「ウマ娘 プリティーダービー」のダイワスカーレット役などで知られる声優の木村千咲と、主にアニソン畑で活躍する作曲家のラムシーニによる音楽ユニット・群咲(ムラサキ)。2020年夏に1st配信シングル「非公式ワタシ」でデビューした群咲は声優ならではの巧みな声表現を生かした木村のボーカルと、彼女によって紡ぎ出されるセンシティブな歌詞、ラムシーニによる緻密かつダイナミックなデジタルサウンドが映える楽曲をコンスタントに発表してきた。
そして2022年に入り、群咲は1月31日に1stミニアルバム「明日こそ」をリリースした。2人の個性が合わさって生み出される独自の音楽世界は、最新作の収録曲でもある既発の3曲「非公式ワタシ」「深海に漂う」「透明少女、空を往く。」によってすでに確固たる存在感を主張している。まだまだ謎の多い彼らはいったいどのようにして出会い、何を思って活動しているのか。2人にじっくりと語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 宇佐美亮
けっこうヌルッと始まった
──音楽ナタリー初登場ということで、「群咲とはなんぞや?」が伝わるインタビューにできればと思います。まず、結成の経緯から聞かせてください。
木村千咲 以前、私が声優として担当キャラクターのキャラソンを歌うことになったとき、その作編曲を担当していたのがこのラムシーニという人で。そこが出会いでしたね。それまで作曲家さんというとあまりしゃべらないイメージがあったんですけど、この人は全然違って……。
ラムシーニ 「なんやー! 君があの木村さんかー!」みたいな。
木村 そんな感じやった(笑)。そのときから「曲とか作ることがあったら言ってや」みたいに言ってくれていて。
ラムシーニ で、彼女が事務所を辞めるタイミングで「じゃあ、やりますかねえ?」みたいな感じになって。
木村 けっこうヌルッと始まった感じです。フリーになったことで「念願の音楽活動ができる!」ということで、「一緒にやってくれるんですか?」と話したら「ええで」と。
──木村さんは、もともと歌をやりたかったんですか?
木村 そうなんです。でも事務所に所属しているとなかなか自分で好きな仕事を取ってくることはできないし、おとなしくしてたんですけど。
ラムシーニ おとなしく(笑)。
木村 だから、フリーになっていろんな活動ができるとなったときに「まずは歌をやりたいな」って。でも中学校に入るくらいまでは自分のことを音痴だと思っていたので、歌うのは嫌いでした。母とか従兄弟とか、周りの人がみんな上手だったこともあって「自分は出る側の人じゃないな」とずっと思ってたんです。でも中学時代のあるときにちょっと歌ってみたら「え、意外とうまくね?」って反応が周りからあったんです。そこから歌い始めました。自分の歌を録音してチェックしたりもしながら、歌うことがどんどん好きになっていましたし、それなりに歌えるようになっていきました。
──聴くものとしては、どんな音楽を聴いてきたんでしょうか。
木村 最初に音楽を好きになったきっかけはSound Horizonでした。私の場合は「特にこのアーティストが好き」っていうのがないんですよ。中学の頃に流行っていたニコニコ動画でボカロ曲を聴いたりもしてましたけど、曲単位で好きになることが多かったですね。ただ、高校を卒業してから聴くようになった星野源さんは唯一、好きなアーティストと言えるかもしれません。ライブにも毎年行くくらい好き……だからと言って影響を受けたかと言われると、受けてないと思います。
ラムシーニ そこは「受けてる」って言うところや。
木村 ええー、でも受けてはないと思う(笑)。
──確かに群咲の音楽を聴いて「星野源に影響されてるな」とはまったく感じないですね。
木村 ですよね(笑)。でも初期の星野源さん要素は少しあるかもしれない。今はけっこう違いますけど、昔は歌詞がちょっと卑屈だけどその中にもポジティブさがあるみたいな。
──なるほど。シンガーとしてではなく、ソングライターとしては共鳴する部分があると。
木村 そうですね。そもそも、憧れのシンガーさんが特にいないから。
──ラムシーニさんはどんな音楽を聴いて育ったんですか?
ラムシーニ 僕、J-POPをまったく聴いてこなかったんですよ。自称B型特有の逆張り気質で、「みんながJ-POPを聴くなら、わしゃ絶対聴かんぞ」というタイプだったんで。
木村 あははは。
ラムシーニ ピアノをずっと習ってたんですけど、その関連で親に聴かされていたのがクラシックではなく、なぜかT-SQUAREとかやったんです(笑)。いきなりフュージョンを聴かされて、「J-POPっぽくなくていいな」なんて思って聴いてたら、中学生くらいの頃にラジオで70年代ロックに出会いまして。最初に「めっちゃええ曲あるやん」と思ったのがEmerson, Lake & Palmerの「Tarkus」っていう20分の曲(笑)。それまで聴いたことのない音楽に衝撃を受けて、ほかにもいろいろ70年代の曲を聴くようになって。大学を卒業するまでは「わしは洋楽しか聴かん」とイキり散らかしてましたね。
木村 何かとイキり散らかしたいタイプの人なんですよ。
ラムシーニ なので聴いてきたものは群咲の音楽性とは全然違うんです。いずれは群咲の音楽にも70年代ロックの要素を少しずつ加えていって、皆さんを知らず知らずのうちに70年代ロックの世界へお連れしようかと思ってますけど。
木村 「群咲の影響で70年代ロックにハマりました」みたいな? 絶対ならへんやろ(笑)。
仮想ファンの女の子がいる
──そんなお二人で群咲としての活動を始めたわけですが、サウンド面や歌詞の世界観を含め、かなりコンセプチュアルなユニットですよね。このコンセプトはどのように固めていったんですか?
