Lanndo|気鋭クリエイターぬゆりの過去、現在、未来

ボカロP・ぬゆりによるソロプロジェクト・Lanndoの新曲「宇宙の季節」が7月26日に配信リリースされた。

「フラジール」「フィクサー」「命ばっかり」といったボカロ界のヒットソングを制作し、ずっと真夜中でいいのに。「秒針を噛む」の作曲およびアレンジに携わったことで知られるぬゆり。このたびLanndo名義で発表される「宇宙の季節」にはEveとsuis(ヨルシカ)がゲストボーカルとして参加しており、生演奏を軸にしながらも緻密にエディットされたサウンドが鮮烈に響く1曲となっている。

音楽ナタリーでは、ぬゆりに初の単独インタビューを実施。これまでの自身の音楽人生や、今作の制作過程、Eveとsuisの魅力などについても語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ

自発的に音楽を聴いてこなかった

──これまで数多くのボカロ曲を発表されてきましたが、ぬゆりさんが音楽に目覚めたのはいつ頃だったんでしょうか?

小さい頃からピアノをやっていたんですが、あるときピアノを弾けるアプリが欲しいなと思って探したところ、たまたま買ったものがシーケンサー機能も付いているものだったんです。それで「せっかくだから何か曲を作ってみようかな」と思ったのが最初ですね。それが2011年くらいのことなんですけど。

──それまでは、どんな音楽を聴いて育ったんですか?

曲を作り始めるまでは、自発的に音楽を聴くようなことを全然してこなかったんですよ。でも、ちょうどそのアプリを使い始めた頃に、ある小学生の男の子と出会って話す機会があって。その子に「最近は何が流行っているの?」と聞いたら「ボカロがすごく面白いよ」と言われて、ハチさんとかwowakaさんとかを薦めてもらったんです。そこで初めて音楽に対して「関心が持てるかも」と感じられて、本格的に聴くようになっていきました。

──聴き手としてのスタートが、作り手としてのスタートとほぼ同時だったわけですね。

そうなんです。そこがスタートだったので、自然と「ボカロで作ってみようかな」という発想に至ったというか。

──シーケンサーアプリで楽曲を作り始めたとおっしゃっていましたが、当時からボカロも使っていたということは、当時すでにパソコンのDTM環境もあったということですよね。

はい。アプリでオケを作って、パソコンでボーカロイドと組み合わせるという作り方をしていました。

──そういった制作ソフトは、すぐ使いこなせるようになるものなんですか?

アプリにはプリセットのパターンなどもいろいろ入っていたので、それも使いつつ。ボカロやDAWに関しては、ネットで調べながら細かい使い方を覚えましたけど、1人で曲を作っていく過程で「難しい! わからない!」とつまずくことは特にありませんでした。

──すごくデジタルネイティブな感じのエピソードですね。作った楽曲をネットに投稿し始めたのはいつ頃から?

作り始めてすぐですね。最初はヌルットという名義で、作った曲をそのままニコニコ動画に投稿するようになっていきました。

──それまで音楽を聴いてすらいなかったのに、ずいぶん急展開ですね。

今思えば、確かにそうですね(笑)。

──「ボカロで曲を作ったらネットで発表するのが当たり前」みたいな感覚があったのでしょうか?

あんまり意識はしていませんでしたが、もしかしたらそうだったのかもしれません。

──普通はもうちょっと数を作ってから、すごく自信のある1曲ができたりしたタイミングで初めて他人の評価が気になって投稿を始めるものなのかな?というイメージがありますけども。

周りのボカロPの人たちに話を聞いても、確かにそういう段階を踏んでいる人が多いような気はしますね。最初の頃は動画を投稿してもあまり観てもらえなかったですし、今思うと何がモチベーションになっていたのかよくわからないです(笑)。でも、たまにコメントが付くとうれしいみたいな感情はありました。

──聴いてくれる人が増えてきたなと手応えを感じ始めたのはいつ頃ですか?

2012年くらいに「やけるさかな」という曲を投稿したんですが、その曲がそれまでの10倍くらいマイリスト入りしたんですよ。それをきっかけに、いろんなボカロPの人たちとも交流が始まって。つながりができたことで、曲を作ることがより楽しくなっていきましたね。

音をたくさん重ねるという手癖

──現在の音楽性がどう形成されていったのかも伺いたいんですが、やはりお手本になったのはボカロ界隈の音楽なのでしょうか?

そうですね。本当に初期の頃は、真似しようにも技術が追いついていないレベルでしたけど(笑)。いろいろなことが少しずつできるようになってきてから、だんだん「こういう音を作りたい」とほかの方の音楽を意識するようになって、それこそハチさんやwowakaさんの楽曲にだいぶ影響を受けたと思います。

──今のぬゆりさんの作品は、リズムはダンスミュージック寄りで、ベースがブンブン鳴っていて、その上にギターやシンセなどいろんな音がたくさん入ってくる音作りが基本になっていますよね。マイナーキーの曲が多いことも含めて、“ボカロ直系”の音楽性だなというイメージがあります。

やはり聴いてきた音楽がボカロ曲なので、音がいっぱい入っている曲を作りたくなるし、音がたくさん欲しくなってしまうんですよね。むしろ音を重ねないと不安になってしまうところもあって……。

Lanndo

──単純に、いろんな音を重ねるのって楽しいですしね。

ホントにそうなんですよ。だから音楽性を意識的にボカロ曲の系統に寄せているというよりは、手癖が出てしまっているだけというほうが、感覚としては近いかもしれないです。普段音楽を聴くときも、ジャンルやアーティストを意識して聴くことはあまりなくて。1曲1曲を好きになるタイプなので、自分の作る曲にはいろんな音楽の要素が混ざっているなと感じています。

──そうやって活動してきて、近年は「フラジール」「フィクサー」「命ばっかり」といったご自身の楽曲や、作編曲に携わったずっと真夜中でいいのに。の「秒針を噛む」などが数千万回という尋常ではない再生回数を記録していますよね。これについてはどんなふうに感じていますか?

率直にすごくありがたいなと思っています。それらの曲はすべて、わりと悩まずに楽しく作れたものばかりなんですよ。「本当に好きで作っているものにこそ、その人の個性や魅力が出る」というようなことをよく聞きますが、身をもってそれを実感しています。いまだに曲を作るうえでの正解はわからないですけど、どうしようと悩んだときほど自分の好きなことを忠実に表現すればいいのかな、と思えるようになりました。

──楽曲の反響の大きさについてはどうでしょう? 「自分は影響力のあるアーティストになったな」という自覚などは……。

あまりないですね。根っこの部分は活動を始めた頃と何も変わっていないです。でも、自信が付いた部分はあると思います。たくさんの人が自分の曲を聴いてくれるようになったことで初めて「自分の好きなことをやっていてもいいんだ」と思えるようになったので。

──数千万回の再生数を誇るヒット曲をいくつも発表された今、やっとそう思えるというのは面白いですね。もっと初期の段階でその感覚を獲得していてもおかしくないと思いますが。

自分はお客さんの前に立ってライブをするわけではないですし、直接リスナーの方から何かを受け取るような機会がないから、実感や自信が湧いてくるスピードが遅いのかもしれないですね。

──ファンの方の思いを直接受け取る機会を作りたいとは思わないですか?

これ以上何かを望むことは特に。けっこう、これはこれで満足しているかもしれないです(笑)。