T字路s「PIT VIPER BLUES」ライナーノーツ
より太く、色濃い筆致で描かれた「ブルース」
文・宮内健
ボーカル / ギターの伊東妙子と、スカバンドCOOL WISE MANのリーダーでもあるベーシスト篠田智仁の2人によるバンド、T字路s。2010年の結成以来、彼らは全国津々浦々を行脚しては、魂を燃やすようなライブを繰り広げ、各地に熱狂的な支持者を増やしていった。ミュージシャンの甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、俳優の松重豊、お笑い芸人の千原ジュニア、DJの須永辰緒、劇作家の宮沢章夫といった、一癖も二癖もあるような男たちをも虜にしてきた彼らの音楽。それは、一度でも道を踏み外したらすべて終わりとでも言いたげに、ボロクソに叩き、あげつらい、消費していく、現代社会の思考とは真逆のベクトルを向く、激しくも優しい「人生の応援歌」だ。
2016年、内田英治監督・渋川清彦主演の映画「下衆の愛」のために主題歌「はきだめの愛」を書き下ろし、2017年には初のオリジナルフルアルバム「T字路s」をリリースした彼ら。「FUJI ROCK FESTIVAL」や「RISING SUN ROCK FESTIVAL」をはじめとする野外フェスにも数多く出演する一方で、2018年夏には大手百貨店とのコラボ企画で、笠置シヅ子の代表曲をリメイクした「買い物ブギ ~西武・そごう 2018ver.~」を発表。T字路sの歌は、ジャンルや世代を越えて波及しつつある。
約2年ぶりとなるニューアルバム「PIT VIPER BLUES」は、ほぼ2人だけの演奏で構成される内容ながら、ここ数年の充実した活動のすべてが有機的に作用し、今までにはない新しい魅力を次々と見せてくる。モータウンビートを彼らなりに解釈した弾むようなサウンドの「孤独と自由」、偉大なるレゲエトランぺッター=エディ・タンタン・ソーントンを迎えたロックステディ・ナンバー「Eddie」、カリプソの軽快なリズムが心地いい「レモンサワー」など、サウンド面だけ切り取ってみても、表現域がグッと広がっていることに気付くはずだ。そのあたりは、TURTLE ISLANDの永山愛樹と竹舞によるユニット、ALKDOのライブサポートなどでも活躍する篠田の貢献度の高さがうかがえる。また、4曲にゲスト参加しているハンバート ハンバート佐藤良成の、2人組バンドのメリット / デメリットも知り尽くしたうえでのツボを心得たサポートワークが、T字路sの描く世界に過不足ない彩りを添えている。そして、色とりどりな曲調に合わせてアプローチを変えてくる、伊東のシンガーとしての進化にも目を見張るものがある。
しかし、なんといっても注目すべきは、伊東のつづるメロディの求心力、そして、乾いた情景描写で無二の世界観を描き切るリリックの才だ。誰しもが抱えているであろう、消したくても消せない苦悶や焦燥を物語の中にあぶり出していっては、「さあ、逃げるも進むも自分次第だ」と、その次へと踏み出す一歩を後押しする。リード曲となった「暮らしのなかで」、佐藤のフィドルが哀愁を誘う「逃避行」などは、その最たる1曲と言えるだろう。
個人的に一発でノックアウトされたのは、「はじまりの物語」だ。「ここから 時計が回りはじめる / ここから 世界が動きはじめる / クソみたいな日々を 抜け出して / もう一度 生まれて 歩きはじめる」と繰り返されるリリックと、伊東の真骨頂である地の底から響くような咆哮。今回のアルバムには、彼らが結成時から歌い続けてきた「泪橋」を新たにレコーディングし直したバージョンが収録されているのだが、圧倒的にエモーショナルなその代表曲と肩を並べるほどに、聴き手の胸ぐらをつかんで揺さぶるほどの衝撃を与える楽曲が生まれた。
かつてT字路sのことを“激情ブルースデュオ”なんて評したこともあったが、今や彼らは音楽的な意味での「ブルース」という言葉には収まり切らない。ボーカル / ギターとベースという最小限の編成で、これまで以上に自由な表現を手にしたことで、彼らが思い描く「ブルース」は、より太く、色濃い筆致でその姿を現したような気がしてならないのだ。
ツアー情報
- T字路s ニューアルバムリリースツアー "PIT VIPER BLUES"
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- 2019年3月28日(木)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
- 2019年3月29日(金)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2019年4月4日(木)宮城県 仙台MACANA
- 2019年4月5日(金)北海道 BESSIE HALL
- 2019年4月11日(木)福岡県 THE Voodoo Lounge
- 2019年4月12日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2019年4月26日(金)東京都 LIQUIDROOM
2019年2月22日更新