結成10周年、Mrs. GREEN APPLEがたどり着いた境地とは?5thフルアルバム「ANTENNA」を音楽ライター4名がレビュー

Mrs. GREEN APPLEが7月5日に5thフルアルバム「ANTENNA」をリリースした。

結成10周年のタイミングでリリースされる本作には、映画「ラーゲリより愛を込めて」の主題歌「Soranji」、映画「ONE PIECE FILM RED」劇中歌「私は最強」のセルフカバー、ABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ「日曜の夜ぐらいは...」の主題歌「ケセラセラ」といったヒット曲に新曲を加えた全13曲を収録。6月に先行配信されたコカ・コーラ「Coke STUDIO」のキャンペーンソング「Magic」は瞬く間に世に広がり、アルバム発売日の7月5日現時点ですでにストリーミング累計1500万回再生を超えている。

音楽ナタリーでは2023年邦楽シーンをにぎわすことになるであろうこのアルバムをクロスレビュー特集でフィーチャー。imdkm、小松香里、柴那典、蜂須賀ちなみという音楽ライター4名の視点から本作を紐解く。

imdkm

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さりげない“驚き”を発信する「ANTENNA」

ギミックに満ちためまぐるしい展開に、切れ味の鋭いダイナミックなシーンの転換、そしてなにより力強くしなやかなボーカル。Mrs. GREEN APPLEの音楽は抜群にキャッチーだけれど、そこにはいつもさりげない驚きがある。「ANTENNA」も例に漏れず、Mrs. GREEN APPLEのシグネチャーとも言える心地よい驚きに満ちたアルバムだ。ベッドルームのトラックメーカーのような細かいトリックから、バンドならではの熱狂、シンフォニックなサウンドを操る壮大さまでをフル稼働したアレンジが隅々まで張り巡らされ、高揚とともにまたたくまにアルバムは過ぎ去ってゆく。一聴するとせわしないようだが、その密度に対してアルバムとして聴き疲れするというわけでもない。それはアルバム後半で軟着陸するように配された「norn」や「BFF」をはじめとしたケルティックなフォーク調の楽曲やシンプルなバラードのおかげでもあるけれど、楽曲がたたえるエレガントな過剰さのおかげでもある。例えばコカ・コーラとのタイアップソングでもある「Magic」の冒頭1分の凝縮された展開や、親密さを感じさせる落ちサビを効果的に使った終盤の盛り上がりはケレン味にあふれているが、アクロバットに済ませることはない。そのバランス感覚が、実は一番の“驚き”なのだろう。

プロフィール

imdkm(イミジクモ)

ティーンエイジャーの頃からダンスミュージックに親しみ、自らビートメイクもたしなんできた経験を生かしつつ、広くポピュラーミュージックについて執筆する。2019年に書籍「リズムから考えるJ-POP史」を発表。

小松香里

“アンテナ”の意味

Mrs. GREEN APPLEのボーカル&ギター・大森元貴はメジャーデビューした18歳の頃から、頻繁に「アンテナ」という言葉を口にしてきた。「自分はずっとアンテナがむき出しだった」と。それを、人一倍思慮深く繊細で、世の中のさまざまなことを敏感にキャッチしてしまうということだと、私は受け止めていた。大森の資質はそのまま楽曲に反映され、だからこそミセスの曲は人間の強さも弱さも絶望も希望も受け止め、多くの人に愛と希望を届ける特別さがあるのだ、と。

Mrs. GREEN APPLE、4年ぶり5作目のオリジナルフルアルバムのタイトルは「ANTENNA」だ。1曲目は表題曲「ANTENNA」。ゴリッとしたギターが特徴的なパワーポップ調のバンドサウンドが非常に新鮮だ。しかし、ミセスならではの世界を鮮やかに刷新するハイパーさもしっかりと宿っている。大森は何の迷いも感じさせない晴れ晴れしい歌声で、「アンテナコントロールして 全てを抱きしめて どこまでも行ける そんな気がしてる」と言い放つ。自身にとって、深い孤独感を抱く象徴でもあった“アンテナ”が、この世界を生き抜く武器となっている。

そして、2曲目の極彩色のアンサンブルが重層的に鳴る「Magic」で、「いいよ もっと自由でいいよ」と伸びやかに歌われたときのえも言われぬ全能感。さらに、その次は「ONE PIECE FILM RED」の劇中歌として提供した、その名も「私は最強」なのだ。

