ナタリー PowerPush - 黒沼英之
“ライナスの毛布”になりたい 24歳の感性が紡ぐ「instant fantasy」
ラブソングは受け入れられやすい
──黒沼さんの「人を受け入れる」というテーマは、特に歌詞ににじみ出ていてますよね。で、気になったのが今回は7曲中6曲が恋愛をテーマにした楽曲なことで。なぜ黒沼さんはラブソングを歌うのでしょう?
誰もがするであろう“恋愛”をテーマにしたラブソングって、すごくキャッチーだと思うんですよね。あと曲自体はラブソングなんですけど、根本には恋愛に限らないメッセージを込めてたりするし。それを人に届けるときに、一番受け入れられやすい形がラブソングな気がしてて。
──歌詞は実体験をもとに書くことが多いですか?
そうですね。僕にとって作詞って、人と関わる中で心がチリッとする瞬間があって、その感情に肉付けをする作業なんです。根本は自分の体験だけど、肉付けをしていく中でフィクションを盛り込んでいきますね。
──ただラブソング揃いのアルバムの中で、最後の「耳をすませて」はひと味違いますね。ほかの曲は自分の思いをいろんな情景やシチュエーションに投影しているのに、「耳をすませて」は黒沼さんの感情が生々しく出てる。
そうなんです。だからこそ歌入れの直前まで悩んで。歌詞を全部変えようかなと思ったくらい。
──それはほかの曲とトーンを合わせるため?
その通りです。「耳をすませて」は、自分の悩んでいる状況や感情をそのまま書いたんです。大学の頃だったかな。いろんな人の意見を聞くうちに、何をやって、どんなことを歌っていけばいいのかわからなくなって。鍵盤を弾きながら作ってたのを1回辞めて。初めて曲を作ったときのように、アカペラで今の気持ちを歌ってみようと思ったら、言葉もメロディも一気に出てきた。その生々しい部分が、人が聴いたときに押し付けがましくなってないか心配で。でもディレクターさんが「黒沼英之も人に言い聞かせているようで、自分に歌ってるように聞こえると思うし。一緒に悩んでる感じがちゃんと伝わると思うよ」って。だったらいっかって(笑)。自分としても、最後に“黒沼英之の濃度”が高い曲があってもまとまりが出るんじゃないかなって思ったんです。
──個人的には「耳をすませて」があるからこそ、「黒沼英之のメジャーデビュー盤」としてこの作品が成立していると思いますよ。ここですごくパーソナルな部分が浮き彫りになってる。
だとしたらうれしいです。
理想は“ライナスの毛布”
──タイトルにちなんでお聞きしたいのですが、このアルバムを通して聴き手にどんなファンタジーを与えたいですか?
このタイトルを決めるときに、ちょうどよしもとばななさんの「はじめての文学」っていう本を読んでて。彼女があとがきで「私の作品は半分くらいファンタジーというか寓話であり、現実の重さはもっときびしいものだよ、と批判する人たちもいます」「夢とは、お金持ちになって広くて良い部屋に住み、仕立てのいい服を着て、おいしいレストランに行く…………そんなものではないのです。夢とは、自由のことです」「現実のせちがらさを忘れるためにウソを描いてみなをだまそうとしているのではなく、この世に生まれたことをなんとか肯定して受け入れようではないか、だいたいが面倒で大変なことばかりだけど、ふとしたいいこともあるではないか、そういうことを言葉で表したいのです」「同じ時代の中で、そんな魔法をこれからも創り続けていきます」って書いてて。その言葉がすごくしっくりきたんですよね。毎日現実ばっかり見て生きてるのは疲れちゃうけど、ちょっとしたファンタジーによって浮き上がる瞬間があるとみんな生きていけると思うんです。音楽や映画はそういう役割を担ってるし、自分の曲も聴く人にとってそういう存在になったらいいなって。
──ここから黒沼さんはアーティストとして新しいフェーズに入っていきますが、今後どんなステージに立って、どんなアーティストとして活動していきたいですか?
具体的にどんなステージに立ちたいというのはないんですが、僕が宇多田さんに出会ったときに感じた安心した感覚というか、少し背中を押してもらえた感じを聴き手に伝えたいですね。新譜を楽しみにしてくれたり、ライブがあるからがんばろうとか思ってもらえたらうれしいし。もし、そういう存在になれたら、自分が音楽で救われたことを還元できるんじゃないかって。それは同時に自分を認めていくっていう作業だとも思ってるんですけど。あの……スヌーピーに出てくるライナスの“毛布”になりたいんですよね。聴く人にとって「これがあると安心」みたいな(笑)。
- ミニアルバム「instant fantasy」 / 2013年6月26日発売 / 1800円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64035
- ミニアルバム「instant fantasy」
収録曲
- ふたり
- 夜、月。
- ラヴソング
- ordinary days
- サマーレイン
- どうしようもない
- 耳をすませて
ライブ情報
黒沼英之 ONEMAN LIVE "instant fantasy"
2013年9月19日(木)
東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
黒沼英之(くろぬまひでゆき)
1989年1月生まれの男性シンガーソングライター。15歳の頃から作曲を始め、大学進学後より音楽活動を本格化する。ピアノの弾き語りやバンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行い、情感豊かなサウンドでリスナーを魅了する。2012年11月には東京・WWWにて初のワンマンライブを開催し成功を収める。2013年1月にスピードスターレコーズの20周年企画「SPEEDSTAR RECORDS 20th Anniversary Live ~LIVE the SPEEDSTAR 20th~」にオープニングアクトとして出演し、ハナレグミ、斉藤和義らと共演。同年6月26日にメジャーデビュー作となるミニアルバム「instant fantasy」をリリースした。