平和で明るい現場
──ちなみに共演の岩田剛典さんは「Crazy for you」を聴かれて、どんな感想だったんでしょうか?
「Crazy for you」のデモをもらった頃、ドラマの休憩時間に「天気がよくて暖かいから月を見ながら食べようか」って、みんなで建物の屋上でお弁当を食べていたんです。そのときに「そうだ」と思って、シェネルさんが歌っているデモ音源を岩田くんに聴いてもらったんですよ。聞けば、岩田くんとシェネルさん、仲良しなんですって。みんな「Crazy for you」を聴きながら月を見て、それぞれに思いを馳せていて……岩田くんも「シェネルの歌声、最高ですね」って。「しまった、聴かせなきゃよかったかも。これ聴いちゃったあとで私、ちゃんと歌えるかな?」と思いながら(笑)。
──いやいやいや(笑)。でも、いい話ですね。「Crazy for you」のミュージックビデオもストーリーを感じさせる仕上がりで、ジャケット写真は篠原さんの顔がバックミラーで隠れています。
鼻が出たら私だってバレちゃうな(笑)。でも、「別にsino R fineじゃなく篠原涼子でいいじゃん?」と言われないか、ちょっと心配なんです。
──そこは大人の遊び心ということで。それに、配信をご覧になられたあとで知るほうが、先入観なく作品に没頭できると思いますし。
なるほど。そう言っていただけたらよかった。
──sino R fineには原作者の黒澤RさんのRもかかっていますしね。
確かに。黒澤さんもRですもんね。
──原作のコミックもお読みになられたんですか?
読みました。朝ドラ(NHK連続テレビ小説 「おちょやん」)の現場終わりですぐ「金魚妻」に合流というスケジュールだったので、台本が届く前に雰囲気をつかむために新幹線の中で読もうと思ったら、どのページをめくっても“そういうシーン”なので、後ろからの視線ばかり気にしてました(笑)。早送りして読んでいたら、なんだか意味わからなくなっちゃって(笑)。
──ドキッとするシーンが多いですからね。
「私はどこまでやるんだろう?」みたいな。でも、私の友達はみんなこの作品を知っていたんです。制作発表のあと、「涼子ちゃん『金魚妻』やるの? すごい! 実は私、大好きで読んでたの」って、何人か教えてくれた人たちがいて。やっぱりみんな共感するんだなって思いました。だから、ドラマと「Crazy for you」の感想を聞くのが楽しみなんです。歌を出すことは、まだ関係者以外の誰にも言っていないので。うちの兄姉にも言っていないんですよ。ドラマを観て、曲が流れたときにどういう反応をするのか、楽しみにとっておきたいなと思って。
──実写化に際して、さくらの設定が若干変更されていましたが、きちんと自立した大人の女性の物語として描いたことで、より深く感情移入できました。
うれしいです。まさに、制作チームが「大人が観るドラマとして原作のテイストは残しつつ、今の日本のクリエイターができることを最大限やろう」という思いで取り組んだ作品なんです。監督もスタッフもはじめましてなのに、すごくチームワークのいい現場でした。みんな自然と引き寄せられるように集まった感じがして、初日から役者陣も技術チームもみんなやる気満々で、監督も「すぐ本番行っちゃいましょう!」みたいな勢いだったんです。もう、金魚だけですよ、やる気がないのは。もう、金魚だけで何テイク撮った?ってくらい(笑)。
──あはは。それほど金魚との撮影は大変でしたか。
大変でした。「芝居最高! 技術チーム最高! みんな最高だね」というテイクが撮れても、金魚だけスーッと通り過ぎていくから「ちょっと待って!」みたいな(笑)。でも、だんだん金魚も空気を読んでくれるようになって、カメラに寄るようになるんですけど、逆に寄りすぎて演者の顔が見えないこともあったり。「金魚、CGじゃダメかな?」なんて、ふざけて言い合える平和で明るい現場でしたね。あんまり楽しすぎて「このまま終わっちゃうの嫌だな」って思うくらいでした。
ドラマが終わるまで
──ところで、今回アーティストネームをsino R fine名義にされたのは、何か理由があるんでしょうか?
歌は19年ぶりですし、篠原涼子ではない名前でやりたい気持ちがあったので、その意向を汲んでくれたレコード会社のスタッフの方々が考えてくださったんです。イタリアの音楽用語で「~が終わるまで」という意味のsino al fineという言葉があるんですけど、この言葉に篠原のsinoと涼子のRを重ねた造語としてアーティストネームを作りました。「このドラマが放映されている間は、私は歌います」というメッセージを込めた名前です。
──では、このドラマ以降、音楽活動はどうなるんでしょう?
そうなりますよね(笑)。でも、ホントにこれを機に今後も挑戦させてもらえたらって思います。
──ぜひとも、強く願っております。篠原さんが在籍された東京パフォーマンスドール(TPD)時代(1990年4月~94年9月)からのファンの方は、「Crazy for you」のリリースを心から喜んでいると思いますので。なにしろゴルビーズ(篠原涼子、木原さとみ、川村知砂によるTPDプロジェクト第1弾)「JUST LIKE MAGIC」でデビューした当時から、篠原さんは歌が抜群にうまかったですから。
懐かしいな。オーディションのときはWinkを目指していたグループなのに、いつの間にかメンバーが増えていって、最終的にあんな大所帯になって(笑)。
──TPDは歌とダンスを見せるアイドルグループの先駆者でした。
当時のメンバーとは今でも仲がよくて、よく会って昔話をしたりするので、みんなあの時代のまま時間が止まっている感じです。
──当時を振り返っていかがですか?
