ナタリー PowerPush - 黒沼英之
“ライナスの毛布”になりたい 24歳の感性が紡ぐ「instant fantasy」
帰り道にふっと歌っちゃう感じがポップ
──曲を作る上で意識していることはありますか?
新しいものを、「すごいでしょ?」「新しいでしょ?」っていうふうに見せるのではなくて自然になじませたいと思ってますね。一見すると普通だけど、どこか引っかかりがあるみたいな。苦しいものをすごく苦しんでいるように表現したり、痛いことをすごく痛いと表現したりするのは、一瞬だけ目を引くけど、わりと飽きられるのも早い気がして。じわじわと「あれ? あれ?」って言ってる間に、刺されてるみたいなことのほうが残ると思うんです。難しいけど、そういう曲を作っていきたいなって。
──黒沼さんはポップスのフィールドに身を置きたいと以前からおっしゃってますよね。黒沼さんのポップの定義ってなんですか?
口ずさめることかなあ。自分自身が鼻歌で曲を作り始めたんで、帰り道とかにふっと歌っちゃう感じが理想ですね。あとポップソングって生活と密接な関係があると思うんです。テレビでよく昔のヒット曲を紹介してるじゃないですか。テレビを観ながら父親や母親が「あのときはああだったよね」って言ってるのを見て、記憶や思い出を呼び起こす曲っていいなあと思ったり。あとパンクが好きだったり、ゴリゴリのヒップホップが好きだったりする人でも、カラオケに行くと歌える曲が自分と同じだったりして。なんか「ゴリゴリした曲が基本的に好きだけど、あれってやっぱいい曲だよね」って言われるような、間口の広い曲が自分にとってのポップスかもしれないですね。聴こうと思って気合いを入れて聴くような音楽ではなく、インスタントラーメンとかインスタントコーヒーとかみたいに気軽な存在が僕にとってのポップスかな。
音楽は隙間があったほうがいい
──先ほど曲を作る原動力はネガティブな感情が多いとおっしゃってましたが、どんなときに曲のイメージが浮かびますか?
人と摩擦があったときですかね。
──摩擦というのは?
ケンカだったり、感情のすれ違いとか……あと人との違いを感じたときに歌詞やメロディが浮かびますね。これもコミュニケーションに対してすごく憧れがあるからだと思うんですけど。
──部屋の中でこもって作ってるわけではないと。
そうですね。外から持ち帰った感情を、家の中で悶々と音にしていく感じですね(笑)。
──歌う対象は意識しますか?
曲によりけりですね。自分に対してだったり、人に対してだったり。でもいつかその境目をなくしたいんです。曲を聴いたときに感じる感情も特定したくないし。今って、なんでもすぐに白黒つけなきゃいけない風潮が強いと思うんですけど、曖昧なものが曖昧なままでいいこともあると思うし。
──聴いた人に委ねる感じですか?
そうですね。音楽って隙間があったほうがいいと思うんですよ。曖昧なことで入り込む余地だったり、想像する余地が出てくるだろうし。タイトルもそうで、去年出したミニアルバム「イン・ハー・クローゼット」(2012年10月リリース)も今回の「instant fantasy」も、想像力を膨らませられる部分を意識しましたね。
デビューはほかのどのタイミングでもなかった
──さて、いよいよメジャーデビュー作品がリリースされますが、今の心境はいかがですか?
曲を作り始めたのが15だったんで長かった気もするんですが、ほかのどのタイミングでもなく今だったのかなって。
──以前は早くデビューしたい気持ちがあった?
10代の頃は特にありましたね。宇多田さんが10代でデビューして脚光を浴びているのを目の当たりにしてたんで。早くデビューしていろんなことを経験したいって、焦る気持ちがありました。
──その気持ちに決着がついたのは?
今回のミニアルバムの曲を並べて聴いたときかな。あと「instant fantasy」を作る中で歌い方とか言葉に対する姿勢とか、自分のスタイルがだんだん固まっていって。レコーディングに参加してもらったミュージシャンや、PVを一緒に作ってくれる人たちとの出会いを含めて、タイミングがすべて合致したんだなって実感できた。
──15歳から曲作りを始めたということは、かなりストックがあると思うのですが、収録する曲を選ぶ上での基準はありましたか?
1stアルバムって一生に一度しか出せないので、自分のことをぎゅっとまとめたいなと思って。「夜、月。」は15歳のときに作った曲だけど、「サマーレイン」とか「ラヴソング」は今年に入ってから書いた曲だし。音楽を作り始めてからこれまでが凝縮されてますね。
自分と距離が保てる感じが大事
──サウンド面では「イン・ハー・クローゼット」からかなり飛躍してますよね。前作は宅録っぽい雰囲気でラフな質感でしたけど、今回は音がとてもクリアで細やかですし。アレンジ面ではストリングスもあるし、打ち込みを取り入れた曲もあるし、アレンジャーが加わったことによる影響もあると思いますが、すごく豊かですよね。こういう音にする上で、1人で作っていたものを人の手に委ねる部分も多かったと思います。
アレンジも、さっき話したような「隙間を持たせたい」っていう気持ちがあって。1人で作る濃度の高い音楽も好きなんですけど、人の手が入ることでちょっと曲が浮き上がる感じも好きなんです。曲が自分の手を離れて、成長していくというか。今回だとストリングスが入った瞬間は、すごく感動しましたね。自分で作った曲だけど、どこか俯瞰できる瞬間があった。逆に「イン・ハー・クローゼット」はあまりにも“自分”だったので、聴くのが恥ずかしいくらいなんです(笑)。でも今回はアレンジャーさんと仕事をすることで、いろんなところに届いていくんじゃないかなっていう予感があって。音楽を人に届けていく上では、自分の手から離れていって、距離が保てる感じが大事なんでしょうね。
──自分のエゴはあまり出したくない?
できれば。ただ曲作りの始まりは自分のエゴだったし、今でも曲を作るときの源は自分の経験ですから。そのエゴの純度を保ったまま、どれだけ人に伝わる音にしていくかが重要かなと。あと「人を受け入れる」というのがテーマになってるかもしれないですね、僕の場合。個々のいびつさを受け止めたいというか。自分が人に受け入れてもらいたいって思って音楽を作り始めたからこそ、そう思うのかもしれないですけど。
- ミニアルバム「instant fantasy」 / 2013年6月26日発売 / 1800円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64035
- ミニアルバム「instant fantasy」
収録曲
- ふたり
- 夜、月。
- ラヴソング
- ordinary days
- サマーレイン
- どうしようもない
- 耳をすませて
ライブ情報
黒沼英之 ONEMAN LIVE "instant fantasy"
2013年9月19日(木)
東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
黒沼英之(くろぬまひでゆき)
1989年1月生まれの男性シンガーソングライター。15歳の頃から作曲を始め、大学進学後より音楽活動を本格化する。ピアノの弾き語りやバンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行い、情感豊かなサウンドでリスナーを魅了する。2012年11月には東京・WWWにて初のワンマンライブを開催し成功を収める。2013年1月にスピードスターレコーズの20周年企画「SPEEDSTAR RECORDS 20th Anniversary Live ~LIVE the SPEEDSTAR 20th~」にオープニングアクトとして出演し、ハナレグミ、斉藤和義らと共演。同年6月26日にメジャーデビュー作となるミニアルバム「instant fantasy」をリリースした。