「Music & Me ~クリエイターが語る音楽と私~」第5回|アヒルストア店主・齊藤輝彦が語るアナログレコード愛

さまざまなクリエイターに話を聞き、音楽と創作活動の分かちがたい関係を探る企画「Music & Me ~クリエイターが語る音楽と私~supported by Technics」。第5回は、2008年のオープン以来、連日行列ができるほど愛され続けている東京・富ヶ谷のワインバー「アヒルストア」の店主である齊藤輝彦をゲストに招いた。学生時代は録音サークルに所属し、録音芸術に魅せられた齊藤。自宅ではTechnicsのターンテーブル「SL-1200MK3」に、真空管アンプを使って音楽を楽しんでいるという筋金入りのミュージックラバーだ。今回はアヒルストアにて、Technicsのターンテーブル「SL-1200」シリーズの最新モデル「SL-1200MK7」でお気に入りのレコードを聴いてもらいつつ、齊藤の音楽遍歴やワインと音楽の意外な関係性、アナログレコードの魅力について話を聞いた。

取材・文 / 宮内健撮影 / 須田卓馬動画撮影 / Ubird取材協力 / アヒルストア

Technics「SL-1200MK7」

Technics「SL-1200MK7」

世界中のDJがプレイする現場で使われ続ける「SL-1200」シリーズの最新機種。ダイレクトドライブモーターやプラッター、シャーシなどすべてを一新しながら、トーンアームや各種操作スイッチなどの配置は「SL-1200」シリーズのレイアウトをそのまま踏襲し、これまでと変わらない操作性を実現している。ボディはブラックおよびシルバーの2色展開。

状況がもう半歩よくなる音楽を

──齊藤さんは前回の「Music & Me」に登場した建築デザイナー・関祐介さんと親交があるそうですね。

はい。知り合ったのは6、7年くらい前かな。渋谷のビアバー・Mikkeller Tokyoに飲みに行ったときに「こんなにすごい空間を作る人が出てきたのか」と衝撃を受けたんです。というのも僕は昔、店舗設計の仕事をしていたことがあって、辞めてからも飲食店のデザインは気にして見ていたんです。Mikkellerの内装に感動してInstagramに「飲食店のデザインがついにネクストステージに入った!」という内容を投稿したら「それ僕でーす」とコメントを残してくれたのが関さんだった(笑)。

齊藤輝彦

齊藤輝彦

──関さんが手がける空間のどういった部分に衝撃を覚えたのでしょう?

Mikkellerは古いビルをリノベーションしたお店なんですけど、新たに作られた部分ももちろん素晴らしいけれど、残したところに感動したというか。内装って例えば壁が汚れていたら塗り潰したり、足し算の考え方になりがちなんです。だけど関さんは足しも引きもしない。コンクリートに残された墨の跡(編注:建築用語で「墨出し」といい、柱や壁に水平位置や中心となる基準線を書き出す作業のこと)をそのままにしていたりして、その残しポイントがすごく今っぽくてカッコいいと思ったんですね。それは物件そのものが持っているエネルギーみたいなものを、どう店舗デザインに落とし込むかということだと思うんです。デザインって物を作るだけじゃなくて、取捨選択の基準を明確にするという意味合いもある。自分でもわかっていたつもりだったけれど、改めて関さんに教えられた感じがしました。

──アヒルストアは開店から16年目を迎えますが、初めて訪れた人でも落ち着ける雰囲気がとても素敵だなと感じます。店が積み重ねてきた時間や物語に、すっと馴染めるような感覚といいますか。店内の空気感、流れている音楽、お客さんたちの会話、そういうものが自然に調和している。

ありがとうございます。それはお店を始めた頃から意識していましたが、店を長く続けるほど、来てくださるお客さんもこっちのやりたいことをなんとなく理解してくれるようになって。それによって波長の合う人たちがどんどん来てくれている感じがします。店の空気はこちらが多少はコントロールしますけど、7割くらいはお客さんが作るものだと思うので。うちはいいお客さんに来てもらっていると思います。

──お客さんがその店に馴染む1つのきっかけとして、流れている音楽も大きいですよね。

おお、それはすごく意識しています。店ではもちろん好きな音楽を流しているんですが、自分が好きなアーティストの曲をただかければいいということではない。店で起こっているその時々の状況に合わせて、曲を変えていくことはかなり意識的にやっています。

齊藤輝彦

齊藤輝彦

──例えば、どのように音楽を選んでいくのですか?

うちの店は15時オープンなのですが、ありがたいことに開店前から行列ができて、開店と同時に満席になったりすることもある。その状況でアップテンポな曲がかかっていると、お客さんも気が急いてしまうと思うんです。そういうときはあえてゆるいハワイアンをかけて一旦落ち着いてもらって、だんだんテンポを上げたりとコントロールしています。あるいは、直前まで満席だったけれど、ババッとお会計が入って急に空いちゃったときは、ボサノバなんかをかけてみて、少し照明を落としてみたり。曲が持っているトーンとその場にいる人の雰囲気、あとは照明。この3つをいいところに持っていきたいなっていうのは常に意識しています。だから店の照明も、細かく照度を下げたりしています。1回下げると上げられないんですけど、「ここが下げどきだな」というときにじわーっと下げていって、ちょっとテンポを落とした音楽をかけてみたり。さっきまでインストがかかっていたところに、ジョニ・ミッチェルのボーカルをちょっと大きめな音量でかけて、ガラッと空気を変えてみたり。