あの頃は無我夢中だったので、もっともっと仕事に対して自分から学んでいけばよかったなと思います。ただひたすらまっすぐ生きているだけでしたね。今、あの頃の自分に言えるのであれば、「もっといろいろ勉強しなさい、いろいろ研究しなさい」と伝えたいです。歌い方もけっこう棒読みというか、まっすぐな歌い方だったので、あの頃からR&Bとかいろんな曲をたくさん聴いて、歌い方の癖を学べばよかったなって。この19年間も歌はやっていなかったから、そういう勉強からはまったく遠のいてたし……だからミリヤさんやシェネルさんの歌声を聴くと、すごく感動するんです。自分がまったく持っていない世界があるので。もちろんあきらめず、いろんな技術をスパイスとして取り込みながら歌えたらいいなとは思っていますけど、自分には技術を見せる歌い方より、まっすぐに歌詞を伝える歌い方が合っているのかな、とも今は思っています。シェネルさんみたいに歌うことは絶対できないから「できないです!」って言っちゃうだろうし(笑)。
自然体でいられる時間
──「Crazy for you」が19年ぶりの歌唱ということは、2003年5月に椎名純平 with 篠原涼子名義でリリースした「Time of GOLD」以来ですね。
コマーシャルソングとして椎名さんが作られた曲に私が参加した感じだったのですが、個人的にすごく好きな曲です。
──しっとりとしたジャジーな曲調で、篠原さんの新しい一面を見せていただきました。
あれも、もうちょっと大人になって歌ってたらよかったなって思いますね。当時はまだ20代だったし、子供すぎたかも。当時の自分は理解しきれないまま歌っている感じだったと思います。今はすごくおしゃれな曲だなと理解できるようになりました。
──年齢を重ねたり、たくさんのお芝居の仕事を経験されて、いろんな心の機微がわかって。
そうですね。そう思うと私にとって歌は永遠のテーマかもしれないですね。
──ちなみに、篠原さんが20歳だった1993年のインタビュー記事(「東京パフォーマンスドール オフィシャルハンドブック」)では、こんなことをおっしゃっていました。「これからの理想は?」という質問に対して、「歌で幅広く支持されるシンガーになって。ユーミンみたいに恋愛の歌でみんなを勇気づけられるようなアーティストを目指して。そしてその他にもドラマやCMもやってるぞ、みたいな(笑)」と。
すごいこと言ってる(笑)。
──「今はすごくドラマに興味があって。今の時点で理想像を言えば……浅野温子さんみたいにお茶目な芝居ができて、でもカッコいい雰囲気がある。そしてなおかつ歌もうまい……みたいな感じ。欲張りかな?」。
そんな若さで? 生意気(笑)。
──この夢、すべて叶えていらっしゃいますね。そして、歌が本当にお好きだったんですね。
昔から、歌っているときってすごく自然体でいられるんです。何にも縛られてない感じがして、すごく好きなんですよ。コンサートではお客さんの反応を感じながら、それに合わせてこっちもノッて……楽しいじゃないですか? そういう楽しさって歌でしか感じられないなと、自分の中では思っています。歌には独特の解放感があるから「いつかやりたいな」という気持ちはずっとありましたけど、さすがにブランクが空きすぎちゃったので、自信もなくなってしまって。でも、一度しかない人生でこういうお仕事に携わらせていただいて、自分が本当にやりたかったことをやってみることってすごく大切だし、後悔したくないなと思っていたときに「金魚妻」という作品と出会って、こうしてまた歌えていることがびっくりなんです。
──先ほどの発言の1年後、1994年7月にリリースされた篠原涼子with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」が、日本の女性ソロ歌手として初のCDシングル売上200万枚を突破する大ヒットとなりました。これまでいろんな楽曲を歌ってこられましたが、篠原さん自身が今一番歌いたい歌、好きな歌はどういうものでしょうか?
基本的に、一番好きなのは歌詞が伝えられる曲。アップテンポでもスローテンポでも、メッセージが届く曲がいいなと思います。「恋しさと せつなさと 心強さと」も、すごく詞が届く歌ですよね。その後も忌野清志郎さん(「パーティーをぬけだそう!」)や井上陽水さん(「ダメ!」)、広瀬香美さん(「平凡なハッピーじゃ物足りない」)といった方々ともお仕事させていただきましたけれど、「こういう歌は自分には歌えないかもしれないけど、挑戦してみよう」とか、「私はこういう表現の仕方で歌ってみよう」とか、20代でいろいろと経験できたことが自分にとって大切だったし、すごくぜいたくだったなと思います。だからこそ、これからは違うやり方で音楽活動をしてみたいという気持ちになったのかもしれないですね。
──これまで趣味で作られていた楽曲も、日の目を見ることを楽しみにしています。
今までのはさすがに恥ずかしくて聴かせられないかも(笑)。もっとちゃんとしたものを作れたら、聴いていただきたいと思っています。言葉を届けるという意味で、これからは歌詞も自分で書きたいなとも思っていますし、本当に音楽活動をやっていいのならば、これからもやらせていただきたいです。
プロフィール
sino R fine(シノールフィーネ)
2022年2月14日に配信がスタートしたNetflixシリーズ「金魚妻」の主題歌「Crazy for you」を歌うため、19年ぶりに歌唱を行った篠原涼子のアーティスト名。「~が終わるまで」という音楽用語「sino al fine」を元にした造語で「ドラマが放映されているあいだは私は歌う」というメッセージが込められている。「Crazy for you」は2月14日に配信リリースされた。