多次元制御機構よだかインタビュー|“希望と空虚”を抱え、田淵智也サウンドプロデュースでメジャーへ発進 (2/2)

田淵智也のプロデュース術「それは本当に、よだかかい?」

──田淵さんがよだかにサポートやプロデュースで参加するに至ったのはどのような経緯があったんですか?

2023年に横浜でDIALOGUE+のリリースツアーファイナルがあって、その打ち上げで田淵さんと飲んだときに「よだか、めっちゃいいよね」と言ってくれて。上京することだけ決まっていたタイミングだったんですけど、田淵さんに「サポートメンバーは誰か決まってんの?」と聞かれたので「誰も決まってないです」と答えたら「じゃあ、俺に弾かせてよ!」と言ってくれて「マジすか!?」って。そこからです。田淵さんは「曲が好きだから弾きたいだけだ」と常々おっしゃってますが、よくよく考えれば全部が驚きというか。ヤバい話ですよね。

──サウンドプロデュースも、そうした流れで任せることになったんですか?

ああ……「プロデュース」という文字面だと、なんとなく田淵さんが「こうしてみたら?」と僕に提案している光景を思い浮かべるかもしれませんけど、どっちかと言うと「それでいいんか?」と言ってくれるタイプなんです。「それは本当に、よだかかい?」みたいな、そんな話をすることが多いです。今回のEPもそんな感じで作りましたね。

──このたびリリースされる2nd EP「ODYSSEY」で、田淵さんから「それでいいのかい?」と問われたことで特に印象に残っている部分はありますか?

1曲目「オデッセイ」の歌詞は、最初はもっと意図的に“J-POPをやっていた”んですよね。「メジャーデビューするぜ!」って気持ちが前面に出たものだった。でも田淵さんに「よだかは、そういうことではないんじゃない?」と言われて「確かにな」と。それまでよだかで曲を書くとき、僕には「希望やポジティビティを持つことは大事だけど、同時にそれはとても空虚なことなんだ」という感覚があった。田淵さんが「よだかのもともとのよさを生かそうよ」という方向に舵を切ってくれたのは、印象に残っています。

──「よだからしさ」を出そうとしたときに必要だったのは、希望だけでなく空虚さだったということですか?

そのバランスを取ることが、自分が言葉を選ぶときの責任のような気がして。美意識なのかフェチなのかわからないですけど、使っていい言葉と使わないほうがいい言葉の選択をそのときどきでしているんです。「ここは空虚でもポジティブでいい」とか、そういうことをその都度判断している。その「よだか的なバランス」というべきものに、田淵さんと一緒にジリジリとにじり寄っていった気がします。

──結果的に、「オデッセイ」は林さんにとってどんな曲になりましたか?

音楽的には、もしも自分が14歳の少年で多次元制御機構よだかのファンだったとして「メジャーデビューの1発目に何を聴きたい?」と問われたときにどう答えるか?という部分を大事にしました。恐れずによだかの王道をやることですね。あと、今までの多次元制御機構よだかの曲は過去を題材にしたものが多かったんです。狙ったわけではないですけど、ノスタルジックさがよだかの持ち味だった。でも「曲名」という曲を書いたことで、過去の清算はひと通り終わった感じがしました。なので「オデッセイ」はわりと未来を見ている曲になったと思います。未来を「見ている」というか、未来を題材にできた。「僕は一生、思い出とか昔のことを歌い続けるのかな?」と思っていたけど、そうはならなかった。……この取材の最初に「ポジティビティ」と言ってもらったのはうれしかったけど、同時に僕はポジティブになることを恐れてもいるような気もします。ポジティビティという剣(つるぎ)の重さを知っているから。その剣は、持ち上げるのも大変だし、振り下ろして、ちゃんと切るべきものが切れるのかもわからない。切るべきでないものを切ってしまうかもしれない。だからずっと「未来」というものを直接的に題材として使いたくはなかったんですよ。でも、「オデッセイ」は今まで自分が歌詞で書きたかったことの延長線上で、「未来」というものを扱えた。そこに僕自身、安堵しました。

──メジャーデビューという形で改めて世に出ていく1発目の曲としても、「オデッセイ」には林さんが求めるものがちゃんと刻み込めたんですね。

はい。僕としてはバンドを一度やり終えて、「家で音楽をやるのって楽しかったよね」という半ば秘密基地のようなところから出発したのが多次元制御機構よだかだった。それがトイズファクトリーに所属できるって、シンプルにうれしいことで。僕の勝手なイメージですけど、トイズファクトリーってグリフィンドール(「ハリー・ポッター」シリーズに登場するホグワーツ魔法魔術学校の名門寮)感がある(笑)。J-POP名門校、邦ロック名門校という感じがする。そういう場所から出す1発目の曲として、自分が自分に期待することを書けたと思います、「オデッセイ」は。

