「A Roller Skating Tour」は発見だった
──「The Roller Skating Tour」はインストナンバー「3:33(Intro)」で始まって、そこで流れるピアノのメロディに歌を乗せた「Home」で終わります。サブスク時代ではありますが、アルバムというフォーマットを意識した構成になっていますね。
アルバムを作るのであれば、アルバムのフォーマットを意識して作らないと意味がないと思ったんです。僕は曲を気に入ったら、そのアーティストの最新アルバムを1回通して聴いてみるんですよ。最新アルバムはそのアーティストの名刺代わりになると思っていて。もし自分のアルバムがサブスクのプレイリストみたいな寄せ集めの作品だったら、聴いてくれる人たちに申し訳ないと思うんですよね。
──アルバムを通して聴くことで見えてくる世界がありますもんね。
そうなんですよ。曲順にも意味があって、その順番で聴くことで、曲を単体で聴いたときとは違う表情が見えてきたりする。アルバムより先に出した楽曲を、また別解釈で楽しめるのもアルバムの魅力だと思うんですよ。あと、アルバムはマスタリングが違うこともあるので、それで曲の印象が変わったり。
──アルバムだけの世界観があるんですね。「The Roller Skating Tour」の制作にあたり、テーマやコンセプトについて何か考えていたことはありますか?
「A Roller Skating Tour」という曲ができたときに、アルバムについて想像が広がっていったんです。この曲は自分たちにとって発見だった。「A Roller Skating Tour」は「Reach Out」と同時期にできた曲なんですけど、「Reach Out」がストレートにNulbarich感を出しているのに対して、「A Roller Skating Tour」は今、自分たちがやりたい方向に振り切った曲で。どっちもライブでやったんですけど「A Roller Skating Tour」の反応もよくて盛り上がったんです。それで、この曲を軸にして新しいNulbarichを出すアルバムにしようと思いました。
楽しい時間を過ごすために時間をかける
──「A Roller Skating Tour」で狙った新しさというのはどんなところですか?
バンドサウンドに捉われないということと、曲のルーム感ですかね。この曲は部屋で聴く感じなのか、スタジアムで聴く感じなのか。これまでの自分たちの曲はどこかスタジアムっぽいところがあったんですけど、別軸の広さを「A Roller Skating Tour」に感じていて。ちょっと宇宙っぽい浮遊感があるんですよ。
──JQさんにとって、曲作りのうえでルーム感というのが重要なんですね。
ジャンル感とかサウンド感より、ルーム感が一番重要だと思っています。どんなスケールに曲を落とし込むのか。「A Roller Skating Tour」はスケールが大きいけど、ピッチが低いんです。スタジアムでは届かないでしょ?と思われるくらいに。そこにいる人を踊らせることができる。そういう曲を作ってみたいと思っていたんです。
──その結果、「A Roller Skating Tour」はアルバムのタイトルにするくらい重要な曲なったわけですね。
曲名は「A Roller Skating Tour」ですけど、アルバムタイトルは「The Roller Skating Tour」なんです。こういうことをするから面倒くさいやつだと思われるんですよね(笑)。ローラースケートを人生に例えた歌詞ですけど、例えば僕らは1回のツアーのために半年以上の準備時間をかけるんです。人生もそうじゃないですか。楽しい時間を過ごすために時間をかける。恋人とローラースケートをするために準備をしたり、車に乗って出かけたりする。準備しているときのワクワク感が大切だと思うんですよね。曲自体もそうで、サビに向かうまでに長いヴァースがある。
──なるほど。歌詞だけではなく、曲の構成自体が人生を象徴している。
ローラースケート場に行くとミラーボールがくるくる回って非現実的な世界が広がってる。現実的な日々を重ねて夢の世界にたどり着くわけですよ。僕らの仕事もそうで、世間では気楽に過ごしてるように思われがちだけど、いい曲ができない自分やうまく歌えない自分に対して、毎日ストレスを感じている。それをすべて忘れさせてくれるのがライブなんです。だから「A Roller Skating Tour」で“人生ってこうだよね”と提示して、「The Roller Skating Tour」では、このアルバムを聴いてもらうことが僕らにとってローラースケートをしている情景なんだよということを伝えているんです。
こんな僕もいる
