すべての音に色がある
Sano ベースになる「BUBBLE」の物語がけっこう長大で、本当に好き勝手にわーっと書いちゃったものだったので、お二人を相当悩ませちゃっただろうなと思っているんですけど(笑)。
太一 おっしゃるとおり、ひさしぶりに迷いながらの仕事でしたね。Sanoさんが作り上げた物語を口頭で話して、それをスタッフさんが文字起こししてくださったんですけど、A4用紙に改行なしでびっしり71ページ分あるんですよ(笑)。その聞き取り作業だけで1日7時間×4日かかったと聞いています。
Sano そうですね(笑)。
清水 その71枚を見せてもらって、これをまとめるのは大変だなあという思いはありましたね。「これ、どうすんだ?」って(笑)。
太一 「終わるんかな?」って(笑)。今回のプロジェクトにはスキャッターというチームがいて、彼らがすごかった。Sanoさんの物語とビジュアル表現の間で“飜訳”を担う人たちで、5人の作家と1人の図書館司書で構成されているチームなんですが、「BUBBLE」についての会議をずーっと続けてるんです。それがだんだん「いや、『BUBBLE』はそうじゃない」「『BUBBLE』とはこうでああで」と、1人ひとりにとっての“自分の作品”になっていくんですよ。で、それぞれの解釈を図書館司書がひとつの物語体系として紐付けていく、「それ、映画のやり方なんだけどな」という作業が行われていました。
清水 スキャッターチームの人たちは、ちょっと何か聞くとすぐにいろんな答えをくれて、指針を示してくれるんですよ。絵を描いていて「ここはどうすればいいだろうか」と疑問が生じたときって1人で考えてても一向に進まないんですけど、彼らがいてくれるおかげですごくやりやすかったです。しかも、何か描くとすごく褒めてくれる。
Sano・太一 (笑)。
清水 普段アニメーションの仕事をしていて、褒められることなんかまずないですから。
太一 うまく描けて当たり前、という世界ですからね。
清水 それをみんな「すげー!」とか褒めてくれるんで、それが新鮮でめちゃくちゃうれしくてですね。Sanoさんもときどき作業しているところに応援に来てくれましたけど、それもすごく励みになりました。この仕事を引き受けてよかったと思いましたし、これだけ歳が離れているにもかかわらず友達みたいな感覚で接してくれるのもすごくうれしかったです。
Sano 失礼はなかったかなと……(笑)。
清水 そんなこと全然ないです。「一緒にやってるな」って感じられたので。
Sano うれしい。清水さんの作業が始まった8月、9月あたりの頃って、まだアルバムの新曲が片手に収まるくらいしかできていなかったので、がっつり楽曲制作と同時進行だったんですよね。清水さんが部屋にこもって絵を描いてくださっている間、僕もこもって曲を作っている状態だったんで、“1人じゃない感”があってすごくうれしかったです。今までの作品作りって、その段階は本当にずっと1人きりだったので。
太一 けっこうこまめに来てくださってましたよね。短い時間しか取れないときでも。
Sano できるだけ僕も一緒に作りたいなと思っていましたから。その場で話す内容がそのまま清水さんの手から魔法みたいに絵になっていく瞬間を見て、そこから音のインスピレーションを受けたりもしました。僕はけっこう音を映像として捉えているところがあって、すべての音に色がある気がしているんですよ。その“音の色”を、清水さんの筆致にすごく見ていたような感じがします。
清水 へえー……。
太一 すごいなあ、絵が楽曲に影響を与えたんだ?
