「NieR Re[in]carnation」サントラ特集|岡部啓一&瀬尾祥太郎が明かす「NieR」シリーズの音楽

「NieR Replicant」や「NieR:Automata」を筆頭にした人気ゲーム作品「NieR」シリーズ初のスマートフォン用ゲームアプリとして、2021年にサービスがスタートした「NieR Re[in]carnation」。このゲームのオリジナルサウンドトラック第2弾「NieR Re[in]carnation Original Soundtrack 太陽と月の奏」がリリースされた。

このサントラにはゲームのメインストーリー「太陽と月の物語」で使用されている全18曲を収録。「NieR」らしさもありつつ、シリーズの中で最もアンビエントの要素を取り入れた「Re[in]carnation」ならではの音楽性はそのままに、さらなる音楽性の広がりが感じられるような作品になっている。音楽ナタリーでは、最新サントラの発売を記念して、「NieR」シリーズの音楽を最初期から担当してきたMONACAの代表・岡部啓一と、同じくMONACA所属のクリエイター瀬尾祥太郎に話を聞いた。

取材・文 / 杉山仁撮影 / 関口佳代

どの曲も悲しくあってほしいけれど、“悲しい”のレベルは違う

──まずはお二人が「NieR」シリーズ全体を通して、音楽制作の際に大切にしていることがあれば教えてください。

岡部啓一 「NieR」シリーズの始まりは2010年に発売された「NieR Replicant / Gestalt」(以下「レプリカント / ゲシュタルト」)なんですが、あのときは発売の2、3年前から、ゲームのディレクターであるヨコオタロウさんに「今回は音楽演出に力を入れたいから、ゲームのプリプロの段階からトライアンドエラーを一緒にやってほしい」と声をかけていただきました。社内でサウンドを作っている方ならよくある話かもしれませんが、僕らは社外の人間なので、そういった形でプロジェクトに長いスパンで関わらせていただくことは珍しい経験でした。

「NieR Re[in]carnation 太陽と月の物語」キービジュアル

「NieR Re[in]carnation 太陽と月の物語」キービジュアル

──いつも以上にプロジェクトの中に入って、試行錯誤しながら進めていったんですね。

岡部 そうですね。ゲーム音楽にはいろんな種類のものがありますが、当時比較的大きなタイトルでは、ハリウッド映画のスコアのような、スケール感のあるリッチな音を求められる傾向がありました。もちろん、それはそれで素敵だと思うのですが、そういったものが増えるほど、同じことをしても埋もれてしまうという状況が生まれていたんです。そこで「レプリカント / ゲシュタルト」では、ヨコオさんから「何かしらの声を全曲に入れてほしい」というリクエストをもらいまして、当時の主流とはまた違った音楽を目指しました。当時のハリウッド映画の劇伴的なゲーム音楽は、どちらかというとスケール感を出すためのトラックメイキングを重視していたと思うのですが、僕らが目指したのはメロディ重視の音作りでした。ある意味、ファミコン時代の3音程度で表現されていた音楽のような、フレーズで聴かせていく音楽の進化系を目標にしていたと思います。そうしてゲーム音楽らしい側面と、歌が入るというあまりゲーム音楽らしくない側面を1つにできたところがシリーズの音楽のカラーになったと思うので、そこは今も大事にしている要素です。「NieR Re[in]carnation」の音楽も、声を印象的に使うことを意識して制作しています。

──シリーズを通して、白黒はっきりしない、さまざまな感情が複雑に混ざり合うようなサウンドが魅力的です。このあたりはどんなふうに実現したのでしょう?

