斉藤朱夏|走り続けて“君”と出会った、私の道のりについて

斉藤朱夏が1stフルアルバム「パッチワーク」を8月18日にリリースした。

満を持してリリースされる初のフルアルバムには、8曲の新曲を含む全12曲を収録。これまで斉藤のすべての作品のプロデュースを手がけてきたハヤシケイ(LIVE LAB.)と引き続きタッグを組んで制作された本作は、斉藤の不器用さも弱さもすべて詰まった人間味あふれる作品となっている。斉藤はアルバムの収録曲「ワンピース」「よく笑う理由」でハヤシと共作という形で初めて作詞に挑戦。どちらの曲でもありのままの自分をさらけ出すように赤裸々な心情を綴っている。

ソロアーティスト活動を始めてから2年間、一貫して“言葉”を大切にして作品作りを行ってきた斉藤。音楽ナタリーではこのアルバムに注ぎ込んだ思いと言葉について、彼女に話を聞いた。

取材・文 / 中川麻梨花

人間臭いアルバムができました

──1stフルアルバム、とっても気合いを感じました。

バチバチですよ。気合い入りまくりです。

──全体的にアルバムを通して、朱夏さんの“本音”が綴られているような作品だと思って。そういう意味で、ある種の覚悟みたいなものを感じたんですが、朱夏さん的には最初にどういうアルバムにしたいと思っていたんでしょうか?

今作に関しては「人間臭いアルバムにしたいです!」とすごく言ってきて。このタイミングで絶対に自分で歌詞を書こうということも決めていたんですよね。今までも私のいろんな部分を表現してきましたけど、1stフルアルバムでは自分の言葉で、心のもっと深いところを見せたかった。自分から“見せたい”と思えるようになったんです。今までは正直ちょっと見せるのが恥ずかしいなって……。

──これまでの作品はすべてハヤシケイさんがプロデュースしていて、ケイさんが朱夏さんの心の内にある思いを引き出してきたような印象があります。

まさに「どうだどうだ?」って引き出してくれていた感じでしたね。でも、今は「みんなに全部見せたい」「今の斉藤朱夏を知ってほしい」という私の思いが強くて。そう思っていたら、すごく人間臭いアルバムができました。

──「パッチワーク」というタイトルはどの段階で付けたんですか?

どういうタイトルにしようか悩んで悩んで、アルバム制作の最後のほうに出てきました。そもそも私は洋服が好きで、パッチワークの服を見ているときに「私の人生ってパッチワークみたいだったな」と思ったんです。今までの人生で悔しかったことも楽しかったこともたくさんあって、いろんなことを経験して今の私がいる。そう考えたときに、いろんなものがつぎはぎされて“私”ができているような感覚になったんです。あと、このアルバム制作を通して、たくさんの人に支えられて生きてきたんだなということをより実感して。いろんな人との出会いがあったからこそ、今の私がいるということに気付けたので、そういう意味でも自分の人生がパッチワークのように思えたんです。

──今作は音楽的にもスカからカントリーまで幅広いジャンルの楽曲が詰まってるので、そういう意味でもまさにパッチワークという感じがしますね。

そうなんですよね。いろんな楽曲が12曲詰まっているので、結果的にそこともつながりました。

走り続けた先に何があるんだろう?

──トラックリストを見たときにまず思ったことでもあるんですが、1曲目の「もう無理、でも走る」というタイトル、たった9文字で朱夏さんの生き方をひと言でバチッと言い表しているなと。

あははは。

──アーティストを目指してオーディションを受けていた頃から、“もう無理”という状況になっても“走る”ことを選んできた人生だったんだろうなって……。

ソロデビュー当時からお話を聞いてもらっているので、たぶん私の人生のこともよくわかっていらっしゃいますよね。もう無理だけど走っているということが本当に多くて、それがついに楽曲になりました(笑)。

──紙資料に記載されているケイさんのコメントによると、朱夏さんが心身ボロボロになって「もう無理!」となりつつ「でも私走る」とつぶやいていたのを見たスタッフさんが、「これを曲にしてあげたい」と思って生まれた曲だということで。これはいつ頃のエピソードなんですか?

去年の冬だったかなあ。あの頃は本当にもう無理だったんですよ。

──そうだったんですか。「SUNFLOWER」と「セカイノハテ」の取材のときに2020年の夏はコロナ禍で走りたくても走れなかった時期が続いてだいぶ気持ちが沈んでいたとおっしゃっていたので、てっきりその頃の話かと思っていました。

基本的にだいたい“もう無理”なんです、私(笑)。

──でも、走るんですよね?

そう(笑)。ちょうど去年の冬が一番無理だった時期で、心身ともにけっこうボロボロだったんですよね。それで、「もう無理。でも私走りたいんです」というなんとも人間らしい言葉がポロッと出てしまったんです。

──その“無理”という状態でも走り続ける、朱夏さんの一番の原動力ってなんなんでしょうか?

