森七菜|歌手デビューから1年半、「深海」でAyaseに託した思い

森七菜の新曲「深海」が配信リリースされた。

昨年1月に自身も出演する岩井俊二監督の映画「ラストレター」の主題歌「カエルノウタ」で歌手デビューした森七菜。同年7月に配信リリースされたホフディラン「スマイル」のカバーが大ヒットし、彼女のピュアな歌声は世間に広く知れ渡った。

「スマイル」以来約1年ぶりにリリースされる「深海」は、森七菜がファンだというYOASOBIのコンポーザーとしても活動するAyaseが提供した楽曲。メランコリックな曲調で、明るく朗らかなメディアでのイメージとは異なる一面が表現されている。Ayaseとの密なやりとりを経て完成したというこの曲には、彼女のどんな思いが込められているのか。音楽ナタリーでは音楽についてあまり話す機会がなかったという森七菜にインタビューし、「深海」の制作秘話や自身の歌手活動に対する率直な思いを聞いた。

取材 / 臼杵成晃文 / 寺島咲菜撮影 / 星野耕作

親戚の女の子がカラオケしてるように

──森さんのデビューシングル「カエルノウタ」を聴いたとき、表題曲はもちろんカップリングに収められていた「あなたに会えてよかった」(オリジナル:小泉今日子)、「返事はいらない」(オリジナル:荒井由実)のカバーも素晴らしくて「シンガーとしてのポテンシャルがすごい!」と思っていたんです。女優が本業とはいえ、森さんにはもっと音楽をやっていただきたいなと。

ありがとうございます(笑)。「カエルノウタ」で歌手として活動を始めたときは、純粋に楽しくて。「もっと歌えたらいいな」と思いながらも、「きっとこれが最後だろうな」と心のどこかで感じていました。なので、「スマイル」のリリースや、今回Ayaseさんとご一緒できると聞いたときは、本当にびっくりしましたね。そもそも小さい頃は将来、音楽に携わるなんて夢にも思っていなくて。むしろ歌手という職業は自分にとって一番縁遠いものだと感じていましたから。

──映画「ラストレター」の主題歌を担当することが決まったときは、「スクリーンで最後に自分の歌が流れるのは、楽しみですが、すごく誇らしげな気持ちになるか、穴に入りたくなるか、どちらかだと思います(笑)」とコメントされていました(参照:森七菜、岩井俊二「ラストレター」主題歌で歌手デビュー「本当に私で合っているの?」)。実際に映画の中で自分の歌声が流れてきたときはどう思いましたか?

最初は客観的には聴けなかったですね。当時は「こう歌えばよかったな。もうちょっと歌が上手だったらな」と悔しい気持ちもあったんですが、今では岩井俊二監督(作詞担当)や、小林武史さん(作曲担当)に、あの頃の私にしか出せない声を引き出してもらえたんだなと、なんだか誇らしいです。

──初々しさと、うら寂しさのある歌声がいいんですよね。岩井さんや小林さんもきっとそこを魅力に感じて主題歌のシンガーに抜擢したはずです。

いやいや……「賛否両論のある歌声だね」とよく言われるので、お金を払って聴いてもらうに値する歌声なのかなという不安がありました。

──「スマイル」の大ヒットを機に多くの音楽番組に出演されて、実際に人前で歌ってみていかがでした?

異様な緊張感がありました。初めてお会いする方もたくさんいる中で歌う……あのコミュニティはなんと言ったらいいんですかね? たった1人でステージを完結させなきゃいけないプレッシャーが押し寄せてきて、初めての歌番組では歌唱前から泣いてました(笑)。その後、歌わせてもらう機会をたくさんいただいて、「もしかしたら私の歌で何か伝えられることがあるかも?」と思い始めて。だんだん歌うことが楽しくなっていきましたね。

森七菜

──歌いながら意識していることは?

「そんな心構えではダメだぞ」と言われるかもしれないですけど……「スマイル」のときは親戚の女の子がカラオケしてるように歌いました。視聴者の皆さんに自然と笑顔になってほしいなと思って。

Ayaseに伝えた自分の思い

──「カエルノウタ」に続く2曲目のオリジナルナンバー「深海」はYOASOBIのコンポーザーとしても活躍しているAyaseさんが楽曲提供されていますが、これは森さんご自身が希望したんですか?

もともとYOASOBIさんがすごく好きで、ご一緒したいなと思っていたんです。Ayaseさんの生み出す歌詞やメロディが魅力的なので、今回歌う曲は「Ayaseさんが作るならなんでもいい」と思っていたんですけど、あまりにも人任せだなって(笑)。丸投げにならないよう、私が今考えていることをAyaseさんにお伝えして、それをもとに作っていただきました。

──「森七菜が初めて自分の気持ちを歌った曲」という事前情報をもらったうえで聴いてみたら、僕が森さんに対してバラエティ番組などを通して朗らかなイメージを持っていたせいか、「意外と暗いな」と感じました。

そうですよね(笑)。

森七菜

──「スマイル」が広く知られた分、そのギャップは大きいんじゃないかと。

私の思いが詰まった曲ではあるんですけど、自分が歌うための曲というより、聴いてくれる皆さんがこの曲を通じて誰かと思いを共有できたらなと、そういう願いも込めています。1人ひとりが持っている、人を恋しく思う気持ち……そういう感情をうまく伝えられないもどかしさを、Ayaseさんがうまく落とし込んでくださって、さすがだなと思いました。「誰かに傷つけられてないかな」とか、「大きな社会の波に飲み込まれてないかな」とか、離れて暮らす大切な人を案じて、電話やメールをしても、本質的には相手の思いに寄り添えない気がして。そういうやるせなさと言いますか。誰もが経験したことのある無力感が美しく綴られているなと感じました。

──タイトルの「深海」はAyaseさんの発案?

はい。私が楽曲をお願いするうえで今の気持ちをお伝えしたとき、Ayaseさんから「深海(仮)」というタイトルがきて。「おー!」と興奮しました。私としてはすごくしっくりきましたし、思いを形にしてくださったんだなと感動しましたね。