亀田さんは太陽のような方ですね
──亀田さんが手がけたサウンドトラックの制作は、どんなふうに始まったんですか?
亀田 当初は「映画の中心になるような楽曲のモチーフを2つか3つ作ってほしい」というオーダーだったんです。でも脚本を読んでるうちに、すべてのシーンの音楽を作りたくなって。今年のお正月の三が日で20数曲作って、すべて配置して監督にお送りしたんですよ。
n-buna すごい。
亀田 まだ撮影が始まる前で映像がなかったので、雰囲気を作るために、自分で透や真織の台詞を一人二役で入れて(笑)、音楽を作りました。そこから監督と話しながら、フィットするのものを選んだり、調整を繰り返しながら、再構築していきました。監督から「ここはもっと抑えて」と言われる場合もあったし、「ここは盛り上がり切ってほしい」ということもあって。プロトタイプを何パターンも作って、聴き比べながら少しずつ詰めて。それも実験室みたいで楽しかったです。
n-buna すごく繊細な作業だったんですね。
亀田 それも共同作業の楽しさだからね。自分でプロデュースする楽曲、1人で作り上げる楽曲ではありえないことが起きるんですよ。監督やプロデューサーの意見が戻ってくるたびに「なるほど」と思って、マイナーチェンジや、ときには根本的に変更することもあって。数か月、その繰り返しでしたね。
n-buna なるほど。そういう俯瞰した視点ってとても大事ですよね。リリースしない自分のための作品だったら究極的に言えば俯瞰する必要ってないんですけど、誰かの作品に参加する場合は大事になる工程だと感じます。
──劇伴はどれもすごくナチュラルですよね。いつの間にか聞こえてきて、画面に馴染んでいる印象がありました。
n-buna そうですよね。同じモチーフを繰り返しながら、感情の高ぶりに合わせて楽器の構成が変わっていくのも、クラシック的ですごくよかったです。ストーリー的な盛り上がりよりも、登場人物たちの感情に寄り添っているのもいい仕事をしているなあと。
亀田 「感情に寄り添う」というのは、本当にその通りで。僕の場合、普段はどうしてもエモーショナルになりがちなんですよ。「亀田さんにお願いすると、音がキラキラする」と言ってもらえることがあって。曖昧なゾーンだけではなくて、はっきりと明瞭なゾーンを作れることが僕の個性だと思うんですが、今回の場合はとにかく映画のことを考えたし、登場人物たちの感情に寄り添うことを意識していたので。楽器のチョイスも丁寧にやったし、プレイヤー、録音スタッフも、普段から大事にしているメンバーに参加してもらって。コロナの状況的にリモートでやらざるを得ないこともあったんだけど、その場合もデータの交換をしながらしっかり高められたと思います。
n-buna 素晴らしい……亀田さんは太陽のような方ですよね。皆さん思いませんか?
亀田 え、なんで?(笑)
n-buna これだけのキャリアがありながら、今もなお、他人の作品にこれだけの熱さを持って向き合い続けているのはなかなかないことだと思うんですよね。この熱量でずっとやり続けているのかと。打ち合わせをしながら驚きました。眩しかったです。僕もずっと音楽を続けるつもりですが、30年後、亀田さんのような熱量で他人の作品へ向き合っていけるかどうか……。
亀田 絶対大丈夫だよ!
n-buna ありがとうございます(笑)。亀田さん、音楽制作やライブ以外にもすごく勢力的ですよね。以前NHK Eテレで放送されていた「亀田音楽専門学校」だったり、ラジオでしゃべったり、さまざまな映画の劇伴を作ったり、「日比谷音楽祭」をオーガナイズしたり。
亀田 でも、やってることは同じなんです。音楽番組も劇伴も音楽祭も、結局は「いい作品、素晴らしいアーティストを伝えたい」ということだから。“伝える”ということが、天から与えられた役目なんじゃないかなと思ってます。
n-buna 「左右盲」の制作でも、打ち合わせのときからすごい情熱を感じました。もう1つ感じたのは、言語化する力ですね。作品を作るというのは、自分の思考を翻訳してアウトプットすることと同一だと思うんですよ。なので人と一緒に作るときは、お互いの考え、やりたいことを丁寧に言語化してどこまで距離を詰められるかが大事になってくる。どんなに言葉を尽くしても、相手は自分じゃないから齟齬は出てくるんですが。そこは丁寧にコミュニケーションを重ねるしかない。
亀田 そうだね。さっき「亀田さんは何十年経っても、情熱を持って取り組んでいる」と言ってくれたけど、人と一緒に作品を作ること、新しい出会いもモチベーションになってるんですよね。今回「セカコイ」の主題歌をヨルシカにお願いしたのも、何か下心があるわけではなくて(笑)、純粋に素晴らしいクリエイターであるn-bunaさんに曲を作ってほしかったので。コミュニケーションや言語化も確かに大事だけど、作品そのものが優れていないと会話が成立しないんですよね。
n-buna 確かにそうですね。
亀田 しかも一緒に仕事をすると、「ヨルシカってすごいんだよ」とか「n-bunaくんってこういう人でさ」って周りの人に言いたくなるんですよ。そういう連鎖が大事だし、音楽活動を続けられていることのありがたさを感じる瞬間でもありますね。この前ヨルシカのライブ(ヨルシカ LIVE TOUR 2022「月光 再演」)を観させてもらったんだけど、それも本当に素晴らしくて。
n-buna けっこうコンセプチュアルなライブをしました。
亀田 エンタテインメントとしてグワっと盛り上がるような演出ではなくて、しっかりしたコンセプトとストーリーがあって。静かな凪の中を淡々と進んでいくようなライブだったんだけど、それがすごく温かく感じられたんです。何を食べて、どんな友達と付き合って、どんな時間を過ごしてきたら、こんなものが作れるんだろう?と思いましたね。
n-buna ……我々の話、恥ずかしいですね(笑)。映画の話題に戻りましょう。
「左右盲」の役割がはっきりとわかった
──完成した映画を観て、どう感じました?