うーん。たぶん「走り続けた先に何があるんだろう?」って気になっているから、ずっと走り続けたいんですよね。コロナ禍で止まっていた時間がつらくて仕方なかったからこそ、なおさらそう思います。走り続けないと、私はたぶんダメになっちゃうんです。何をしたらいいのかわからなくなっちゃいそうというか……自分を保つために走り続けているのかもしれないです。

──その生き方が朱夏さんの中に染み付いているのかもしれないですね。

うん、24年間ずっとそういうふうに生きてきたので。ゆっくり歩くことや止まることが本当に歯がゆいんです。だから「無理だけど、とりあえず1回走らせてください」というのは、ある意味、私からのお願いでもあるという。周りの人から「今ボロボロの状態だと思うから、ちょっと休みなよ」と言われるときもあるんですけど、「いや、たぶんまだできるので1回やらせてください」みたいな。

──朱夏さんはこの2年間、ケイさんをはじめ同じ方々と音楽を作ってきたということもあって、周りのスタッフさんもそういう姿を見てきてるんでしょうね。

そうだと思います。基本的にチームは変わってないですし、2年間一緒に走ってきたスタッフさんだからこそわかる斉藤朱夏の姿というのが、きっとたくさんあるんですよ。私以上に私のことを知っているスタッフさんの前だからこそ「もう無理、でも走る」という言葉を思わずポロっと言ってしまったり。その場にケイさんはいなかったんですけど、「これを歌にしよう!」と思ったスタッフさんが、ケイさんにどういう状況だったのかを話してくれて、この曲ができあがりました。

──「もう無理、でも走る」の朱夏さんの歌からは、自分をさらけだしているからか、清々しさみたいなものを感じました。

この曲はレコーディングが終わってから、もう1回録り直したんですよね。最初に私の言葉を聞いて「これを歌にしよう!」と言ってくれたスタッフさんが「もう1回レコーディングしよう」と提案してくださったんです。そのスタッフさんの立ち会いのもと、「もっと気持ちを出していいよ」とアドバイスをもらいながらレコーディングをして。「無理でも走ります」と思ったときや悔しかったときのことを思い返しながら、感情を込めて歌いました。

絶妙な「バカ」をねらいました

──2曲目からは「パパパ」(2019年11月発売の1stシングル「36℃ / パパパ」表題曲)、「恋のルーレット」「ぴぴぴ」「くつひも」(2019年8月発売の1stミニアルバム「くつひも」リードトラック)と、恋愛ソングが4曲続きます。新曲「恋のルーレット」では友情と恋心の間で揺れている気持ちをキュートに歌っていますね。

「恋のルーレット」は私のプロットをもとに、ケイさんに作ってもらった曲で。プロットには“友情”から“恋心”になる瞬間のことを書いていました。私の頭の中で「これって……恋なのかな?」「でも、アイツは友達だからそんなことはないよ! アイツを好きだなんて……!」と物語がどんどんどんどん進んでいって(笑)。そこから恋ってルーレットみたいなんだなと思って、「グルグル回って、気持ちはどっち?」というところに行き着きました。

──じゃあプロットの時点で「恋のルーレット」というテーマはあったんですね。

そうですね。タイトルもそのときから「恋のルーレット」だったので。「友達……いや、好き……あああ、どっち!?」ってニヤニヤしながら。

──少女マンガ好きの朱夏さんにとって、やっぱりこういった曲を考えるのは楽しいですか?

恋愛ソングを書くのが一番楽しいです! もう妄想が膨らむ膨らむ(笑)。

──(笑)。朱夏さん的にはこの曲の主人公はどういう子だと思っているんですか?

私はこの子はあんまり目立たない女の子だと思ってるんですよ。そもそも歌詞のプロットでは、自分の前髪を切ったら、友達だと思ってた“アイツ”がなんかちょっとキラキラに見えるということを書いていたんです。前髪を切った瞬間に視界が開けて、恋に気付いたという。ちょっと内気な女の子の恋愛模様というイメージですね。

──内気だけど、サビでは「ねえ 今すぐつかまえて 言えやしないよ バカ」とけっこう強めの言葉を……あっ、でも結局言えやしないんですもんね。心の中で言うしかない。

そう、言えやしないんです。私のイメージでは、この歌詞に出てくる“アイツ”は主人公の女の子とはちょっと違う世界にいる男の子で。女の子はそんな男の子に憧れている……私の場合はきっと好きだと思ったらすぐ「好き」って言っちゃいそうなので、こんな恋愛はしないよなと思いながら(笑)。こういう恋愛って素敵だなあという憧れもこもってるかもしれません。

──そういう楽しさも乗っているからか、弾むようなみずみずしい歌声になっていると思いました。

この曲のレコーディングでは、とにかくサビの「言えやしないよ バカ」の「バカ」が重要だねとケイさんと話していて。

──絶妙にかわいい「バカ」になっていますよね。

作戦会議をして、いろんな「バカ」を試しましたもん。「この“バカ”の歌い方はどうですか?」「うーん、ちょっと強いな」みたいな。

──「バカ」のオーディション的な(笑)。

そうそう。「なんか違って……」と言われると、私が「ブスなバカってことですね」って拗ねたり(笑)。それでかわいく歌ったら、「ちょっと狙いすぎ」みたいな。もうわかんなーい!ってなりながら、絶妙に中間のところをねらいましたね。この曲の一番の聴きどころだなと思います。