結成から10年。愛と希望をあきらめずに、この2023年をどう大事に生きることができるのか──。アンテナは全開に、だがコントロールすることで、全方位に向けて一番大切なことを促す最強のアルバムが生まれた。

プロフィール

小松香里(コマツカオリ)

フリーランスの編集者 / ライター。音楽・映画・アートを中心に幅広い記事に携わっている。

柴那典

柴那典

全能感と距離の近さ

Mrs. GREEN APPLEの肝は“親密さ”にあると思っている。

ベタベタと湿っぽいわけではない。わかりやすい共感を誘う言葉がつづられているわけでもない。でも、心の柔らかい部分に入り込んで寄り添うような優しいトーンがある。カラフルできらびやかなパブリックイメージの一方で、気付いたら隣にいるような距離の近さがある。アルバム「ANTENNA」を聴いてまず印象に残ったのはそういう両面性のダイナミクスだった。

キーになっているのはコカ・コーラ「Coke STUDIO」キャンペーンソングの「Magic」だろう。活動休止を経た“フェーズ2”からバンドという形式にこだわらず多彩な音楽性を追求している彼らは、エレクトロなビートとアコースティックな音色を組み合わせて、スタジアムクラスのスケール感を持つポップソングを生み出している。聴きどころは「いいよ もっともっと良いように いいよ もっと自由で良いよ」というフックのフレーズ。CMで流れる部分も含め曲のほとんどはオーディエンスの大合唱が目に浮かぶような壮大なアレンジになっているのだが、後半でフッとそれが静かになり、シンセボイスを駆使したアカペラになる。ここの距離感が余韻に残る。

収録曲の中にも、そういう両面性がある。おそらく、多くの人が思う“ミセスらしさ”としては、大森元貴の溌剌としたハイトーンボイスの歌声、駆け上がるメロディ、全能感に満ちた曲調といったものが挙げられるだろう。例えば映画「ONE PIECE FILM RED」に提供したAdo「私は最強」のセルフカバーはまさにそういうテイストだ。アルバムの表題曲「ANTENNA」にも80'sアメリカンハードロックに通じる突き抜けた開放感とパワフルさが宿っている。

が、その一方でアルバムにおいては、「Blizzard」や「Loneliness」のような1人で抱え込むエモーションをつづった内向的な楽曲も大事な役割を担っている。終盤に置かれた「BFF」と「Feeling」は、それぞれ聴き手のパーソナルスペースに寄り添うような響きを持った曲だ。

ポップソングは“みんな”のものだけれど、それは同時に“ひとり”のためのものでもある。それぞれのあり方に誠実であるということがMrs. GREEN APPLEの魅力なのかもしれないと思ったりする。

プロフィール

柴那典(シバトモノリ)

株式会社ロッキング・オンを経て、2004年に独立。音楽ジャーナリストとして活動し、「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」「ヒットの崩壊」「渋谷音楽図鑑」といった書籍を発表している。

蜂須賀ちなみ

蜂須賀ちなみ

10年後の未来から大丈夫って聞こえる

アイデアに満ちた13曲。素直な気持ちで音楽を楽しむ3人の姿が楽曲越しに見えたのがうれしく、かなり自由に発想しているのが頼もしく感じられた。思い描いたイメージにフィットするデザインを選択した結果からか、ミセス初の全編スウェーデン語詞曲も誕生。水彩も油彩もペン画もデジタルもごっちゃになった、天才画家の前衛的作品にも既成概念が構築される以前の子供の筆使いにも見えるアートワークが、アルバムの作品性を象徴している。

これまでMrs. GREEN APPLEは、その時点でのバンドの課題をフルアルバムのタイトルとして掲げてきた。対して、今作は「ANTENNA」というタイトルの通り、自分たちの感性のアンテナに従って作られたアルバムではないだろうか。「どこまでも行ける そんな気がしてる」と歌う表題曲によるオープニングにまずそう思った。そういえば、アルバムから今年4月に先行配信された「ケセラセラ」を初めて聴いたときにも新鮮味を覚えたことを思い出す。スペイン語で「なるようになるさ」。大森元貴をブレインとし、将来到達すべき地点への道筋をストイックに描くことで成功を収めてきたこれまでの彼らの辞書には存在しなかったであろう言葉だ。

