PK shampooヤマトパンクス×「チ。-地球の運動について-」作者・魚豊|気鋭のバンドマンとマンガ家が電撃対談 (2/3)

「チ。」というタイトルの由来

──PK shampooの1stアルバムのタイトルは「PK shampoo.wav」です。音楽ファイルの名前にしているのは、どういう理由があるんでしょう。

ヤマトパンクス アルバムにセルフタイトルを付けるバンドに対してロマンを感じるんです。写真のアルバムでも「○○ちゃん何歳」みたいに被写体の名前を書きますよね。アルバムっていうのは、その名の通り、作者の写真集みたいなものなので。何なら僕は2枚目を出すなら「PK shampoo.wav(1)」にしようと思っているくらいで(笑)。

──コピーしたときのファイル名ですね(笑)。

ヤマトパンクス マンガだったら1巻、2巻という形ですけど、それが1番本質的だと思うんです。だから正直、wavもいらなかったぐらいで。「PK shampoo アルバム」でもなんでもよかった。歌詞が私小説的だっていうこともあって、作品というよりは、僕たちなんだ!ということを記したつもりです。

──魚豊先生は、どのような思いから「チ。」というタイトルを付けられたんでしょう。

魚豊 最初から知性と暴力の話を書きたくて。「知」と「血」で「チ。」しかないなと。単純に1文字だったら目立つというベタなインパクト重視での考えもありました。それにエゴサしたくないし、パブサもできないようにしたいという気持ちもありました。他人の感想を目にすることで、その人の感想まで作られてしまうことが嫌だったんです。もちろんサブタイトルを入れれば検索はできるんですけど、1個手間があることによる重荷があれば、自分で考える余地ができるだろうなと。それはこちらの勝手な希望みたいなところですけど。

ヤマトパンクス ちなみに、そうじゃないかもしれないですけど、最終回まで見据えて描いていますよね?

魚豊 いや、そうです。

ヤマトパンクス 僕は行きあたりばったりでレコーディングしながらアレンジしちゃうので、そこだけは対照的だなと思っています。僕もエゴサとかは怖いのであまりしたくないんですけど、作品タイトルを考える段階からそんなところまで見据えるような戦略性も僕にはないので、単純にすごいなと思いました。賢いな、と(笑)。

魚豊 ありがとうございます。でも僕は賢く器用には絶対になれないし、なりたくない気持ちもあって。資本主義社会の構造を把握して、経済的合理性に則って効率的にタームをこなして自分の思った未来に行き着くというのは、目指す姿勢ではない気がして。どこかで偶然が入ってバグが起こって、全然思いもしなかった方向に行くのが面白い。ただ、マンガと音楽の構造的な違いはあると思うんです。音楽のよさの1つは、グルーヴ感とかライブ感を閉じ込めて送り出せることにあると思います。再生という語彙もすごく好きなんです。その瞬間を再生できるのが音楽に憧れる理由の1つでもありますね。反対にマンガはバグが入るとすぐ崩壊して、それが魅力的になりづらいから、ライブ感に流されないようにできるだけ警戒してます。

ヤマトパンクス(Vo, G)

ヤマトパンクス(Vo, G)

生きているのは楽しいですか?

──魚豊先生から事前にいただいた質問案の中でぜひお聞きしたいのが、「生きているのは楽しいですか?」って項目なんですけど(笑)。

ヤマトパンクス すごい質問。煽られているのかな?(笑)

魚豊 僕は学生時代が楽しかったんですけど、どんどんそういう日が減ってきているなと感じていて。ヤマトさんの歌詞には学生とか学校というテーマがすごく出てきますよね? 卒業した後の世界に生きているヤマトさんは、今、楽しさがあるのかどうなのかなって。

ヤマトパンクス うちはメンバーも全員大学の先輩後輩だし、周りに大学生とか、ずっと留年してるやつとか、学生はとっくに終わってるのにいまだに学生みたいな生活をしてるやつとかがいっぱいいるんです。だから大学生活がただ延びているだけって感じでもあって。もともと俺は大学もほぼ通っていなかったので、なんならもう1回大学に入ろうと思っているんです(笑)。要するに、学生時代が楽しいんだったら、学生時代を延ばせばいいんじゃない?って考え方なので、「生きているのは楽しいか?」って質問に答えるのであれば、「楽しくしようとしています」という答えになるし、驕った言い方を許してもらえるなら「なおかつ、それが成功しています」って感じ。もちろんサラリーマンにはサラリーマンの楽しさ、大人には大人の楽しさがあると思うんです。僕もそれをどこかで引き受けないといけない時期が来るとは思っているんですけど、今はとりあえず学生時代のリバーブがずっと続いている。

