佐野史郎 meets SKYE with 松任谷正隆 The members of SKYE are 鈴木茂, 小原礼, 林立夫|レジェンドたちが立ち返ったミュージシャンとしての原点

俳優としてはもちろんミュージシャンとしても精力的に活動を展開する佐野史郎。そんな彼が鈴木茂(G)、小原礼(B)、林立夫(Dr)からなるバンドSKYEと松任谷正隆(Key)というそうそうたるアーティストと共に作り上げたアルバム「禁断の果実」が9月25日にリリースされる。

“佐野史郎 meets SKYE with 松任谷正隆”というアーティスト名義からも明らかなように、SKYEと松任谷は、いわゆる“客演”ではなくバンドメンバーとして本作に参加。佐野とSKYEによるセッションを元にした音源データに、松任谷が音を重ねるという方法でレコーディングが進められていった。1970年代から、はっぴいえんどや遠藤賢司に心酔してきたという佐野は日本のロック史に名を連ねるレジェンドたちとの共同作業を通じて何を感じたのか? そして、そんなレジェンドたちが今作のレコーディングで立ち返ることとなったバンドマンとしての“原点”とは? 5人に話を聞いた。

取材・文 / 松永良平 撮影 / Tatsuichi Kuniyoshi 衣装協力 / DOT・TAILOR

スーパーバンド結成の経緯

──こんなすごい皆さんを前にして、なんというか緊張しかないです。

佐野史郎(Vo, G) 困りますよね。お察しします(笑)。

──まずは佐野さんの新作が、鈴木茂さん、小原礼さん、林立夫さんによるバンド・SKYEに加えて松任谷正隆さんも加わった体制で制作されることになった経緯を聞かせてください。

佐野史郎(Vo, G)

佐野 長いこと自分のバンドはGRACE(Dr)、エマーソン北村(Key)、橋本潤(B)という編成でやってたんです。だけど、2014年に橋本潤が亡くなり、ベースレスでやったりもしていたんですが、バンドは休止状態だったんです。その頃、金沢で(小原)礼さんとばったり会ったんですよ。礼さんは奥田民生さんのツアーでいらっしゃっていて、僕はゲージツ家のクマさん(篠原勝之)が小説で泉鏡花文学賞を受賞なさったんで金沢で行われた授賞式のお祝いに状況劇場時代の仲間や先輩たちと集まって、二次会で飲んでたんです。

小原礼(B) こっちもツアーの打ち上げだったんだよ。

佐野 そのときに礼さんとバンドのことを話してたんです。そしたら礼さんから「なんか一緒にやろうよ」と。そういうのってこの世界ではよくある話で、お誘いを真に受ける人はあんまりいないじゃないですか(笑)。それからしばらく経って、代官山の「晴れたら空に豆まいて」というライブハウスからライブのオファーがあって、だけどベースがいなくて困ってたんです。で、あのときのやりとりを真に受けて礼さんに連絡したんですよ。そしたら「じゃあ、ギターは(鈴木)茂で、ドラムは林(立夫)でいいんじゃない?」って。そんなの、僕がいやだって言えるわけないじゃないですか(笑)。

──それはそうですよね(笑)。

佐野 でも、実はそれ以前にも皆さんとは別々にご縁があったんです。立夫さんには札幌でイベントに誘っていただき一緒に演奏させていただいて。

林立夫(Dr) 「ttc」(the tip connection)ね。

佐野 礼さんには音楽番組に誘っていただいたし、茂さんも僕が前にやっていたバンドで何度かギターで参加してくださっていました。でも、3人まとめてというのは初めてだったんです。しかも、それって、あの伝説のバンド、SKYEのメンバー!! それから皆さんと一緒にライブを年に一度だけど2年続けてやって。それを観てくれていた吉祥寺・曼荼羅のプロデューサーから「レコーディングしませんか」という話をいただいたんです。そのお誘いも、また真に受けちゃった。

小原 このバンドは、真に受けたところからすべてが始まってるんだから。

バンドのテーマは“真に受ける”

佐野 書き溜めていた曲があったし、「このメンバーならこうしようかな」というアイデアもあった。僕は吉祥寺に住んでいて、曼荼羅には何十年も通ってるし、ありがたいことにハウススタジオのように使わせてもらってもいた。というわけで、曼荼羅のスタジオで今年に入ってから僕とSKYEの皆さんとでレコーディングを始めたんです。ところが、やっていくうちにキーボードが必要となってきて。それで、「キーボード、どうしよう」となったときに……。

小原礼(B)

小原 林が言ったんだよね、「じゃあ、(松任谷に)電話するよ」って。

佐野 そんな展開になったら、僕はもう何にも言えない(笑)。だって、松任谷さんは僕にとって主題歌の先生ですから。

──そうでしたね。佐野さんの怪演が話題を呼んだドラマ「誰にも言えない」(1993年)の主題歌が松任谷由実さんの「真夏の夜の夢」でした(松任谷正隆が楽曲プロデュースを担当)。

小原 でも、キーボードを入れるってなったとき、マンタ(松任谷)以外の選択肢はなかったでしょ。

佐野 確かにそうでした。

 迷いもなかった。

──で、その電話が松任谷さんにかかってきたわけですね。

松任谷正隆(Key) だいたい僕のバンドの歴史は昔から「林が誘って僕が入る」というところから始まるんですよ。

佐野 え、そうなんですか? フォー・ジョー・ハーフも?

松任谷 そう。キャラメル・ママのときもそうだった。

 いつもマンタのお母さんに怒られてたよ。「うちの正隆を変な道に誘わないでください」って(笑)。

佐野 今回もだいぶ変な道に誘っちゃいましたね。

小原 テーマは“真に受ける”だからね(笑)。アルバムタイトルも「真に受ける」に変えたら?

──それにしても実際にこのメンバーでレコーディングに入ったとき、佐野さんはいったいどんな気持ちになりました?

佐野 レコーディングの前にライブをやっていたので、その延長といえば延長なんです。それに、僕は皆さんの音楽を何十年も聴き続けていますし、どんな楽器を使って、どういうレコーディングをしていたかはマニアなので多少は知ってるわけです(笑)。だけど、実際にレコーディングでその様子を目の当たりにして「こういうヘッドアレンジで、あのすごい曲ができていったんだな」って、初めてその中に飛び込んでいった感覚でした。1曲目の「ADVENTURES」なんて、もともとライブではもうちょっとゆったりしたセカンドラインのリズムでやってたんですが、スタジオではまさにヘッドアレンジで変わっていって、アルバムのバージョンになったんです。

小原 それがレコーディングの面白いところだよね。急にワッとスイッチが入る。

佐野 急でしたよね!