アレンジャー・武内駿輔
──2曲目の「よりみち」については、まず「編曲:武内駿輔」というクレジットにかなり驚きました。
びっくりしましたって言っていただくことが多くてうれしいです(笑)。武内さんは普段アフレコの現場でご一緒する方なので。「よりみち」は今回最後にできた曲で、チルっぽい打ち込み曲にしたいということは決まっていたんですけど、私があまり打ち込み系を聴かないということもあって、アレンジを誰に頼めばいいのか頭を抱えていたんです。そんなときに、武内さんから「『Forced Shutdown』聴いたよ、めっちゃいいね」という感想とともに「曲、書かせてね」というひと言をいただいて。それで、武内さんが過去に手がけた楽曲を聴かせていただいたら打ち込み系だったので、「今回の曲にぴったりでは!」と思いまして。「ぜひ編曲をお願いできませんか?」とお願いしたら、すんなりと快諾してくださいました。
──武内さんにはどんなリクエストを?
普段は私からアレンジャーさんに細かくお願いすることが多いんですけど、「よりみち」については作業を進めていくうちに「打ち込みに関しては私の引き出しが少ないし、丸ごと武内さんに委ねてしまったほうがいい曲になるかもしれない」と思い始めて。お任せさせていただいてから上がってきたものがすごくよくて、そこからは全然直しもなく「OKです!」という感じで進みました。
──武内さんに対しても、先ほどおっしゃっていたようなクリックと歌メロだけのデモを渡して作業してもらったんですか?
そうです。
──そこからこの「よりみち」の音ができたと。とんでもない才能ですね。
すごいですよね! 本当に素晴らしかったです。
──特に「白い眩しさにつられて」の部分なんかは、バックトラックのリズムがトリッキーで面白いです。単純に歌うのがものすごく難しそうだなとも思いましたが。
そうですね(笑)。「ライブで歌うとき、どうしよう?」と思いました。
──3曲目の「熾火」は、先ほど挙げていただいたさユりや阿部真央の影響がダイレクトに感じられるパワフルな1曲ですね。
そうですね。これは、先に「タルヒ」を作っていたんですけど、1番以降がどうしても作れなくなってしまったんです。そのことで本当に、人生で一番くらい落ち込んでしまいまして。「どうしたら曲が書けるんだろう?」って追い詰められているときにふと「そういえば、インディーズの頃はそういうときの感情を歌詞にしていたな」と思い出したんです。この「書けない」という感情をそのまま曲にしてしまえばいいんだと。ただ、出発点は自分の気持ちではあったんですけど、それを赤裸々に書くのは恥ずかしいので(笑)、キャラクターを設定して脳内で動かしていく感じで作っていきました。
──その鬱屈した感じはサウンドにもしっかり反映されていますよね。間奏で急にジャズテイストになったり、アバンギャルドなギターソロが入ってきたり。
この曲の主人公は若いクリエイターで、いっぱい世間の評価にさらされているけど中身はまだそんなに大人じゃないんです。そういう人物像を描きたかったので、編曲の荒幡亮平さんには「みずみずしいバンドサウンドではありつつ、洗練されすぎていないジャズ要素が欲しい」とお伝えしました。
──やはり歌詞なりメロなりを作っている段階から楠木さんの頭の中では理想の音が明確に鳴っているんですね。
そうですね。鳴ってはいるんですけど、作れないんです(笑)。ただ、唯一この曲に関しては、デモの段階でクリックだけじゃなく簡単なリズムパターンも入れて。荒幡さんには「全然そのままじゃなくていいんですけど、なんとなく空気感的にはこんな方向で」とお伝えしました。
自分で愛せる作品になった
──その「熾火」と前後して作られたという4曲目の「タルヒ」ですけど、すごく対照的な2曲ですね。