岡部 確か「レプリカント / ゲシュタルト」の音楽を作り始めるときに、ヨコオさんから「この物語は悲しい物語なので、全曲が悲しくあってほしい」ということを言われたんです。ただ、どの曲も悲しくあってほしいけれど、それぞれの“悲しい”のレベルは違うんだ、と。

──なるほど。

岡部 例えばバトルの曲でも、激しくて闘争心を煽るような要素も必要だけれど、そこに悲しみも少しあるといいというオーダーをいただきました。実際、人の感情というのは、100%悲しい、100%楽しいと感じる瞬間は本当にまれで、たいていは楽しいときにも少し悲しさが混じっていたり、悲しい中にもどこか希望が混じっていたりしていて、その多面性こそが人間らしさだと思うんです。「NieR」では音楽面でもそういった部分を意識しています。

岡部啓一

岡部啓一

──瀬尾さんは「NieR」シリーズに2017年発売の「NieR:Automata」(以下「オートマタ」)から関わられていますよね。

瀬尾祥太郎 自分がMONACAに入社してすぐに「オートマタ」の制作が始まったんですが、入ってすぐの頃、岡部から「瀬尾はこういうのが好きなんじゃない?」と「レプリカント / ゲシュタルト」のサウンドトラックを渡されて、実際に聴いたところ「魅力的な音楽だな」と思ったのが「NieR」シリーズとの出会いでした。「オートマタ」では、9S(ゲームに登場する主要キャラクター・ヨルハ九号S型の略称)がハッキング状態になったときに流れるBGMの8ビットアレンジや、楽曲の男性コーラスの歌唱を担当させていただきました。

──制作に関わっている中で感じる「NieR」シリーズの音楽ならではの特徴はどんなところですか?

瀬尾 BGMとして流れるほぼすべての曲に歌や声の要素が入っていることですね。実際に携わるようになるまで、個人的にゲームの中ではあまり聴いたことがないタイプのサウンドでしたが、実際にゲーム体験と合わさったときに、歌が作品の邪魔をしていない、必要不可欠なスパイスになっていると感じました。さっきおっしゃられていた「白黒はっきりしない」という独特の温度感や色彩感も、僕がとても魅力的に感じた部分でした。

瀬尾祥太郎

瀬尾祥太郎

プレイヤーの感情をミスリードしないように

──今回サントラがリリースされる「NieR Re[in]carnation」の音楽のテーマや方向性は?

岡部 これまでの作品とは違って「NieR Re[in]carnation」はモバイル用のゲームということもあり、ヨコオさんからは、これまでのような壮大なタイプのものというよりは、スマートフォンの画面でプレイしてても聴き疲れしない、聴き飽きないような、ミニマルおよびアンビエントテイストの音楽を作ってほしい、という具体的な要望がありました。そこで、要所では「NieR」シリーズの特徴でもある歌モノに近い要素を出しつつ、サウンドとしてはオーケストラ的ではない、ふわーっとした空間音楽に近い方向性を目指していきました。

──作中で描かれる「記憶」の要素と、ミニマルな音がとても合っているように感じます。

岡部 ミニマルでアンビエント風の音楽が、どこか精神世界に潜っていくような雰囲気と合っているかもしれないですね。そのあたりのことも、最初に瀬尾とも共有しました。「NieR Re[in]carnation」の音楽は、ざっくり分けると「檻(ケージ)と呼ばれるフィールドを歩き回るときに流れる音楽」「ピクチャーブック風の物語の世界で流れる音楽」「バトル時の音楽」の3つの要素があるんです。それぞれについて「こういう曲が欲しい」というリストをいただくので、それを見ながら、「この曲はだいたいこういう方向性だよね」と話し合って、瀬尾とお互いに楽曲の方向性などが被らないように担当を決めました。

「NieR Re[in]carnation Original Soundtrack 太陽と月の奏」ジャケット

「NieR Re[in]carnation Original Soundtrack 太陽と月の奏」ジャケット

──3つの要素の音楽的な差別化については、どんなふうに考えられたんでしょう?

岡部 大前提として、ヨコオさんはオーダーの際に雰囲気がわかる参考曲を用意してくれるんです。例えば檻の音楽はより空間系のものにしてほしいなど、最初からかなり明確なイメージをいただいていました。ですが、曲の中のどのエッセンスを参考にしてほしいのかは、曲ごとによって変わります。僕の場合はこれまでヨコオさんの作品に何度も関わってきたのでだいたい感覚はわかっているつもりですが、瀬尾はまだあまりヨコオさんとの仕事経験がなかったので、最初に「参考曲に引っ張られすぎないでほしい」と伝えました。僕が出せない要素を瀬尾に出してもらいたいと思っていたこともあり、参考曲とそっくりなものではなく、瀬尾が作る意味があるものを作ってほしいと思ったんです。

