ZAZEN BOYS×NUMBER GIRL「THE MATSURI SESSION」特集|あり得るはずのなかった競演、“異常空間Z”で何が起きたのか (2/2)

ZAZEN BOYSのマインド

そして、NUMBER GIRL解散の翌年2003年、向井秀徳が自らの音楽を──つまり「自我の王国」を寸分違わず具現化するために新たに立ち上げたバンドプロジェクト、それがZAZEN BOYSである。ロックを軸としつつも、ダブ、レゲエ、ファンク、プログレッシブロック、ニューウェイブなど多彩なジャンルを貪欲に血肉化した未知の音楽を体現してきたのも、メンバーチェンジを繰り返しながらも常にその楽曲越しに超弩級の殺気とポップ感を響かせてきたのも、それこそが向井秀徳の新たな理想追求の形だったからにほかならない。メンバー1人欠けることも許さなかったNUMBER GIRLのロマンとは、ZAZEN BOYSのマインドの在り方は根本的に異なる。

ZAZEN BOYS

ZAZEN BOYS

解散前のワンマンやフェスはもちろん、学園祭ライブから音楽番組の撮影現場まで、メンバーも引くほどの頻度でNUMBER GIRLのライブに足を運んでいた自分も、「NUMBER GIRL×ZAZEN BOYSの対バン」という可能性は、2019年2月のNUMBER GIRL再結成の報を聞いたときすら夢にも思っていなかった──2020年3月、「THE MATSURI SESSION」開催のアナウンスを見るまでは。長い時間を経て、NUMBER GIRL解散を受けて生まれたZAZEN BOYSの歩みが、再びNUMBER GIRLと交錯するときが来るとは。しかも、それが「対バン」という形で実現するとは。「卵が先か鶏が先か」という言い回しに倣えば、向井秀徳という1人の人間によって立て続けに「卵」と「鶏」が同じ空間で表現されることになる。そんな人格分裂級のアクトが可能だろうか? 両バンドの対バンが「ありえないこと」と思っていた、と冒頭に記した理由はまさにそこだ。

当初は2020年5月4日に開催が予定されていた「THE MATSURI SESSION」は、同年初頭から世界中に大打撃を与えたコロナ禍の影響によって1年の延期が決定。さらに、翌年の開催を前に政府から発令された3度目の緊急事態宣言を受けて、「THE MATSURI SESSION」は2021年5月4日、日比谷野外大音楽堂を舞台とした無観客配信ライブとして実施された。スペースシャワーTVのライブ配信サービス「LIVEWIRE」を通じたリアルタイム配信、編集を加えたディレクターズカット版のアーカイブ配信に加え、オフショット映像を加えた90分の特別番組としても放送された「THE MATSURI SESSION」。今回のNUMBER GIRL再結成後初の映像作品は、上記のディレクターズカット版を軸に、オフショット映像、終演後の向井のコメント映像なども収録。ライブの裏側も含めたドキュメンタリー的な意味合いを強く感じさせるものだ。

2組の音楽が鳴り響いた“異常空間Z”

開演時刻の17:00、バックステージで童謡「夕焼け小焼け」を朗唱しながらコンセントレーションを高め、向井が“NUMBER GIRL・向井”として日比谷野音の舞台へ。向井秀徳、田渕ひさ子、中尾憲太郎 46才、アヒト・イナザワが定位置につき、入念にテレキャスターのチューニングを合わせた向井がひと言、「異常空間Z!」。そして気合い一閃、「日常に生きる少女」イントロの轟音を抜け、涼やかな疾走感を描き出していく──。ライブの詳細については過去のライブレポート(参照:ZAZEN BOYSとNUMBER GIRLが“異常空間Z”で激突!「忘れられないの」カバーも披露)に譲るが、観客のいない、つまり客席もカメラエリアとして利用可能な「無観客配信ライブ」だからこその多角的な映像表現、さらに4人の演奏の凄味を鮮烈に伝えてくる音質とミックスのクオリティには、この異様な空間を至上のライブへ昇華しようとする(スタッフワークも含めた)バンドのタフネスを感じずにはいられない。

「福岡市博多区からやってまいりました、NUMBER GIRLです」。NUMBER GIRLのライブではお馴染みの向井の言葉だ。そう、ここでの向井は確かに“NUMBER GIRL・向井”だった。単に「ZEGEN vs UNDERCOVER」「透明少女」「YOUNG GIRL SEVENTEEN SEXUALLY KNOWING」といったかつての楽曲群を演奏しているから、だけではない。ひさ子、中尾、アヒトとともに爆音を奏でているから、だけでもない。それぞれに経験を重ねて人間的に磨きのかかった今の4人で、その強靭なアンサンブルでも、焦燥と衝動に満ちた“あの感じ”をよりいっそうくっきりとしたコントラストとともに鳴り渡らせていく──その代わりの利かないロマンに自ら身を投じて絶唱している姿は、“ZAZEN BOYS・向井”とは明確に一線を画したものだ。「私の映画の師匠と勝手に個人的に決めております塩田明彦監督が、新作を作りました」という向井の前置きとともに披露された、映画「麻希のいる世界」の劇中歌「排水管」の、身も心も痺れるバンドサウンドと退廃的な歌詞世界。「ドラムス、アヒト・イナザワ!」のコールとともに雪崩れ込んだ「OMOIDE IN MY HEAD」のアンサンブルが生み出す、無上の蒼さと疾走感……。40代の猛者4人が繰り出す音は、最後の「I don't know」に至るまで、どこを取っても瑞々しさと獰猛さに満ちたものだった。

