Suietとは何者か?50種類の楽器に触れてきた"アカデミック系ギーク"のポップセンスに迫る (2/2)

“ジャズ”という明確な強み

──高校時代から“Sui”というアーティスト名で活動されていましたが、昨年5月に”Suiet”に改名されました。どういう意図があったんですか?

ちょうど「Fall in Love」をリリースしたときのことなんですけど、表記を変えたのは、自分の中で思うところがあったからで。活躍しているアーティストには、しっかりしたバックグラウンドや、音楽的なコンセプト、スタイルが明確にあると感じているんです。例えば藤井風さんはピアノを弾きながら歌っていて、YOASOBIだったら小説から音楽を作っている。ビリー・アイリッシュは、ベッドルームミュージックだったり。そのことを踏まえて「自分には何があるんだろう?」と考えたときに、僕はいろんな楽器を弾いたり、イラストや動画も作っているけど、ちょっとふわっとしてるなと思ったんです。もっと明確な強みが欲しいと思って、だったら自分はジャズかなと。僕、チェット・ベイカーがすごく好きで。「Fall in Love」も彼の音楽を参考にしているところがあるし、「これからはジャズやブラックミュージックを中心にやっていこう」という意味合いを込めて、チェット・ベイカー(Chet Baker)の“et”を付けて“Suiet”にしました。5文字のSuietにしてからの楽曲は明確にジャズ寄りにしたし、生楽器をもっと生かすようになりましたね。例えば「Bastie」では歌の後ろでずっとバイオリンが流れていたり。

──そうやって「Suietはこういうミュージシャンだ」と提示したい、と?

その気持ちは強いです。こう言うと語弊があるかもしれませんが、Suiのときの曲は「まずTikTokでバズるために、こうしよう」という感じで作っていたところもあって。そういうやり方もいいとは思うんですが、今は本当に自分の音楽に集中して曲を作っているし、自分らしい音楽を追求できているんじゃないかなと。「Fall in Love」の編成もピアノトリオとサックスで、わりとしっかりジャズなんですよ。リリースしたときは「大丈夫かな?」とリスナーの反応を心配していたんですけど、新鮮な感覚で聴いてくださった方が多かったみたいで安心しました。「ボカロっぽいですね」という感想もあって。確かに言葉数を詰め込んでいるところもあるし、イラスト主体のミュージックビデオも含めて、ボカロ的なところもあるのかなと。それも自分のルーツの1つだし、意識しないでも出ているんでしょうね。

──エレクトロスウィングが流行ったり、ボカロ界隈にもジャズの要素はありますからね。

確かにジャズの要素を噛み砕いて取り入れているボカロ曲はけっこうあって。子供のときはあまり意識してなかったですけど、あとになって「ジャズっぽいな」と感じることもありました。今のJ-POP好きには少ないかもしれないけど、「Fall in Love」のような曲を好きでいてくれる人は絶対にいるはずだし、それを自分の色にしていけたらいいなと思っています。

コントラバスを弾くSuiet。

コントラバスを弾くSuiet。

リスペクトを込めた「蒼いフォトグラフ」

──今年9月には、東京・飛行船シアターで初めてのワンマンライブを開催されました。手応えはどうでした?

実はあまり記憶がなくて(笑)。人前で歌うのはほぼ初めてだったんですけど、いきなり500人のお客さんの前で歌って……リハーサルのときはのほほんとしてたんですが、本番で舞台に上がって、お客さんの顔を見た瞬間に「うわー、ヤバい」と思って、そこから記憶がないんですよね。自分の緊張が伝わったのか、最初は皆さんも硬かったんですけど、少しずつ笑顔が増えて、体を揺らしてくれたり。

──バンドメンバーとして参加されているのは音楽仲間ですか?