書いているときは、この2曲を同時に書くことでバランスを保っていたというか。どちらか1曲だけを書き進めていたら、もしかしたら「タルヒ」の中に「熾火」のような毒々しさが入ってきたかもしれないなって。それが楠木ともりらしさでもあるのかなとも思いつつ、一方向に振り切って書けたのは初めてなので、それがよかった気がしていますね。
──ジキルとハイドみたいな。
そうです(笑)。「タルヒ」が最初に取りかかった曲だったんですけど、冬がテーマだったので、まず冬に関する単語をいろいろ調べていて。そうしたら、つららの別名として「垂氷」が出てきて、さらに「満ち足りる日」という意味の「足日」という単語も出てきたので、このダブルミーニングにしようというのは最初に決めました。なので、この曲だけタイトルから作り始めた感じです。
──タイトルからして「タルヒ」は「熾火」と真逆のイメージですよね。
そうですね。歌詞のテーマとしては、今までは「聴いている人の隣で寄り添うような歌詞を書きたい」と思っていたんですけど、何かそこにもう1つ要素を加えたい思ったときに、「私が欲しいのは安心感だな」と思って。「じゃあ、どうしたら安心できるんだろう?」と考えていって、「誰かが自分のことをわかってくれていると感じる瞬間って、すごく安心するな」と思ったので、恩師からの手紙というモチーフで書くことにしました。あまり具体的には書きすぎず、「大丈夫だよ」とも過剰に言わず、「あなたなら大丈夫よ」という信頼が透けて見える歌詞にしたいなと思いながら、柔らかい言葉遣いを意識しました。
──サウンドはある種フォークっぽい、柔らかな印象のギターポップに仕上がっていますね。
編曲のやぎぬまかな(ex. カラスは真っ白)さんには「ドリームポップの感じで」とお願いしました。ギターも9本くらい鳴っていて、かなりいいサウンドになったと思います。この曲で演奏してくれたバンドメンバーさんは、やぎぬまさんともども「バンめし♪」(とある地方都市に住む女の子たちが“白兎団”を結成し、さまざまな活動をする姿が描かれるコナミのメディアミックスプロジェクト。楠木は栗花落夜風役)からお世話になっている方々で、全員が顔見知りだったんですよ。それもあって、より温かい空気感で作れたんじゃないかなと思っています。
──4曲を通して聴くと、「楠木さんが今やれることは全部やった」というような作品に感じられました。
やり切りましたね。「冬」というテーマは持たせつつもサウンドは全部バラバラだったので、「統一感、出るかな?」とは思ってたんですけど、どの曲も表題にできるくらいの力がありますし、作品としてのバランスはすごくよくなったと感じています。今まではあまり自分の曲を聴かないほうだったんですけど、「タルヒ」は普通に仕事の帰り道で聴いたりもしていますし、自分で愛せる作品になりました。
──楽器の録りやミキシング、マスタリングにも立ち会われているそうですが、制作の場にいたい思いが強い?
いたいですね。最初の頃はいないこともあったんですけど、「自分の中で明確に楽器が鳴っているんだな」ということに気付いてからは、もっと自分の意思も伝えたほうがよくなる場合もあるんじゃないかと思って。楽曲ができあがっていくまでの過程を責任を持って見届けたい気持ちがすごく強いんです。現場で「これ、どっちがいいですか?」と判断を仰いでもらえたりもしますし。
──ほかにも楠木さんはCDの盤面デザインもされていたり、ライブグッズのデザインも手がけていますよね。その創作意欲はどういうところから来ているものなんですか?
3歳からずっと絵の習いごとに通わせてもらっていて、声優になっていなかったら美大に行く予定だったんですよ。自分が作りたいものとかやりたいことが常に浮かんでいて、それがあまり枯渇しないタイプなので、誰かに任せたときに「いや、それ私がやりたかった!」となるのが怖いから「じゃあもう自分でやる!」みたいな(笑)。こだわりが強いんだと思います。
──とにかく全部やりたいんですね(笑)。そういう生き方をしていると、どんどん寝る時間がなくなりそうで心配です。
健康には気を付けます!
