弱いことを認めながら強くなる
──アップテンポな曲が多い中、10曲目の「水彩メモリー」は切ないスローバラードに仕上がっていて、アルバムの中でより際立っているように感じました。
今回、私が普段の生活の中で聴いていたいと思う曲を選ばせていただいたのですが、「水彩メモリー」は初めて聴いたときにとても情感あふれる曲だなと感じました。私はすがすがしく温かい気持ちになって涙が出てくる曲が好きで、「水彩メモリー」も誰かを妬むような失恋や別れの歌じゃなくて、出会いに意味があったことを感じられる曲だと思います。水彩のように淡くて消えちゃいそうな思い出の中を漂っていたいという気持ちが描かれていて、誰かに届けと願うのではなく、空を見上げているときに「会いたいな 会いたいよ」という声がぽそりと出てしまうようなイメージです。9曲目の「TRUST IN ETERNITY」は熱い思いを歌った曲になっている一方、「水彩メモリー」はその思いが届かなくていいということを歌っていて、コントラストと緩急がある流れになったと思います。
──デビュー時に比べ、そういったさまざまな感情を歌で表現できるようになったのかもしれませんね。今回、レコーディングで苦労した曲はありますか?
中野領太さんが書いてくださった「今を僕らしく生きてくために」「brave climber」の2曲はどちらもすごく難しかったです。中野さんには前に「MELODY FLAG」という曲を書いていただいたんですが、毎回音域の上がり下がりが激しいジェットコースターのような構成で。「今を僕らしく生きてくために」は「行けないよ 行けないよ」、「brave climber」は「僕は今日も登り続けるよ この両手で」の部分で音が上がって、どちらも汗だくになりながらレコーディングしました。その分、より感情を込めることができましたし、テイクを重ねるほどいいものが録れることを実感できて、粘り強さを見せられたと思います。「TRUST IN ETERNITY」もレコーディングに時間がかかった曲なので、「brave climber」から「TRUST IN ETERNITY」の流れは聴いていて心の中で涙が出ますね(笑)。
──時間をかけた分、いいものになったと。中には挫折や葛藤を表現している歌詞もありますが、歌によって結果としてポジティブな響きになっていますね。
くじけても最終的にはあきらめないことをどの曲でも歌っています。弱さを認めながらも強くなろうとする思いが、自分の感情とリンクしますね。
新しい章が始まったような思い
──アルバムの中で、水瀬さんからオーダーした曲はあるんですか?
今回、kzさんと藤永(龍太郎)さんには新規での書き下ろしをお願いしました。これまでも藤永さんにはアルバムやシングルでお世話になり、新しい自分を表現するのに力を貸していただいていて。藤永さんの曲はがっつりギターが入っているロックナンバーが多いんですけど、今回はエレクトロニックなロックに挑戦したいと思い、打ち込みの電子音を混ぜた「約束のアステリズム」を書いていただきました。
──kzさんにはどういった経緯で?