NUMBER GIRL。左から中尾憲太郎 46才(B)、向井秀徳(G, Vo)、田渕ひさ子(G)。

NUMBER GIRL。左から中尾憲太郎 46才(B)、向井秀徳(G, Vo)、田渕ひさ子(G)。

一方、この日のホストバンド=ZAZEN BOYS。吉兼聡、松下敦、MIYAがサウンドチェックを行っている陽暮れ時の野音の舞台に、缶ビール片手に悠然と歩み出る向井の佇まいは、先ほどまでとは驚くほどに異なる、“ZAZEN BOYS・向井”のものだ。同じくテレキャスターを構え、楽曲的にも後期NUMBER GIRLに通じるダブ色の強い「自問自答」から演奏を始めてはいるが、ここでの向井は確かに「自我の王国」の支配者然として、吉兼、松下、MIYAの演奏に対する揺るぎない統率力を発揮している。「Honnoji」からいよいよZAZENならではの音の異次元へ突入すると、「ずぶっとハマった泥沼」と「泥沼」へ脱線する“泥沼ファンク”セッションも盛り込んだ「COLD BEAT」、今作が初収録となる「杉並の少年」、壮麗なオルタナ / プログレ的音像を立ち昇らせる「破裂音の朝」……など、観る者をポップの魔境へと導く楽曲群は、NUMBER GIRL解散後に自身の音楽探求の場としてZAZEN BOYSという異形の表現フォーマットを作り上げた向井秀徳の核心をリアルに物語っている。

ZAZEN BOYS。左から向井秀徳(Vo, G, Key)、MIYA(B)、吉兼聡(G)、松下敦(Dr)。

ZAZEN BOYS。左から向井秀徳(Vo, G, Key)、MIYA(B)、吉兼聡(G)、松下敦(Dr)。

しかし──ニューウェイブファンク「Asobi」でミステリアスな高揚感とともにZAZEN本編を締めくくった後、向井はさらに別の顔を見せる。サングラス姿で1人舞台に戻ってきた向井は、「フィッシュ&チップスってバンドの『やっぱくさ、忘れられんっちゃんね』という曲をやります」という曲紹介とともに、サカナクション「忘れられないの」のカバーを披露。先ほどと同じテレキャスターを弾きながら歌っているのだが、ここでのファニーな悪戯心に満ちた姿は、ソロ弾き語りプロジェクト・向井秀徳アコースティック&エレクトリックのものだ。加えて、ZAZEN BOYSとしてこの日の最後に演奏した「Kimochi」では、2010年に結成したユニット・KIMONOSの相棒であるLEO今井も登場。ツインボーカルで「貴様に伝えたい 俺のこのキモチを」と都心の夜空に歌い上げてみせた。「卵」と「鶏」どころではなく、向井はこの日のライブを通して、自身のキャリアの中に刻まれた音楽DNAのすべてを、舞台上に再現してみせたのである。

向井自身「心地よい疲労感ではあるんだけどね、もう2度とやらんかな、これね。キツかあ! キツかばい!って」とコメント映像の中で振り返っていたが、NUMBER GIRLとZAZEN BOYSが共演、しかも無観客の日比谷野音を舞台に、という特別な一夜は、2021年のロック史を振り返るうえで欠かせない名演であったことは間違いない。

ライブ情報

NUMBER GIRL ライブツアー「我々は逆噴射である」最終公演

2021年12月26日(日)東京都 Zepp Tokyo
※PIA LIVE STREAMでは本公演のアーカイブ映像を2022年1月9日(日)23:59まで配信中。

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プロフィール

ZAZEN BOYS(ザゼンボーイズ)

向井秀徳(Vo, G, Key)を中心に活動するニューウェイブ / ギターロックバンド。NUMBER GIRL解散後の2003年から本格的に始動し、同年8月に行われた夏フェス「RISING SUN ROCK FESTIVAL」で初ライブを行う。2004年1月には1stアルバム「ZAZEN BOYS」を発表。向井を中心にアバンギャルドかつ即興性の強い、複雑なバンドアンサンブルで大きな注目を浴びる。2008年9月に「ZAZEN BOYS 4」を、2012年9月には約4年ぶりのアルバム「すとーりーず」を発表した。これまでに幾度かのメンバーチェンジを経て、現在は向井、吉兼聡(G)、MIYA(B)、松下敦(Dr)の4人編成で活動している。

NUMBER GIRL(ナンバーガール)

アヒト・イナザワ(Dr)、向井秀徳(G, Vo)、中尾憲太郎 46才(B)、田渕ひさ子(G)からなる4人組ロックバンド。1995年に福岡で結成され、地元・福岡でのイベント開催やカセットテープの自主制作などの活動を経て、1997年11月に1stアルバム「SCHOOL GIRL BYE BYE」をリリースした。1999年5月に東芝EMIよりシングル「透明少女」を発表し、メジャーデビューを果たす。以後3枚のオリジナルアルバムと2枚のライブアルバムをリリースし、2002年11月30日に行った北海道・PENNY LANE 24でのライブをもって解散。2019年2月に再結成し、ライブ活動を行うことをオフィシャルサイトにて宣言した。