n-buna 制作の段階ごとに何度か観させてもらったんですが、完成品はやっぱり味が違ったし、「左右盲」の役割がはっきりとわかりました。それまでは道に標識だけが立っていて、「ここで音楽が鳴ります」という漠然とした役割しか見えていなかったんですが、完成した映画を観て、「間違ってなかったな」と思えたので。
亀田 音楽に関しては数か月間、何度も何度も確認とアップデートの繰り返しでした。なので完成したものを観たときは音楽から安心して離れて、物語のほうに感情移入してボロボロ泣いてました(笑)。これ、僕のよくないところだと思うんですけど、大変だったことを忘れてしまうんですよ。
n-buna いえいえ、素晴らしいです。
亀田 映画じゃなくてもそうなんですよ。できあがった曲を聴くときも、1人のリスナーとか観客になってしまうので。
n-buna それだけ物語に入り込んでるということですよね。僕はどうしても全体像を見ようとするし、ステージに上がっているときも、頭で考えてしまうところがあるので。亀田さんのようにすごい熱量で作品に取り組める人に憧れます。
亀田 大丈夫。n-bunaさんはすでに僕が持っていないものをたくさん持っているので。
──最後に「セカコイ」の見どころを教えてもらえますか?
n-buna 映画の後半なんですけど、透のお姉さん(松本穂香が演じる神谷早苗)の行動にグッときましたね。ネタバレになるのでこれ以上言えませんけど、主役の2人だけではなくて、第三者の視点も丁寧に描かれている映画だと思います。
亀田 僕も後半のシーンにグッときましたね。幸せだった思い出が違ったものになっていくんですけど、生きることの大切さ、切なさを感じて。ぜひ映画館で観ていただきたいです。
プロフィール
ヨルシカ
「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaが、女性シンガーのsuisをボーカリストに迎えて2017年に結成したバンド。n-bunaの持ち味である文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを投稿。6月に1stミニアルバム「夏草が邪魔をする」をリリースした。2019年4月に1stフルアルバム「だから僕は音楽を辞めた」、8月に2ndフルアルバム「エルマ」を発表。2020年7月に3rdフルアルバム「盗作」をリリースした。2021年1月にEP「創作」をリリース。2022年3月に、2019年のツアー「月光」のリバイバル公演「月光 再演」を東名阪で開催し、6月にライブBlu-ray / DVD「月光」を発売した。7月にデジタルシングル「ブレーメン」、そして映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の主題歌「左右盲」を配信リリース。
ヨルシカ(n-buna、suis) / Official (@nbuna_staff) | Twitter
亀田誠治(カメダセイジ)
1964年アメリカ・ニューヨーク生まれ。1989年に音楽プロデューサーおよびベーシストとしての活動を始める。これまでにGLAY、椎名林檎、スピッツ、平井堅、いきものがかりほか、数多くのアーティストのプロデュースやアレンジを手がけ、ヒット曲を生み出す。2007年と2015年に「輝く!日本レコード大賞」で編曲賞を受賞、2021年には映画「糸」で日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞した。2013、14、16年にわたりシーズン3まで放送されたNHK Eテレの音楽教養番組「亀田音楽専門学校」が広く話題に。2019年より親子孫3世代で音楽が楽しめるフリーでボーダーレスなイベント「日比谷音楽祭」の実行委員長を務めている。
誠屋 -MAKOTOYA- Official WebSite –
亀田誠治 Seiji Kameda (@seiji_kameda) | Twitter