ラムシーニ まず「自分のやりたいことをただやるだけだと、のちのちブレる」という話をしたんですよ。「5年前に考えてたことと今考えてることは違うやろ? でも、お客さんは5年前に言ったことを覚えてんねん。aikoさんを見てみい」って。
木村 aikoさん、ブレへんもんね。
ラムシーニ ご本人の中では変わっていくものも当然あるはずなんですけどね。そういうところを大切に進めたほうがいいよと最初に伝えました。そのために、僕らはルールを作って今動いているんです。
──ルール?
ラムシーニ 仮想的なファンの女の子を設定して、常に「どういう子が聴きたい音楽なのか?」を意識するようにしてるんですよ。
木村 現実には存在しないんですけど、必ず「その子に伝えたい」という気持ちで曲を作ることにしていて。
ラムシーニ 常に「その子に対して何をどう伝えたいのか」を意識することで、ブレずにいられるんじゃないかと。単にお互いの好き嫌いで進めようとすると、「お前の好きとか知らんがな」って絶対ケンカになるんで。でも、このルールに則ってやることで……。
木村 ケンカではなく、相談になる。
ラムシーニ そう。そういうルールでやってますね。
──それは面白い手法ですね。特定のファン像を設定することによって、ある意味では方向性を意識的に狭めているということですよね。
木村 ですね。そのおかげでブレずにやれていると思います。
──実際、サウンド面ひとつ取ってもかなり限定的にやっていますよね。DTM感の強い音ながら、打ち込み主体ではなくバンドサウンド中心になっています。いろんな選択肢があったと思いますけど、この音に絞ったのはどういう意図で?
ラムシーニ これに関しては、成功体験がありまして。以前、ずっと真夜中でいいのに。の曲を作ったときに「僕、こういうのあんまりやってこなかったけど、意外とイケるやん」と思ったんですよ。この路線だったら僕自身の素養も生かせるし、仮想ファンの子もこういうのが好きだし……まあ、妄想上の子ではあるんですけど(笑)。
──しかも、それが木村さんの歌いたい世界観とも……。
木村 そうなんですよ、マッチして。それで「これが群咲の曲だな」というイメージができあがった感じですね。
──その歌詞の方向性は、どういうふうに決まっていったんでしょう? すごく乱暴にまとめると、全曲を通じてひたすら「他人の目が怖い」と訴え続けていますよね。
木村 そうですね(笑)。私、他人の貼ったレッテルによって行動を制限されるのがすごく嫌なんです。声優をやっていると、当然“声優・木村千咲”というレッテルを貼られるわけです。そのイメージから少しでもはみ出したことをすると、簡単に人が離れていってしまう。それは怖いけど、それでもやりたいことはやりたいじゃないですか。これは私に限らず、例えば普通の中高生でも「みんなとワイワイしていないとハブられるし、嫌でも楽しそうにしなきゃ」みたいに感じている子はいると思うんです。そういう子たちにも届けたいし、自分にとっても大切な曲にしたいという思いで詞を書いていますね。
──なるほど。群咲のコンセプトとしてそういう人格を演じる設定にしたのか、木村さん本人の純粋な自己表現なのか、どっちなんだろうと思っていたんですけど……。
木村 完全に木村千咲の自己表現ですね。誰かが言いたいであろうことではなく、あくまで「私が伝えたい」という気持ちで書いてます。
──声優さんの場合、役者業の一環として音楽活動をするケースも多いと思いますけど、木村さんの場合はそういうものではないんですね。
木村 そうですね。そういう意識はまったくないです。
──そんな歌詞について、ラムシーニさんのほうから要望やダメ出しをすることはあるんですか?
ラムシーニ 唯一、パッと読んだときに「これを言いたいがための歌詞なんやな」と伝わってくるワードが入ってないとダメって言いますね。彼女は職業作家ではないんで、細かくオーダーをして縛りつけると書けなくなるから、基本的には自由なほうがいい。逆に言えば、職業作家さんには書けないものを書いてくれるんで。だから「そのひと言は欲しい」とだけ言ってますね。
──方向性ではなく、必然性についてのみ要求しているんですね。
ラムシーニ そうですね。でも書いてきた歌詞で方向性が「あれ?」と思ったことも一度もなかったんで。
次のページ »
「負け犬の無言劇」はイチから作り直した