瀬尾 確かに言われましたね。

岡部 そうして「檻(ケージ)で流れる音楽」として作っていったのが、「Komorebi - 木漏レ日」「Yoi no Tobari - 宵ノ帳」「Unei no Tsubomi - 雲翳ノ蕾」あたりの楽曲ですね。

瀬尾 「Komorebi - 木漏レ日」と「Unei no Tsubomi - 雲翳ノ蕾」は同じタイミングで自分が書かせていただいたんですが、この2曲は光に包まれているような「陽」のイメージと、影のどん底にいるような「陰」のイメージというように、対照的になるようカラーを変えています。これは実際にオーダーにもあったことでした。檻の音楽はフィールドを長く歩いている中でずっと流れている音楽なので、感情の起伏のようなエモい要素を入れてしまうと、そこに文脈が生まれて、プレイヤーの感情をミスリードしてしまう可能性もあります。そこで、できるだけ音楽に起伏を持たせないように、極めて淡々とフラットな音楽になるように意識していきました。

──具体的には、使う音階を絞ったりするということですか?

瀬尾 そうですね。音階の幅もハッとさせられる要素ではあるので、そういう部分も気を付けますし、和声の響きの流れでプレイヤーの感情を極端に動かさないように配慮しました。通常、ポップスなどではむしろ感情を動かすことを強く意識して作曲しますが、その要素をなるべく排除して、そのうえで音楽として長く聴いていても疲れない、というバランスを大切にしました。

岡部 もともと瀬尾は“いい曲風のもの”を作りたがるタイプなんですよ。ちょっと気を抜いていると「いい曲やろ?」という雰囲気が出てしまいがちと言いますか(笑)。ですが、檻の音楽は「感動を誘うようなものではないほうがいいよね」という共通認識だったので、そのあたりを意識して作っていきました。あと、今回のサントラにはふわーっとしたシンセやいろいろな音が混ざった状態の音源が収録されていますけど、実は檻の音楽はレイヤー分けがされていて、実際のゲームでは「ここはふわーっとした音だけを出して、このあたりからピアノの音を入れてもらおう」など、リアルタイムで変化をつけてもらっています。そのため、それぞれのパーツだけで聴いていただくことも想定しながら制作しました。

左から瀬尾祥太郎、岡部啓一。

左から瀬尾祥太郎、岡部啓一。

文脈を意識したピクチャーブック内の音楽

──「ピクチャーブックの物語内でかかる音楽」についてはいかがでしょう? 例えば今回のサントラの中では「Madoromi - 微睡」や「Sekiryō - 寂寥」などはそういったシーンでかかる楽曲です。

瀬尾 情感をあえて出さないように作った檻の曲とは違って、ピクチャーブックの音楽は物語性を曲でしっかり説明したほうがいいと感じたので、くどくなりすぎないように意識しつつも、より文脈を意識して楽曲を書いていきました。その際に考えていたのは、存在感はあるけれども、単純に「悲しい」といったシンプルな感情に帰結しない音楽にしたい、ということでした。メロディ1つとってもあまり朗々と長々と歌わないで、歌い手がポツッポツッと言葉を漏らしているような雰囲気を大切にしています。

「NieR Re[in]carnation」コンセプトアート

「NieR Re[in]carnation」コンセプトアート

──「檻で流れる音楽」とは、声の使われ方も大きく変わっていますね。

岡部 そうですね。檻の音楽はほとんど歌がなくて、耳元でこそこそ内緒話をするようなものになっていますが、絵本の世界の音楽ではある程度、メロディをちゃんと歌っている曲が多くなっています。このパートは檻よりも主張が強い音楽が合うと思っていたので、それに合わせて声の役割を変えていきました。

瀬尾 「Madoromi - 微睡」も「Sekiryō - 寂寥」も、心が弾むと言うとちょっとニュアンスが違うのですが、闇のどん底に落ちているわけではないような、悲しみの中でのグラデーションがしっかりと出るように、メロディの音価(音の長さ)を変えてみたり、あるときにはディレイで音を飛ばしてみたりと、声自体のアプローチをいろいろ変えていきました。

2023年7月20日更新