Sano もちろんです。その場で作っていく感じがすごく生モノって感じがしましたし、なんかライブでセッションしているような現場でしたね。
清水 その場で話をしながらどんどんラフを描いていくんですけど、「これでどうですか?」と見せた瞬間に「これこれ!」と共感してもらったりする経験は僕にとっても新鮮で、すごく楽しかったです。
“遠回り”できないことがAIのウイークポイント
Sano そうやってお二人が「楽しい」という言葉をくださるのもすごくうれしかったです。
太一 それはあれですよ。清水さんはキャリア41年で僕は40年になるんですが、このキャリアの人間が言う「楽しい」は「大変だった」ってことなんです(笑)。我々ぐらいになると、“大変な仕事”ってなかなかないですもんね。
清水 そうですね(笑)。
太一 経験に基づいて淡々とやれちゃう仕事がほとんどなんで、そうじゃない手強い現場は本当に新鮮で楽しいんです。
Sano 皆さんが昼夜を問わず何時間も大変な作業を続けていて、今のご時世的には完全にアウトな労働環境だったと思うんですけど(笑)。それでもできあがったものを見てるときの表情がみんなすごく笑顔だったりして、いい“気”が流れているような現場だったなと個人的には感じています。
太一 Sanoさんは“遠回り”の価値がわかる人なんですよね。今どき珍しい、古くさいタイプというか。
Sano (笑)。
太一 みんながショートカットを美徳としている世の中で、常に手間のかかるほうを選択するじゃないですか。誰もがゴールへの最短距離を探しているのとは対照的に、Sanoさんは「ゴール以外の選択肢がゴールではないことを1個1個確かめます」みたいな進め方をする。
Sano 確かにそうですね(笑)。最短距離でゴールにたどり着いちゃったらつまらない、という思いはあります。
太一 これだけAIが急激に進化している時代に“どアナログ”な作り方をプロジェクト全体で共有できた、特殊な環境だったと思いますね。「“AIに勝つ”とはこういうことだ」とはっきり認識できる、いい経験になりました。今はAIでいろんなことが効率化できますけど、その一方で致命的な欠陥があって、AIには制作のプロセスがないんですよ。今回の企画はまさにプロセスエコノミーだなと思っていて、制作の過程に価値を持たせることができた。清水さんの作画の様子をTikTokで公開する試みももちろんそうですし、この鼎談もあの過程があったからこそ生まれたものですし。
Sano それこそ“遠回り”できないことがAIのウイークポイントってことですよね。僕は「遠回りこそが面白い」と感じてしまう人間だし、その感覚を共有できるメンバーだからこそ生まれる化学反応があったなと感じています。ずっと1人で音楽を作ってきて、チームでものを作ることに強い憧れを抱きながらも「自分はそこには入れない部類の人間なんだ」と結論付けていたところがあったんですけど、今回の「BUBBLE」を通じてその殻を破ることができた感覚があります。
太一 「BUBBLE」のアルバムジャケットに窓の絵が描かれていますけど、Sanoさんの窓を1つ開けちゃった感じですね。
Sano そうですね(笑)。「俺も輪に入れるんだ?」みたいな、自分の可能性を1個見つけた、見つけてもらえた制作だったなと思います。アルバムタイトルの「BUBBLE」には「夢のような」「幻想の」という意味を込めたんですけど、文字通り夢のような、幻想のような時間でしたね。バンドを組めずに1人ぼっちでやってきた僕が初めて組んだバンドが「BUBBLE」チームだった、と言えるかもしれないです。
太一 そんなふうに言ってもらえて、僕らも幸せです。
清水 本当にそうですね。
「不器用な人なのね」と笑ってもらえればいい
Sano このプロジェクトの集大成として太一さんに「三千世界」のミュージックビデオを撮っていただきましたけど、「実写と清水さんのアニメーションを組み合わせる」という話は聞いていたものの、例えば絵コンテがあって「こうします」みたいな感じではなかったので、どういう映像になるのか想像がつかなかったんですよね。「清水さんの絵がアニメーションになって動くんだよ」と言われても、「すでに60枚も描いてもらってるんだけどな……」みたいな(笑)。
清水 僕はMVの最後がアニメーションになると聞いて、すごく楽しみだったんですよ。しかもそこにSanoさんご本人も登場するということだったんで、それだけでもう「楽しそう!」と。
Sano (笑)。
清水 「Sanoさんの姿を描きたいな」という思いはずっと抱えていたので、実は作業の合間にちょいちょいラクガキでSanoさんを勝手に描いたりもしていたんです。
Sano そういえば、アニメ調にデフォルメされた似顔絵を見せてくださったことがありましたね。MVで描いていただいたものはもっとリアル寄りのタッチでしたけど。
清水 MVの中に登場する「BUBBLE」のキャラクターたちとテイストを合わせる意味で、Sanoさんの姿もアニメ的、マンガ的な描き方のほうがいいんじゃないかという気持ちもありつつ、実際のSanoさんの姿を描きたいという気持ちもあって。自分の中でもいろいろ葛藤があったんですけど、最終的には中間的なSanoさんにしました。
太一 ちなみにこのMVでは、最新のVFXやAIも使っていて。デプスマップという技術なんですが、よく見ると顔の向きが変わっていたりするんです。単に絵を切り抜いただけじゃなくて、AIで立体化してテクスチャとして貼り付けるという技術で実現しています。あれは世界初です。“どアナログ”なプロジェクトではあったんですけど、実はそういうこともやっているという。