「全部をやりたい」は理解されにくい
──そもそも、楠木さんはなぜ自分で作詞作曲をしたいんでしょう? 声優さんの場合、「歌うときも演じる側でいたいから、作詞作曲は極力しない」とおっしゃる方もいらっしゃいますよね。楠木さんの場合、「役者であること」が必ずしも最優先項目ではない?
もしかしたら、そうかもしれないですね。もともと幼少期からすごく「役者になりたい!」と思い続けてきたタイプでもないですし。習いごとなどでいろんなことをやらせてもらって、あらゆる方向に意欲が向いていて。もちろん今は声優としての仕事にやっぱり何よりも意欲が湧いているんですけど、ほかにもやりたいことはたくさんあります。「自分でこだわったものを届けたい」というのが、一番強い思いなのかもしれない。
──なるほど。つまり「役者でありたい」や「ソングライターでありたい」が根底にあるんじゃなくて、「自分のこだわりを届けたい」が一番根っこにある?
それが自分のオリジナリティになるというか。素晴らしい歌を歌われる方はたくさんいるけど、「この歌詞を書けるのは私だけだよね」みたいな。もちろん、いろんなアウトプットを持つことで背負うものは増えるし大きくなるけど、それ以上に「自分でやりたい」という思いが強いのかなと思います。この活動の仕方に疑問を持っている方もいるかもしれないし、「結果、声優になりたいの? ミュージシャンになりたいの?」と思われて、肩書きが不透明に見られている気はするんですけど、結局のところ「全部本気なんです」というのが自分のような気がしますね。
──それは、作られる曲の振り幅からもすごく感じます。
1つに選べないタイプなんです(笑)。なかなか「全部をやりたい」は理解されにくいというか、「本気になるものは1個」という固定観念も強くあるんだなと最近強く感じていて。そんな中でも、欲張りな活動ができている今の環境はすごく幸せに感じていますね。ありがたいなと。
──ただ、普通はそれをやるとどっちつかずになりがちだと思うんですよね。そうなっていないのがすごく不思議なんですけども。
どれに対しても真剣にやりたいという思いはありますね。凝り性なんですよ、昔から。
──ちなみに、まだほかに何かやりたいことってあったりするんですか?
やりたいことは……例えばミュージックビデオの映像も自分で考えてみたいですね。監督は絶対できないけど(笑)。あ、でも絵コンテ的なものは今回「narrow」のMVでちょっと作ったんですよ。画像にひと言加えて「こういうシーンを撮りたいです」というような。そういう、ちょっとだけこだわっているものを今後もっと本格的にやれるようになったら、より面白くなりそうですね。やりたいことは今後もいろいろ出てきそうな予感はしています。
──そうなると、いよいよ「ドラえもん」に出てくる「ねむらなくてもつかれない薬」的なものが必要ですね。
欲しいー! それがないと、私にはどうやっても時間が足りないですね。
ライブ情報
Kusunoki Tomori Birthday Live 2021「Reunion of Sparks」
- 2021年12月22日(水)東京都 チームスマイル・豊洲PIT
- 2021年12月24日(金)大阪府 Zepp Namba(OSAKA)
プロフィール
楠木ともり(クスノキトモリ)
1999年12月22日生まれ、東京都出身の声優、シンガーソングライター。テレビアニメ「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」「遊☆戯☆王SEVENS」「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」「先輩がうざい後輩の話」「マブラヴ オルタネイティヴ」などに声優として出演する。2020年8月に自身がヒロインを務めるテレビアニメ「魔王学院の不適合者」のエンディングテーマ「ハミダシモノ」を収録した作品でメジャーデビュー。2021年4月に4曲入りの作品「Forced Shutdown」、11月に新作CD「narrow」をリリースした。
楠木ともり OFFICIAL (@tomori_kusunoki) | Twitter
※記事初出時、本文中の一部曲名に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。