kzさんは、私がソロで歌手活動を始める前にセブンスシスターズ(iOS / Android用ゲームアプリ「Tokyo 7th シスターズ」に登場するアイドルユニット)の楽曲で携わっていただいたことがあって、そのときの曲にとても魅了されたんです。私の楽曲とはタイプの違うキャラクターソングだったのですが、自分らしい音楽はバンドサウンドにあると考えていたので、楽器をあまり使わないkzさんの曲は私自身には合わないのかなと思い、一緒にお仕事をしたいという気持ちは胸に秘めていました。ですが、2ndアルバムで「アルペジオ」という四つ打ちの曲に挑戦したとき、自分に合う合わない関係なく歌っていて新鮮で楽しかったので、今回お願いすることにしました。キャラクターソングではない、「Future Seeker」という水瀬いのりの曲を書いていただけたのがうれしかったです。1st、2ndアルバムを経た今だからこそ、この曲をアルバムに入れることができたんだと思います。
──かねてからの願いが叶ったわけですね。そういった楽曲もありつつ、全12曲入りの3rdアルバムが完成した今の思いを改めて聞かせてください。
1stアルバムのときは目の前のことを越えていくことに必死で、完成したあとはもぬけの殻になってたんですが、曲と向き合う時間や自分が関わる密度も増えてきたことで、1曲1曲に対する思いが色濃く出たアルバムになったと思います。以前はトラックダウンに立ち会わせていただいても自分の歌ばっかり気になってしまったんですけど、今回はレコーディングのときから楽器の音に身を預けながら歌うことができたので、新しい章が始まったような、違う扉を開けられたのかなという思いです。
みんなどこに潜んでるんだろう
──6月には「Catch the Rainbow!」を携え、日本武道館2DAYS公演を含むライブツアーを開催されますが、ぜひ意気込みを聞かせてください。
去年のツアーは自分の思いがわからないまま挑戦していたところがあったんですけど、それを踏まえて自分がどういうステージで何を伝えたいか、このアルバムを作ったことでより明確になりました。ステージ構成などまだまだ形になってないですが、毎公演違う顔を見せられたらいいなと思います。
──日本武道館で単独公演を行うことに対してはどういう心境ですか? 単独ではないライブイベントでステージに立った経験はあると思いますが。
武道館でライブをやらせていただくことの重みはわかっているんですけど、なんだか現実感がなくて。武道館に自分のファンの方だけがいることが想像できないですし、そもそもそんなにファンがいるのかなと思ってしまいます。街で声をかけられることも全然ないので、みんなどこに潜んでるんだろうって(笑)。それに関係者の方や友人から「武道館でライブやるなんてすごいね」と言われるんですけど、ライブを成功させて初めてすごいと言えるので、お祭りモードで浮足立ってしまわないようにしたいです。武道館に意識を向けすぎてほかの公演を疎かにしてはいけないですし、各公演が武道館に向けた道になるようなツアーにできたらと思っています。
──大勢のファンがいる実感がないみたいですが、まったく埋まる見込みがなかったら武道館を2日間も押さえないと思いますよ(笑)。
わからないですよ。謎の強気かもしれないですし(笑)。
──活動の規模や速度に、感覚が追い付いていないのでしょうか。
自分が思っている以上の速さで水瀬いのりがすごい存在になっていて。私自身も「水瀬いのりってすごいんだな」と気持ちが分離しちゃうときがあって、感覚を追い付かせるのに必死です。いつまでも親しみやすさを持っていたいので、ファンの方も身構えず、変わらずアットホームに接していただけたらうれしいです。武道館はファンの皆さんとつかんだ場所ですし、自分も武道館に2日間立つんだという気持ちで来ていただけたら同じ緊張感で楽しんでもらえると思います。
──水瀬さんが現在抱えている課題を挙げるとしたらなんですか?
いっぱいあるんですけど、なんでしょうね……細かいことを挙げたらきりがなくて、歌詞を早く覚えることとか、ステージ上で階段を降りるときに下ばっかり見ないようにするとか、裏拍子でタオルを振り回さないとか。そういったいろんな成長をファンの皆さんに見守っていただけるのもうれしいですが、優しい雰囲気に飲まれすぎず自分にスパルタでいることが今の課題かもしれません。甘えてしまう弱い自分を断ち切って、常に強い気持ちを持てたらいいなと思いつつ、急激にそれをやるとテンパってしまうので小さなことから始めたいですね。あと、「Catch the Rainbow!」に「さぁ! 目を合わせて 一緒に歌おう」という歌詞があるように、ライブではどの席にいても一体感を感じられるステージを見せたいです。
ツアー情報
- 水瀬いのり「animelo mix presents Inori Minase LIVE TOUR 2019 Catch the Rainbow!」
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- 2019年6月16日(日)大阪府 グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)メインホール
- 2019年6月23日(日)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
- 2019年6月28日(金)東京都 日本武道館
- 2019年6月29日(土)東京都 日本武道館