音大の同期とか、SNSで知り合った人とか、友達ばかりですね。みんなうまいので、技術的な心配はまったくなくて。「やるぞ!」という感じで楽しんで演奏してくれたし、来てくださった方にも生楽器のよさを感じてもらえたと思います。お客さんの中には自分の親くらいの年齢の方や、親子で来てくれた方もいらっしゃったんですよ。ライブ後に届いた感想を見ると、やっぱり「ジャズの感じが新鮮でした」という方が多かったですね。自分の音楽をぶつけられるのがワンマンライブだし、もっともっとやっていきたいです。

ファンからのメッセージが入った、大切なチェロのケース。

ファンからのメッセージが入った、大切なチェロのケース。

──さらに11月にリリースされた松田聖子さんのトリビュートアルバム「永遠の青春、あなたがそこにいたから。~45th Anniversary Tribute to SEIKO MATSUDA~」に参加しました。Suietさんは「蒼いフォトグラフ」を自らリアレンジし、歌唱していますが、オーセンティックなジャズナンバーになってますね。

はい。せっかくの機会ですし、Suietの色を知っていただくためにも「Fall in Love」に近い編成でやりたくて。「蒼いフォトグラフ」はもともと大好きな曲なんですよ。原曲はもっとゆったりしていて、哀愁や切なさもありつつ、聴き終わったときはさわやかで晴々とした気持ちになれるのが魅力だと思っていて。ただ、歌詞を読むとこの曲の主人公の女の子はけっこう天真爛漫なところがあるんですよ。「今一瞬あなたが好きよ 明日になればわからないわ」というフレーズからも感じる通り、しっかり自分を持っている子だと思います。基本的には失恋の曲だと捉えているんですけど、元気な女の子という印象もあったから、思いきってテンポを上げて、スウィングさせるのはどうかなと。原曲とはだいぶ違いますけど、失恋を吹き飛ばすようなアレンジにしたかったんですよね。

──主人公の女の子像を解釈して、このアレンジになったんですね。歌うのはどうでした?

松田聖子さんの曲はカラオケでもよく歌わせてもらってるんですよ。「SWEET MEMORIES」「赤いスイートピー」「青い珊瑚礁」とか。声質に合ってるのかもしれないですけど、80年代の邦楽は気持ちよく歌えるんですよね。「蒼いフォトグラフ」のレコーディングも、自分の曲を歌うより楽しかったです(笑)。もちろんすごい名曲ですし、リスペクトもしっかり込めさせていただきました。

──Suietさんのお母様も聖子さんのファンだったとか。

そうなんです。トリビュートに関わることを伝えたときはびっくりしてましたけど、すごく喜んでくれて。実家に帰ったら、限定盤に付いているトートバッグがありました(笑)。

──この先の活動には、どういったビジョンを持っていますか?

ワンマンライブでもチェロの独奏を挟んだんですけど、歌モノだけじゃなくて、幅広い音楽を伝えていきたいですね。世界には本当にいろんな音楽があるし、自分のライブに来てくれた方には、それぞれの楽器の音も楽しんでほしくて。自分の楽曲をオーケストラで演奏して、その音をバックに歌うのが今の目標ですね。もちろん劇伴もやってみたいし、実現できるようにがんばります。

チェロを弾くSuiet。

チェロを弾くSuiet。

プロフィール

Suiet(スイ)

2003年生まれ、東京出身のアーティスト。“Sui”というアーティスト名で高校時代に活動を始める。自身で作詞作曲した2020年発表の楽曲「可愛い君が愛おしい!」がTikTok上でスマッシュヒット。2024年5月に“Suiet”に改名後、音楽大学で学んだクラシカルな音楽性を駆使し、チェンバーポップ、ジャズなどさまざまなジャンルを取り入れた楽曲を制作している。2025年9月に初のワンマンライブ「Suiet One Man Live『CLOSET』」を東京・飛行船シアターで開催。11月には松田聖子のトリビュートアルバム「永遠の青春、あなたがそこにいたから。~45th Anniversary Tribute to SEIKO MATSUDA~」に参加し、「蒼いフォトグラフ」をカバーして注目を浴びた。幼少期からバイオリン、ピアノを学び、50種類前後の楽器を弾くことができる。天性のポップセンスとアカデミックな音楽スキルを兼ね備え、映像やイラストのクリエイションまでこなす。