Sano 世界初はうれしい(笑)。ただ盲目的にアナログにこだわっているわけじゃない、というのがいいですね。
太一 それと、実写パートのSanoさんを見たらファンの人たちはちょっとギョッとするかもしれません。この10カ月間ぐらいでSanoさんが物作りに向き合うときの“戦う姿勢”を目の当たりにして、「その姿をファンの人に届けるんだ」という責任感から生まれたのがあのMVなんです。寝食を忘れて制作に没頭するSanoさんのストイックな姿を、そのまま映像の中に再現しようと。
Sano 太一監督からそう言われたので、2日間くらい食べも寝もせずに撮影に臨みました。僕は曲作り期間ってほとんど食べないし寝ないので、少しでも制作中の状態に近付けようと思って。でも、実際の撮影では僕は何もしていないんですよね。ただ座っていただけで、全然“やった感”がなくて。帰り道ずっと「あれで大丈夫だったのかなあ……?」と思ってました。
太一 座る位置以外、何も指示はしませんでしたからね。だからこそ、彼から出てくるものに嘘はなかったです。あとで編集作業をしながら、ひさしぶりに感動しましたね。「編集いらないだろ、これ」「この姿をずっと見せときゃいいよ」と思いました。
Sano 僕としては別に「こんなに苦労して作ってるんだぜ」みたいな気持ちはまったくないし、その姿を見せて感心してもらおうとも全然思っていなくて。逆に、これを見た人が「ああ、この人は不器用でうまくやれない人なのね」と笑ってもらえればいい、くらいの感じなんですよ。
太一 現代のアーティストってスマートにうまく立ち回れるタイプが主流だと思うんですけど、そういう意味でSanoさんは正反対のタイプですよね。
Sano もし僕と同じように、何かに熱中することで自分自身を傷付けてしまったり苦しい思いをしている人がいたとしたら、このMVには何か共鳴してもらえるかもしれないですね。そうだとうれしいな、とは純粋に思います。
太一 Sanoさんは“アーティストという生き物”だと思うんですよね。表現者にはクリエイタータイプとアーティストタイプの2種類いると思っているんですけど、クリエイターというのは数をこなせる器用な人間で、アーティストというのは職業ではなく生き方なんです。Sanoさんを見てると「こういう種類の生き物なんだな」と感じますね。図鑑に載るタイプの。
Sano 図鑑(笑)。
太一 そこは変わらないでいてほしいなと思います。
Sano うれしい。自分でも確かに“生きてるだけ”な感じはしています(笑)。
プロフィール
Sano ibuki(サノイブキ)
2017年に本格的にライブ活動を開始し、同年12⽉に東京・タワーレコード新宿店限定シングル「魔法」をリリース。2018年7月に初の全国流通盤「EMBLEM」を発表し、2019年11月にアルバム「STORY TELLER」でEMI Recordsよりメジャーデビューを果たす。2021年7月には2ndアルバム「BREATH」を発表。その収録曲「pinky swear」「lavender」「ジャイアントキリング」ではミュージックビデオの監督および編集を自身で担当して映像クリエイターとしての才能も発揮した。2022年は「ASAHI WHITE BEER」のタイアップソングやテレビドラマ「高良くんと天城くん」のオープニング主題歌、テレビアニメ「惑星のさみだれ」のエンディングテーマを担当。繊細な歌声と叙情的な歌詞で物語を彩る。11月には2ndミニアルバム「ZERO」発表した。2023年10月にドラマ「ワンルームエンジェル」のエンディングテーマや「サブスク不倫」のオープニングテーマを収録したミニアルバム「革命を覚えた日」を発表。2024年4月にドラマ「ソロ活女子のススメ4」のエンディングテーマ「ミラーボール」を配信リリース。11月に2部作となる3rdフルアルバム「BUBBLE」をリリースし、12月から1月にかけて東名阪でワンマンライブ「Sano ibuki ONE-MAN LIVE "Euphoria”」を行った。
Sano ibuki (@sano_ibuki) | Instagram
太一(タイチ)
Film director / Producer / CEO / カンヌ映画祭 公認社交界「Cannes GALA」Chairman。第76回カンヌ映画祭CANNES NEXTやCES 2024ほか多数受賞。1984年にSFXアーティストとして映画業界デビュー。国際映画製作会社EDLEAD inc.などのCEOを努め、60本の劇場映画、500作品の地上波メジャーCMに参画してきた。国際映画スタジオNOMAを創設。国際映画プロデュースのほか、近年ではアニメーション業界と連携し、カンヌ映画祭受賞事業“MANGA”作品「Bloom At Night」を発表。さらに長編映画「THE RHETORIC STAR」を制作中。
清水洋(シミズヒロシ)
アニメーター / オープロダクション、スタジオジブリ、マッドハウス、シンエイ動画、トムス、フランスのアニメーションスタジオなどに参画。映画「風の谷のナウシカ」でデビュー。スタジオジブリの黎明期に立ち会い「もののけ姫」で独立し、多数の劇場アニメで原画や作画監督を手がける。ハリウッド映画「Blade Runner 2049 / BLACKOUT2022」や「ONE PIECE FILM RED」の国際評価を経て国際映画スタジオNOMAに参加。アニメーションスタジオ・清水ケース製作所を設立。NOMAの多数の国際ミッションの中でアニメーターたちの指揮を執っている。