ナタリー PowerPush - ナノウ
ボカロPが弾き語りカバーアルバムを作った理由
バンドもやってるって告白するのはめちゃくちゃ怖かった
──その垣根がなくなっていく流れをもう少し詳しく訊きたいのですが。
その大きなきっかけは、僕が投稿していたボカロ曲を気に入ってくれているユーザーの人たちに、「僕はバンドもやってるんですよ、実は」という話をしたことだったと思います。最初はバンドとボカロを切り離して考えていたので、僕がバンドでやっているようなガチなロックというか、シリアスなサウンドは受け入れてもらえないんじゃないかなって勝手に思ってたんですね。だからずっとバンドをやってることは話せずにいたんです。でも、ボカロ曲を本当にたくさんの人たちに聴いてもらえていたので、バンドのほうの音もちょっとでいいから聴いてもらいたいっていう欲が出てきて。で、あるとき勇気を出して話してみたんです。内心はめちゃくちゃ怖かったんですけど、あくまで平静を装って(笑)。
──反応はどうでした?
ほんとに予想外だったんですけど、思いのほか受け入れてくれたんですよね。ボカロ曲で僕のことを知ってくれた人がLyu:Lyuのライブに来てくれたりもして、「ボカロ曲とは全然雰囲気が違うけど、バンドの音もカッコいいです!」っていう意見をたくさんもらえたんです。そのときに「ああ、話して良かったな」ってすごく思いましたね。
──作り方や表現の仕方が違ったとしても、根底に流れている共通した何かをユーザーは感じ取ってくれたんでしょうね。
今だからそう思えるんですけど、結局どんな形態であれ、どんな曲調であれ、自分から出てくるものの根底にあるものは全部一緒なんですよね。だから受け入れてもらえたのかなって。
──ナノウさんの根底に脈々と流れているものってなんなんでしょうね?
僕は高校時代、NIRVANAから始まってRADIOHEAD、THE SMASHING PUMPKINS、邦楽だとSyrup16g、THE BACK HORNなんかが好きでよく聴いていたんですね。で、当時、あまり友達もいず、鬱屈した日々を送っていた僕はそういう音楽にすごく救われた経験がたくさんあるんです。そういうバンドは僕の気持ちを代弁してくれているような気がしていたというか。「よくぞ言ってくれた!」みたいな(笑)。だから今、僕が作っている曲たちも、高校時代の僕のような人たちに向けた内容になってるんじゃないかなって思うんです。基本的に“ぼっち”のための音楽というか。
──なるほど。
それは多分歌うのが自分でも、ボーカロイドでも、曲調がどうであったとしても常に変わらないところだと思うんですよね。自分の一番根っこにあるものだから、無意識のうちにそこだけはちゃんと守って表現してるんだと思います。
最初はボカロPだったけど、もうその枠ではなくなってる
──そこがちゃんと伝わって受け入れてもらえたことで、ナノウさんの中にあったバンドとボカロの垣根がなくなった今はどんな気持ちで音楽に取り組んでいますか?
根底には同じものが流れていたとしても、それぞれバンドとボカロにしかできないものがあると思っていて。バンドはメンバー全員の総意で動いているから、集団でしかできないことこそが醍醐味だと思うんですよ。みんな当然、妥協できないところがあるからぶつかることもあるけど、結果として1人では絶対にできないものが作れるんです。逆にナノウ名義でやるときに関しては、自分1人でしかできないことがやれる。ある意味、全てが自分の思いどおりだし、全ての責任が自分の元にある。それがすごく面白くって。だから今はもうどちらも自分にとってなくてはならない活動になってるんですよね。アウトプットの仕方はそれぞれ違うけど、どちらもやっぱり自分の目指しているものではあるというか。
──そこが明確になったことでナノウとしての活動も幅を広げていますよね。昨年リリースされたアルバム「The Waltz Of Anomalies」ではご自身で歌う曲が収録されるなど、もはやボーカロイドクリエイターとしての枠だけではくくれないというか。
そうですね。最初は純粋にボカロPだったと思うんですけど、今の時点では多分なんかいろいろやってる人?(笑) 恐らくもうボカロPっていう枠ではなくなってる気はしますね。
──自らがボーカルを務めるバンドでの活動がありつつ、ボカロPとしてスタートしたナノウ名義でも歌おうと思った理由は?
それは……ある日、突然ふとやってみたいと思ったから(笑)。バンドでのボーカルスタイルはもう方向性が固まっているんですよ。だからそれにのっとって表現してる感じなんですね。でも、ナノウ名義だとそこから離れて、ものすごく自由に歌えるというか。割とバンドではやっていないような歌い方だったりとか、いろんなトライができるんです。そこもやっぱり楽しいところで。
──2つの活動形態がすごくいいバランスで成り立っているということなんでしょうね。それぞれでの経験がお互いにフィードバックしあったりっていうこともあります?
ありますね。バンドでこだわっていることを、ソロとして一度外から眺めてみると、また新たに気付くことがあったりもするんですよ。で、それをまたバンドに持ち帰ることもできているので、すごくいい感じだと思いますね。
ニューアルバム「UNSUNG」2012年9月5日発売 2000円 / BALLOOM / DGLA-10015
収録曲
(カッコ内はオリジナルアーティスト)
- 3331(ナノウ)
- 遺書(Cocco)
- From Y to Y(ジミーサムP)
- いろは唄(銀サク)
- creep(RADIOHEAD)
- 文学少年の憂鬱(ナノウ)
- 神様はエレキ守銭奴(家の裏でマンボウが死んでるP)
- 月に負け犬(椎名林檎)
- 死にたがり(梨本うい)
- Rape me(NIRVANA)
- コノハの世界事情 (じん(自然の敵P))
- Just the way I'm feeling(FEEDER)
- 「 ねぇ。」(ナノウ)
- 朝焼け、君の唄。(ナノウ)
ナノウ(なのう)
スリーピースロックバンドLyu:Lyuのコヤマヒデカズ(Vo, G)のソロ名義。2008年からニコニコ動画に自作ボーカロイド楽曲を投稿し始め、ボカロPや歌い手としてのネット上での活動が注目を集める。2010年末に発表した自身初のオリジナルアルバム「Fantasm-O-Matic」は発売から2週間足らずで完売。2011年3月にボカロPによるレーベル「BALLOOM」の設立メンバーとなり、2012年9月には自身のフェイバリットソングをカバーするギター弾き語りアルバム「UNSUNG」をリリースする。