魚豊 なるほど。それはめっちゃ素敵な意見というか、聞けてうれしい意見ですね。

ヤマトパンクス 責任から逃れているだけと言えば、そう聞こえるかもしれないんですけど、ニートをしたきゃニートをしていればいいし、働きたいなら働けばいい。自分がやりたいと思うことをやればいいとしか思わなくて。テトリスが楽しいんだったら、ずっとテトリスをやっていればいいと思う。友達に800万の借金があるやつがいますけど、そいつはめちゃくちゃ楽しそうですしね(笑)。

ヤマトパンクス(Vo, G)

ヤマトパンクス(Vo, G)

ヤマトパンクス(Vo, G)

ヤマトパンクス(Vo, G)

きれいなメロディはうるさい演奏の中にあったほうが映える

魚豊 そんなヤマトさんの歌詞を読むと、ペシミスティックな感じも滲み出ている気がするんですけど、楽観と悲観の両方を書いている意識もあるんですか?

ヤマトパンクス いや、別にバランスを取っているわけではなくて。どうしようもない悲しみなんてものはないと思っているんです。もちろん世の中のどっかにはあると思うけど、少なくとも俺の中にはない。歌詞で悲しいことを書いていると言っても、自分の場合は、悲しくてもまた明日になるよ、みたいなことを書いていて。それは「明日があるさ!」みたいなポジティブなそれじゃなくて、「どうしたって明日は来ちゃうよ」とか、それこそ「地球は回っちゃうよ」みたいな話に近いのかも。白いものを書きたかったら、背景は黒にするのが一番簡単、というか。明日が来る、という摂理は「希望」という下地の上に書くよりも、「今日も明日も悲しいけど、結局明日は来る」みたいに表現したほうがコントラストが強いというか。きれいなメロディはうるさい演奏の中にあったほうが映えるみたいなものに近いのかなって感じはしますね。

魚豊 それ、めっちゃいいアティテュードだと思います。絶対に死は来るし、その暴力性をどう肯定的に乗り越えるかが重要な気がしているんです。ヤマトさんはそんなに好きじゃないと以前おっしゃっていましたけど、僕は「夜間通用口」がすごく好きで。SoundCloudで曲を上げてた前のバージョンからずっと好きなんです。

ヤマトパンクス あははは。

魚豊 最初はタイトルの「夜間通用口」が何のことかわからなかったんですけど、聴いたら「月のことなのかな」と思って。月自体、ぽっかり空に穴が空いたように見えるから、向こうに見えるトンネルの穴のような感じで、夜間にだけ出る通用口という意味なのかなと。そういう形相的なメタファーが単純に面白いと思ったんですが。さらに心情的にも本当に月は脱出口というか。自分の悩みなんて宇宙単位で見ればちっぽけだって考えて心がフッと軽くなるように、宇宙って、自分を相対化させる最大の装置で。地球や日常の重力圏から逃げ出せる相対化装置が夜間にだけ強制的に毎晩現れる。それをトンネルの出口って見立てにするのがすごい。しかもメロディもマジかっこいいし。20代の思い出の1曲ですね。

ヤマトパンクス ありがたいです。いやーうれしいな。頭のいい人に褒めてもらえると(笑)。

──魚豊先生は別の取材で、ご自身がオプティミストだと語ってらっしゃいましたが、こうやって話していると「本当に楽観的なのかな?」と思います。

魚豊 僕はかなり、幸運だったと思うんです。いじめられてもこなかったし、虐待されたこともない。楽観的にのほほんと生きてこれた。でもおそらく、現代社会ではそういう楽観というのはよくないこととされると思います。確かに僕がそういう姿勢で脳天気でいられた背後には、僕が気付いてない数々の犠牲があるのは事実だと思います。そしてもちろん、問題に気付いたらできることから改善しなきゃいけない。でも、それを反省し続けるのに終始せず、逆に考えたら、そういう自分にしか描けないものが絶対あるとも思う。それを描くためにこの人生があるわけで。だから僕はオプティミスティックにこの世を肯定したい。僕が悲観的なことを言っても、言葉に重みもないし、それはもうあふれているわけですから。責任は責任として引き受けつつ、鬱々とした生き方にならないものを表現できるんじゃないかと。PKもさっきおっしゃっていたオプティミズムの面に本音感があってすごくいいんです。