムまでの活動を“第0章”としている。リリースに際してのコメントには「実験感覚で和のエッセンスを取り入れるなど、好奇心や探究心に溢れた楽曲たちを並べた。和ぬか第0章の軌跡と新章への足掛かりを示した決意の1枚」とある。

つまり、実験精神に突き動かされ音楽表現を探究してきた“第0章”から、ライブの場でオーディエンスに向き合いアーティストとして本格的に歩みを進めていくことを意識した“第1章”へのターニングポイントが昨年夏にあった、ということなのである。「審美眼」はそれ以降の楽曲を収録したアルバムだ。

2022年9月に配信リリースした「絶頂讃歌」に続き、和ぬかは10月にグルーヴィなR&Bナンバー「真っ裸」を、11月にアップテンポなギターロック「もったいぶり」を配信リリースしている。

「真っ裸」は年下の男の子にアプローチを受けた大人の女性の心模様を歌った曲。うねるようなベースライン、歌謡曲にも通じるメロディセンスと女性視点の歌詞が聴きどころだ。

一方「もったいぶり」は青春時代のキラキラした恋愛をモチーフにした告白ソング。アップテンポなシャッフルビートのギターロックで、アレンジにも歌い方にもさわやかさが貫かれている。

ドラマタイアップに初の東名阪ツアー、今年の和ぬかは

2023年に入っても、和ぬかはさまざまなタイプの楽曲をリリースしてきた。

2023年1月に配信リリースされた「LOVE is」は、地上波×TELASA連動の恋愛ドラマ「バツイチ2人は未定な関係」の主題歌として書き下ろされた1曲。恋に落ちたときのウキウキとした気持ちをつづったポップチューンだ。軽やかなカッティングギターとホーンセクション、ストリングスを配したアレンジには、それまでの和ぬかにはないカラフルさがある。「足に羽根などないのに 君に会える日は身体弾むよ」という歌詞に、ピュアな喜びがつづられている。

2023年3月に配信された「ヒロイック」は、初の東名阪ワンマンツアー「春夢のキラメキ」を象徴するシングルとしてリリースされた1曲。ライブを意識したギターロックの曲調だ。歌詞には人前に立つことになった彼自身の意識の変化も垣間見える。「心閉ざすのはもう辞めた」や「生かされないで生きろ馬鹿」といった、強い言葉で自らを奮い立たせるような歌詞のフレーズが耳に残る。

そのワンマンツアー「春夢のキラメキ」にてアンコールで披露されたのが、5月に配信リリースされた「ふにょい」だ。「ふにょい」は「不如意」、つまりは思い通りにならないことを歌った曲である。しっとりとしたバラード調の始まりから、洒脱なピアノがアンサンブルをリードする。後半ではピアノとベースとドラムとホーンがセッション的なプレイを繰り広げる。ジャズのテイストを取り入れたアレンジに乗せて歌われるのは、コミカルな失恋の情景だ。

憧れの人とコラボ

そして、アルバム収録の新曲の中でもとりわけ注目すべき楽曲が、「ざわめけ feat. Sou」だ。この曲はシンセの高揚感あふれるフレーズと力強い四つ打ちのビートが導くEDMナンバー。跳ねたリズムを持った曲調で、「絶頂讃歌」や「審美眼」に並ぶダンサブルな1曲となっている。

和ぬかとSouのボーカルの相性も抜群だ。SNSで明かされたコメントによると、和ぬかにとってSouは高校生の頃にYouTubeを介して知って以来憧れの対象で、これまで歌うにあたってその歌声を意識してきたこともあったという。2022年6月にリリースされたSouのアルバム「Solution」に和ぬかは楽曲「トマドイリズム」を提供しているが、自身の楽曲にフィーチャリングゲストとしてSouを招いたのはこれが初。つまり「ざわめけ feat. Sou」はリスペクトする相手とのコラボが実現した念願の1曲と言える。似通ったトーンを持つ和ぬかとSouの歌声が溶け合うようなテイストだ。

「ざわめけ本能 恋するモーション 世は非日常イカれたキスして 僕らの衝動起こしてもっと 素敵な愛と言えるように」と歌うこの曲。テーマにしているのは、理性や理屈をふっ飛ばして本能の衝動に身を任せるということ。歌詞には「僕らは二人でbloody」という言葉もある。濃密な関係性を描くこの曲を2人で歌うということにも意味があるはずだ。

疾走感あふれる「隣人さん」もライブ映えしそうな1曲で、カホンなどのパーカッションが聴きどころ。一方、「笑われ者」は大らかなメロディを持った3拍子のスローナンバーだ。「隣人さん」も「笑われ者」も、歌詞のテーマは自分自身のアイデンティティ。歌詞には自己と深く向き合うような心理情景が描かれている。

和ぬかは美を見極められるのか

アルバムのリリースに際して、和ぬかは「様々な情報が溢れかえり、自分の思考を使って精査しなければならない場によく出会うようになったこの時代には、見極めの眼力が必要である。探究心の溢れるままに作品作りを重ねてきた今の和ぬかに美を見極める能力はあるのか。また同じく、聞き手のあなたにも美を見極める能力はあるのか。審美眼の有無を試すアルバム」とコメントしている。

このコメント自体からは少々難解な印象も受けるが、アルバム全体のトーンには小難しさのようなものはない。むしろ聴いているうちに自然に耳に馴染んでいくような、肩の力を抜いて聴けるような、いい意味での“軽さ”もある。

そして、印象に残るのは曲調の幅の広さだ。アルバムにはロック、EDM、R&B、ジャズとさまざまなジャンルの要素が取り入れられているが、「審美眼」や「絶頂讃歌」のようなラテンナンバー、「ざわめけ feat. Sou」や「隣人さん」「ヒロイック」のようなダンサブルでアグレッシブな楽曲が軸となっている。

“和”のエッセンスを持つメロディと韻を踏んだリリック、小気味よい曲調で人気を博してきた和ぬか。「青二才」に収録された初期の楽曲は一筆書きのようなシンプルなアレンジのものも多かったが、本作ではアレンジや音楽性の幅もより広がっている。

おそらく、このアルバムは和ぬかがアーティストとして、シンガーソングライターとしてのアイデンティティを確立していく過程を刻み込んだ1枚であるのだろう。目覚ましい成長を遂げている真っ最中である。それゆえに、今の和ぬかにとって“美を見極める能力”が非常に大事なものであり、それがアルバムのコンセプトになっている。

筆者は初のワンマンライブ「儚さのオリジン」、そして初のワンマンツアー「春夢のキラメキ」の東京公演を観たのだが、そこで感じたのは、和ぬかというアーティストが持つ“誠実さ”だった。MCでお客さんに向けて語るときの口調も、伸びやかなハイトーンの歌声と対象的な、実直な語り口が印象的だった。

おそらく、今後はそうした和ぬかの“人間味”の部分がより明らかになっていくはずだ。新作はそういうことを感じさせるアルバムでもある。

和ぬかはアルバムリリース後の8月から9月にかけて対バンツアー「焦がれて踊草」を行うことを発表している。共演の相手はユアネス、秋山黄色、おいしくるメロンパン、ネクライトーキーという面々で、東京公演はSouをゲストに迎えたステージとなる。気鋭のバンドやライブに長けたアーティストたちとの対バンで、和ぬかの新たな側面がさらに明らかになっていくような予感もある。こちらも期待したい。