──この曲を含めて、アルバムはJQさんの人生観や心情が反映されているような気がしました。どこかパーソナルな雰囲気を感じて。
そう感じてもらったのならうれしいですね。最近、自分の気持ちを素直に外に出せるようになってきたんです。もともといろんなことを考えすぎる性格なので、曲を作っている間も、「これは何枚目のシングルだから、こんな感じの作品にしたほうがいい」とか「ファンやスタッフに喜んでもらうには」とかいろんなことを考えて、無意識に1人で背負い込んでいたのかもしれないですね。それがここ1、2年でなくなって、作りたいときに作ればいいし、そのときに感じたことを曲にすればいいと思うようになった。だから最近、曲作りの工程はすごくシンプルになりました。今作に入っている「Backyard Party」は、アルバムで一番制作時間が短くて直感に導かれるまま作った曲なんですけど、フィーチャリング曲以外では1、2位を争うクオリティだと思ってます。
──その気持ちの変化はどこからきたのでしょうか。
アメリカで暮らすようになった影響もあると思います。アメリカでは自分の意見をはっきり言わないと、そのことに関してどうでもいいと思っていると判断されるんです。だからいいと思ったら「いい」と言うし、気に入らないときはそう言う。もちろん空気は読みますけどね。その場で自分の思っていることを言う恥ずかしさのハードルは下がってきています。
──確かにアメリカでは日本以上に感情がオープンに表現されるし、それが音楽にも反映されているような気がします。
僕がLAに行ったのはコロナ禍に見舞われたり、ブラック・ライヴズ・マターがあったり、かなりストレスの多い時期だったんです。そんな中で起こった悲しいことやうれしいことが音楽になっていくのを目の当たりにした。ブルースやヒップホップが心の叫びだということを肌で感じられたのは大きかったと思います。教会に行ってゴスペルを聴いたりすると、みんなが音楽に求めているものがわかりやくすく見えてくる。これまで自分がチャートを通じてしか聴いていなかった音楽の根っこにあるものに触れられた気がしますね。
──そういう体験から来る気持ちの変化が曲作りに影響を与えているんですね。
昔だったら「Lonely Road」みたいな曲を書くと、日頃周りから支えてもらっているのに「孤独だ」なんて歌ってたらダメだろうみたいなことが無意識によぎってたのかもしれないですが、今回のアルバムには、タバコのことを歌った曲とか、ただLAで浮かれ騒いでる曲とか、これまでだったら躊躇していたような歌も入れています。その時々に感じたこと、歌いたいことを歌っているというか。
──JQさんのいろんな面が詰まってるアルバムでもあるんですね。
はい。アルバムを通して1本の筋を立てないほうがいいと思って。言っていることは違っても、考えていることの根本は同じなのが人間だと思うし。同じものをどこから見るかで表現は変わってくる。こんな僕もいるということを、いろいろ見せているアルバムになってるんじゃないかと思いますね。
ツアー情報
Nulbarich 「The Roller Skating Tour '24」
- 2024年1月12日(金)福岡県 Zepp Fukuoka
- 2024年1月19日(金)北海道 Zepp Sapporo
- 2024年1月25日(木)愛知県 Zepp Nagoya
- 2024年1月26日(金)大阪府 Zepp Namba(OSAKA)
- 2024年2月3日(土)宮城県 仙台PIT
- 2024年2月7日(水)東京都 Zepp Haneda(TOKYO)
- 2024年2月8日(木)東京都 Zepp Haneda(TOKYO)※Extra公演
ゲスト:PUNPEE / Leo Uchida(Kroi) / BOXER - 2024年2月24日(土)台湾 Legacy Taipei
プロフィール
Nulbarich(ナルバリッチ)
シンガーソングライターのJQを中心に結成されたバンド。ソウル、ファンク、アシッドジャズなどをベースにした音楽性が特徴で、メンバーは固定されず、そのときどきに応じてさまざまな演奏形態に変化する。2016年6月にタワーレコードおよびライブ会場限定の1stシングル「Hometown」、10月には1stフルアルバム「Guess Who?」をリリース。その後は積極的なライブ活動を行い、2018年に東京・日本武道館でワンマンライブ、2019年にはバンド史上最大キャパとなる埼玉・さいたまスーパーアリーナでワンマンライブを開催した。2021年4月に4thアルバム「NEW GRAVITY」をリリース。2023年12月に2年半ぶりのアルバム「The Roller Skating Tour」を発表した。