よだかのキャプテンとして見失いたくないもの

──先ほどの「過去と未来」の話をもう少し伺うと、今回のEPでも再録されている「或星」のミュージックビデオを観たときに、曲のサブタイトルのように「Future and past」という言葉が出てきたのが印象的でした。「過去」というのは、ずっと林さんの表現するものの中に大きくあり続けたんですね。

そうですね。過去を大事にすべきだと考えています。僕、嫌なことやつらいことを全然忘れられないんですよ。「忘れられるようにがんばりましょう」と言われても無理で、ならばもう「忘れない」ということを財産にしてやっていくしかなかった。今話していて思いましたけど、僕は歌詞に「忘れない」とはしょっちゅう書きますけど、「忘れられない」とはあまり書かない気がします。「忘れるか、忘れないか、それを決めるのはこっちである」って、自分に言い聞かせたいのかもしれない。自分は「忘れない」ことを選んだんだと思いたいのかもしれないです。

──「オデッセイ」は、そういう人が書いた歌なんだということがすごく伝わる。軽薄な希望じゃない希望がちゃんと届いてくる感覚がある曲だなと思います。ポジティビティという剣の重さを知っている人が振り上げた剣のような言葉が、14歳の少年に届くことを意識した王道のロックサウンドに乗っているところが「オデッセイ」の素晴らしさだと思います。

その剣はどこまでも重いほうがいい気がします。ふわっと持ち上げる人もいるのかもしれないけど、そこに重みを感じる人なのであれば、その剣はどこまでも重いほうがいい。そのほうがめっちゃ遠心力が出るから。……だから僕は曲を作るのに時間がかかるんですよ。

──時間がかかりますか。

かかりますね。小粒でもいいから「これや!」と思えるパーツが見つかれば、磁石を近付けた砂鉄みたいに全体が集まってくるんですけどね。その「これや!」と思えるものを探して、「これ行けるかな?」「無理やった……」みたいなことを、ずっとやっている気がします。

──「オデッセイ」と「或星」には、「赦し」「許し」という言葉が出てきますよね。「ゆるし」とは、林さんにとってどのようなものですか?

僕はそうそう自分のことを許さないんです。自分の奥のほうに「許したらあかんのちゃうか?」と思っている自分がずっといる気がするし、世の中にあふれている「自分を許しましょう」みたいな言葉を聞くと「明らかに自分を許さないほうがいいタイミングはあるんだよな」と思います。ただ、その一方で「それは許してもいいんじゃないか?」と思うこともあるし、僕も「オデッセイ」で「許せないままの僕を 赦してやりたいんだ」と歌っている。……なんなんでしょうね、「許す」「許さない」って。ただ、道徳的なことではないと思います、僕が歌う「許す」「許さない」は。

──多次元制御機構よだかとしてライブも重ねられていて、現在の手応えはいかがですか?

ライブは、明らかに仕上がっているなと思います。隣にいると改めて実感しますけど、田淵さんは完全にスタープレイヤーだし、ドラムの(鈴木)浩之さんは「ドラムがうまい」ということを忘れさせるくらい、ドラムがうまいし(笑)。

──(笑)。

そんな2人に支えられながら、自分もしっかり跳ね上がらないといけないなと思っています。「これはソロプロジェクトと呼ぶべきなのか?」みたいなことにだんだんと足を突っ込み始めている気はするけど、よだかを始めるときに僕がソロプロジェクトという形を選んだのは、バンドマジックみたいなものを避けて音楽を味わいたいと思ったからなんです。蕎麦屋さんに行くと、本当に通な人は最初、つゆにつけず麵だけで食べるじゃないですか。「麺がおいしいかどうかが大事なんや」って。それと同じような感じで、「麺の部分は本当に大丈夫なのか?」ということを判別するために、ソロプロジェクトでありたいという気持ちがあります。田淵さんは僕のことを冗談で「キャプテン」と呼んでくれますけど、よだかのキャプテンとして、そこは見失わずにいたいなと思います。多次元制御機構よだかはバンドではなく、「僕が考えた最強の音楽」と言うべきものを3人の音でデカくしている。その基礎の部分は忘れたくないなと思いますね。

多次元制御機構よだか

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公演情報

多次元制御機構よだか単独公演「RADIATE」

2026年3月16日(月)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

多次元制御機構よだか(タジゲンセイギョキコウヨダカ)

2020年に始動した林直大(ex. フィッシュライフ)のソロプロジェクト。同年初の配信作品「夜間飛行」をリリースし、2023年には拠点を大阪から東京に移してライブ活動を本格化させる。2025年12月に田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN、THE KEBABS、Q-MHz)サウンドプロデュースのEP「ODYSSEY」でメジャーデビュー。2026年3月には東京・LIQUIDROOMでワンマンライブ「RADIATE」を開催する。林は楽曲提供も多数手がけており、アイドルグループairatticのメインソングライターとして活動。田淵がプロデュースを務める声優アーティストユニットDIALOGUE+をはじめ、さまざまなアーティストや作品に楽曲を提供している。