現在のバンドのモードの背景にあるのは、やはりフェーズ2始動以降の日々だろう。自分たちが望まないタイミングで突然悲しみに見舞われることがあると知った。それでもバンドを続ける決断をし、リスナーと再会したことで新たな喜びを知った。そういった経験が「何があっても僕らなら大丈夫」と言えるほどバンドをたくましくさせた。

一寸先は闇と言える日々にむしろ希望を見出していく強さや勇敢さが、音からも歌詞からも感じられるアルバムだ。同時にそこに内包されている強がり、諦観、寂しさも表現されていることは強調しておきたい。愛を信じていたいと歌いつつ、「とはいえ、いつも信じられるわけじゃないよね」と膝を抱える姿は、朝と夜が交互にやってくる世界で生きる私たちと同じだ。

つまりここにあるのはMrs. GREEN APPLEという人生。バンドの活動を初期から追っていた立場からすると、今の視点から若かった頃を振り返り、語りかけるような「橙」以降の展開は特に感動的だった。初期曲を彷彿とさせる曲調に乗せて、かつて自分が願いとして歌った言葉を力強く肯定し、悲観的になるなと鼓舞する「Doodle」には結成10周年の厚みを感じるし、「BFF」と題されたバラードが歌とギターとピアノのみで完結している意味も考えずにはいられない。

そして「ただfeelingに 任せてしまえばいいよ 尖って鈍って忙しいこのワンダーランド」と歌う「Feeling」によるエンディングはかつてなく軽やかだ。ライブではさらにアレンジを効かせてくれそうだと想像できるほど余白の残されたアンサンブルが、今の彼らによく似合っている。

プロフィール

蜂須賀ちなみ(ハチスカチナミ)

2013年、20歳のときに「音楽と人」でインタビュー記事を執筆。2014年にフリーランスライターとして本格的に活動を始め、以降音楽媒体やアーティスト公式コンテンツで記事を執筆している。

ライブ情報

Mrs. GREEN APPLE ARENA TOUR 2023 "NOAH no HAKOBUNE"

  • 2023年7月8日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
  • 2023年7月9日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
  • 2023年7月15日(土)大阪府 大阪城ホール
  • 2023年7月16日(日)大阪府 大阪城ホール
  • 2023年8月3日(木)愛知県 Aichi Sky Expo
  • 2023年8月4日(金)愛知県 Aichi Sky Expo

Mrs. GREEN APPLE DOME LIVE 2023 "Atlantis"

  • 2023年8月12日(土)埼玉県 ベルーナドーム
  • 2023年8月13日(日)埼玉県 ベルーナドーム

プロフィール

Mrs. GREEN APPLE(ミセスグリーンアップル)

2013年結成。2015年EMI Recordsからミニアルバム「Variety」でメジャーデビュー。以来、毎年1枚のオリジナルアルバムリリースと着実なライブ活動を重ね、2019年12月から行われた初の全国アリーナツアー「エデンの園」では8万人動員の東名阪公演が即日ソールドアウト。メジャーデビュー5周年となる2020年7月8日に初のベストアルバム「5」をリリースした。同時に「フェーズ1完結」を宣言し、突如活動休止を発表。約1年8カ月の活動休止期間を経て現在のメンバー編成となり、2022年3月に「フェーズ2開幕」を宣言して活動を再開。同年7月にミニアルバム「Unity」をリリースするとともに、復活ライブ「Utopia」を開催した。11月には映画「ラーゲリより愛を込めて」の主題歌「Soranji」を10作目のシングルとしてリリースする。結成10周年の2023年は、7月に5thフルアルバム「ANTENNA」を発表し、バンド史上最大規模のアリーナツアーを開催。8月に初のドームライブを埼玉・ベルーナドームで2日間にわたって行う。主要ストリーミングサービスにおいて「Soranji」「ダンスホール」「インフェルノ」「ロマンチシズム」「僕のこと」「青と夏」「点描の唄 feat. 井上苑子」「春愁」「WanteD! WanteD!」「StaRt」の10曲が総再生数1億回を突破するなど、リリースした楽曲の総再生数は47億回を越えている(再生回数は2023年5月31日時点)。