もさを。「こいのうた」全曲レビュー、1stアルバムで表現された“大切な人との日常”

もさを。の1stアルバム「こいのうた」がリリースされた。

「こいのうた」は、もさを。初のCD作品。ストリーミングサービスで累計1億4000万回再生を突破した「ぎゅっと。」をはじめ、東京海上日動あんしん生命保険のCMソング「1分1秒」、ABEMAのオリジナル恋愛番組「恋する♥週末ホームステイ 2022秋 ~Honey Soda Story~」の挿入歌「サイダー」など15曲が収められている。CDにはさらに、もさを。が初めて制作したオリジナル曲「ワスレモノ」をボーナストラックとして収録。現時点でのもさを。のディスコグラフィをほぼ網羅した作品となっている。

音楽ナタリーでは待望のアルバム「こいのうた」の全収録曲をレビュー。多彩な楽曲を通じてもさを。の原点から現在に至るまでの軌跡をたどる。

文 / 蜂須賀ちなみ

2020年2月にTikTokを始め、3月に「ぎゅっと。」の音源をアップしたもさを。。この曲をきっかけにもさを。の名がTikTokユーザーの間で話題を集め、7月に「ぎゅっと。」が配信リリースされると、ストリーミング配信サービスでの累計再生数が1億4000万回を突破するヒットを記録した。

女性目線のラブソングを得意とするもさを。が歌詞で扱っているテーマは現在に至るまで一貫している。それは、大事な人と育む日常を大切にしたいという気持ち。もさを。のディスコグラフィにおいて、幸せがあふれ出すようなハートフルな楽曲は“好きな人との日常”を謳歌する2人の歌であり、失恋ソングはそういった日常を失ってしまった(手に入れることすら叶わなかった)人の歌である。「ぎゅっと。」の「特別はたまにでいいよ 何気ない日常が私にとって大切で」というフレーズは特に象徴的だ。

もさを。の曲はZ世代を中心に共感を呼んでいる。Z世代は未体験よりも追体験を求めると言われるが、日々大量の情報を摂取し、SNSで24時間友達とつながり、東日本大震災やコロナ禍などに直面し、今まで培ってきたものが突然理不尽な理由で脅かされる恐怖も知り……という時代に生まれた彼らは、心がざわつく波乱万丈な恋愛ではなく、穏やかで素朴な恋愛に憧れる傾向にあるのかもしれない。だからこそ、「多くは求めないから、あなたがただ側にいてくれたらうれしい」という願いが込められた女性目線の歌詞、恋愛の美しいところだけをあえて抽出したような表現、そしてもさを。の落ち着いた歌声や速すぎないテンポが若い世代から支持されているのではないだろうか。

この記事では、“みんなの生活に寄り添える音楽”を理想とするもさを。の記念すべき1stアルバムを収録曲順にレビューする。

01. ぎゅっと。

「あなたの大きな身体でぎゅっと。 抱き寄せて離さないで」というサビの歌詞が印象的なラブソング。精神的に弱っているときにも隣にいてくれる恋人への感謝が歌われている。先述の通り、「ぎゅっと。」が初めて世に出たのは2020年3月で、コロナ禍による最初のステイホーム期間の真っ只中。会いたい人になかなか会えない状況の中、この曲で歌われるピュアな恋心が多くの人の心を動かした。ウーリッツァーやオルガン、アコースティックギターによって奏でられるイントロが温かく、もさを。の歌声にも温もりがある。まるですぐそばで歌ってくれているような親密さを感じる楽曲だ。タイトルや歌詞にある「ぎゅっと。」は身も心も包み込んでくれる“あなた”の包容力を表現した言葉であり、ハグのイメージが浮かぶが、終盤に登場する「2人で乗り越えていこうね 全部全部ぎゅっと。」というフレーズからは手を握り合って協力する2人の姿を想像することもできるだろう。また、転調を経た最後のサビでは、「今日はあたしがぎゅっと。させてね」と1人称が能動的なアクションを起こすことで物語が展開し、さらに「素直になれないワガママな私」が「これからもずっと大好きだよ」とストレートに伝えるクライマックスに至る。全体として、シンプルながら工夫を感じられる構成だ。