アヒルストア外観
アヒルストア外観

──ものすごく細かく店内の空気を見ているんですね。

そのときの状況に合う音楽をかけるのではなく、状況がもう半歩よくなるような音楽をかけたいんですよね。店には幅広い年齢層のお客さんが来てくださっていますが、カウンターが20代の女性オンリーになったりすることもある。その中で例えば壁側の席で年配の男性が飲んでいたら、そのお客さんは「来る店を間違えたかな?」と思ってしまうかもしれない。そういうときには流行りの曲ではなくて、おじさんが好きそうな、例えばSly & the Family Stoneを流して不良っぽい空気に持っていったりもします。とはいえ、僕も調理でそれなりに忙しくてDJみたく1曲1曲選曲できないから、アルバム単位くらいのイメージですけど……まあ、なんというか趣味ですよね(笑)。

小学4年生、YMO「サーヴィス」との出会い

──そんな音楽に対するこだわりの強い齊藤さんが、意識的に音楽を聴き始めたのはいつ頃ですか?

うちの親父が音楽好きで家でいつもレコードがかかっているような環境で育ったんです。だから音楽は身近にあったけれど、自発的に音楽を聴くようになったきっかけは小学校の4年生のときだったかな。すごく仲のよかった友達のお兄ちゃんがYMO(Yellow Magic Orchestra)が大好きで、貸レコード屋さんからYMOのレコードを借りてきたんです。それがYMOの“散開”記念アルバム「サーヴィス」でした。

YMO「サーヴィス」のレコードを大切そうに抱える齊藤輝彦。

YMO「サーヴィス」のレコードを大切そうに抱える齊藤輝彦。

──「サーヴィス」は1983年12月にリリースされたアルバムで、YMOの楽曲と三宅裕司率いる劇団・スーパーエキセントリックシアター(SET)のコントが交互に収録されていますね。

そうそう。カセットテープにダビングしてもらって、よく聴いてたんです。だけどポップな曲はそんなに多く入っていないアルバムだから、小学生にはYMOの楽曲のよさはさほど理解できていなくて。とにかくSETのコントが面白かった(笑)。だけど、繰り返し聴いているうちに、「この曲の感じのテンポ、最後の終わり方の間で三宅裕司のひと言が入るのか」「これは曲とコントが入ることでひとつの作品になっているのか」と、子供ながらに理解し始めたんです。そうするうちにYMOってすごくいいなって思ったのが、自分の音楽の目覚めのタイミングかもしれないですね。

──最初にハマったのが純粋な音楽アルバムではなくて、音楽以外の要素も含んだ、総合芸術的な作品だったのも面白いですね。

ああ、確かに。今言われて気付いたんですが、僕はそういうのが好きなのかもしれない。もともとラジオ好きというのもあるけれど、90年代は曲と曲の間にジングル的なものが入ったアルバムとか多かったじゃないですか。1曲1曲を切り取ってどうこうではなく、コンセプトアルバム的なものが好きなのは子供の頃に聴いた「サーヴィス」の影響もあるのかも。

アナログが生む不確定要素の面白さはワインに共通している

──YMOのほかには、どんな音楽を聴いてきましたか?

僕の父親がとにかくヒット曲が大好きで、ラジオ番組をエアチェックして往年のアメリカンポップスばっかり聴いている人だったんです。なので僕も小気味よく3分間で構築されたポップミュージックがベーシックにある。そんな中で、自分が一番影響を受けたミュージシャンを挙げるとしたらThe Beach Boysのブライアン・ウィルソンなんですよ。とくに中期あたりの「Pet Sounds」や「Smiley Smile」といった、録音芸術のような作品にどっぷりハマりまして。大学に進学してからも、いわゆるバンドやろうぜ的なサークルではなく、録音サークルに入ったんです。

齊藤輝彦

齊藤輝彦

──録音サークルなんていうのもあるんですね!

うちの大学にあったのは「サウンドクリエイト研究会」という名前で、部室に置いてある雑誌も「ギター・マガジン」や「Player」ではなくて、「サンレコ(Sound & Recording Magazine)」が創刊号から全部そろってる、みたいなサークルでした。そこでバンドを組むことになるんだけど、ライブをやるより、ひたすら録音ばかりしていましたね。まだハードディスクレコーダーが出るか出ないかの時代に、8トラックのオープンリールデッキでレコーディングしたり。90年代中期、青春時代ですね。

──いいですね。

その後、97年くらいだったと思うんですけど、比較的手頃な値段で買える8トラックのハードディスクレコーダーが出て、便利だからみんな使い始めたんですけど、1年くらい経ってハッと気付くんですよね。オープンリールは不便だけど、音はめっちゃよかったなって。アナログのすごさに気付いたというか、例えばThe Beatlesの時代は4トラしかなかったけど、それはめちゃくちゃ濃密な4トラックなわけじゃないですか。今の時代は無限のトラック数で録れますけど、果たしてそれが本当にいい音なのかというと別の話だと思うんです。テープでアナログダビングを重ねていくと、音が変わっていく。元の生音とは違うものに化学変化している感じがあって、オープンリール自体が楽器になってる。狙ったわけじゃないのに不思議なエフェクトがかかっちゃったみたいな、そういう偶然性もすごく好きでした。音楽のこういう感覚って、意外とワインに通じる感じがします。

齊藤輝彦
齊藤輝彦

齊藤輝彦

──それはコントロールできる部分とコントロールしきれない部分を、いかにおいしさとして落とし込むかという点?

そうです。もちろん意思を持って作っているけど、不確定要素が生む面白さをサーフィンしている感覚なんです。自分の脳内で考えているものと、100%同じにならないことが面白かったりするんですよね。