02. ハレルヤ

ドラマ「ぴーすおぶけーき」の主題歌。うまくいかないことがあり、落ち込む人に「誰かと比べなくていい あなたのままでいてほしい」と伝えつつ、「雲ひとつない澄み切った 笑顔ちゃんと知ってるから」と投げかけるメッセージソングだ。タイトルの「ハレルヤ」は「晴れるや」とのダブルミーニングだろう。「今日も空回りで」といった言葉選びからは遊び心が感じられる。笑顔の状態が晴れならば、「予報が外れた天気なら 傘にも光にもなるよ」は、つまり「落ち込んでいるときは無理して笑わなくてもいいし、笑いたいのであればいつでも力になるよ」といった意味だと考えられ、こういったフレーズから浮かび上がるのはどこまでも相手に寄り添おうとする1人称の視点だ。「ぎゅっと。」に出てくる“あなた”然り、そういった人物像が頻出するのは、もさを。自身の「みんなに寄り添える音楽を」という気持ちの表れかもしれない(実際、彼はSNSでそのような趣旨の発言をよくしている)。

03. 恋色

恋を自覚した瞬間の気持ちを歌った曲。好きな人ができた途端、「世界がカラフルに塗り替わってく」ような感覚を味わったことのある人は少なくないだろう。そう歌ったあと、Bメロに入る際に転調して変化をつけることで、まさに世界が色付いたように演出している。サビの「好きよ 今あなたに想い届け」にはかなり大胆な姿勢が表れているが、直後にある疑問形のフレーズ「ねえ 気付いてくれませんか?」は受け身だというギャップも大きなポイント。「本当は素直になりたいのに素直になれない」「あなたに好きだって伝えたいけど、やっぱり恥ずかしいから気付かれたくない」といった具合に、時に矛盾を孕む恋心の繊細さが忠実に表現されている。

04. 桜恋

リスナーから募った恋愛エピソードや写真、動画などをもとに曲を制作するというLINE MUSICとのコラボ企画から生まれたバラード。もさを。いわく、集まった中でもっとも多かったのが叶わない恋のエピソードだったとのことで、舞い落ちる桜の花びらを涙に見立てた失恋ソングが誕生した。教室での日常的なやりとりが目に浮かぶ1番Aメロの切ない歌詞で曲が始まり、「さようなら 恋した私」という宣言やそれでも気持ちが消えない様子の描写を経て、「想い出預けて 明日へ歩いてく」と“私”がこの恋からも卒業し、前へ進もうと決意するまでを丁寧に描いている。

05. 好きが溢れていたの

「好きが溢れていたの」というタイトルから恋の喜びを表現した明るい曲を想像してしまいそうになるが、このフレーズは歌詞に登場するとき「私だけ好きが溢れていたの」という形になっている。相手の心は離れてしまったし、きっともう戻らないだろうとわかっていながらも、まだ思いを捨てきれずにいる女性目線の失恋ソングだ。水面に雫が落ちたような音で始まり、波紋のように静かに広がるサウンドが澄んだ空気を作り出している。「こんなにも涙が止まらないのなら 愛なんかいらない うんざりなの」と歌詞は光が見えないまま終わるが、希望の兆しが感じられるのは、もさを。の穏やかな歌声によるところが大きいだろう。

06. 1分1秒

「♪ラララ」という歌声とキーボードのメロディがチャーミングなこの曲は、東京海上日動あんしん生命保険のテレビCMソングとして書き下ろされた新曲。CMのテーマでもある「不安をもっと大きな安心で包み込むことができたら」というメッセージが込められていて、「1人じゃないよ そばにいるから 1分1秒 あなたが大事」というシンプルかつ大きな愛を感じさせるフレーズがサビで歌われている。そこに確かな保証がなくとも、信頼できる人の言葉によって不安が取り除かれることは往々にしてあるだろう。恋人はもちろん、家族や友達同士など、さまざまな形のかけがえのない関係について歌った曲だ。

07. きらきら

好きな人の笑顔を宝石に例えた片思いソング。1番Aメロの歌詞からは始まりたての恋に高揚している“あたし”の様子が伝わってくるし、浮つく自身を「止められない あたしバカね」と自嘲しつつも、恋を楽しんでいる姿が見え隠れしている。もさを。の曲はアコースティックギターを中心に組み立てられているものが多いが、この曲はエレキギター、エレキベース、ドラム、キーボードを取り入れたバンドアレンジになっていて、疾走感のあるサウンドで恋の始まりが表現されている。

08. ラクガキ

バンジョーを取り入れた軽やかなサウンドによるカントリーナンバー。学生時代に書いた未来図=「夢のラクガキ」が歌詞のモチーフで、たくさんの夢を描き続けたあの頃の瑞々しさを歌った1番と、夢が叶わなくても「幸せに気がついたのなら ほら丸をつけてみよう」と歌った2番のコントラストが印象的。時の流れとともに“ボク”が成長したことも読み取れる。「見返したくなる日々」がテーマのこの曲は、もさを。には珍しく恋愛ソングではないが、「探してみようそばにある ほら小さな幸せを」という歌詞からは、ほかの曲と同様に“大切な人との日常を大切にしたい”という思いがあふれている。