小室哲哉が全6公演のオーケストラコンサートツアー「billboard classics ELECTRO produced by Tetsuya Komuro」を開催する。
6月29日の愛知県芸術劇場 大ホールでの公演を皮切りにスタートする今回のツアーは、2022年に開催された「billboard classics 小室哲哉 Premium Symphonic Concert 2022 -HISTORIA-」以来、小室にとって2度目のオーケストラコンサート。今回は小室の音楽キャリアにおいて重要な柱となるダンスミュージックとオーケストラの共存をテーマに、新たな音楽世界を構築していくこととなる。
TM NETWORKの40周年プロジェクトを終了させたばかりの小室がトライする次なる一手。そこに懸ける思いを小室本人に語り尽くしてもらった。
取材・文 / もりひでゆき撮影 / 石阪大輔
公演情報
「billboard classics ELECTRO produced by Tetsuya Komuro」
- 2024年6月29日(土)愛知県 愛知県芸術劇場 大ホール
- 2024年7月19日(金)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2024年7月26日(金)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール コンサートホール
- 2024年7月28日(日)兵庫県 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO 大ホール
- 2024年8月12日(月・祝)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
- 2024年9月3日(火)東京都 東京文化会館 大ホール
出演者
音楽プロデューサー・編曲:小室哲哉
ゲストボーカル:野宮真貴(6月29日の愛知公演、7月19日の東京公演のみ)
※その他4公演のゲストボーカルは後日発表
指揮・オーケストラアレンジ:藤原いくろう
チェロ・オーケストラアレンジ:徳澤青弦
オーケストラアレンジ:神坂享輔、水野蒼生
心のどこかにはやっぱり教授のことが常にある
──2022年からスタートしたTM NETWORKの40周年にまつわるライブプロジェクトが、「TM NETWORK 40th FANKS intelligence Days~YONMARU~」と題したツアーの5月19日、神奈川・Kアリーナ横浜公演で大団円を迎えました。まずはその感想から伺えますか?
約2年かけて40本を開催したんですけど、その間は常にTM NETWORKのことを頭のどこかしらで考え続けていた感じでしたね。全行程を終えた今とは、そこが大きく違っているところかな。コロナ禍で始まったプロジェクトでもあったので、僕自身はもちろん、3人ともフィジカル面を最優先にしなければいけないということを実感したツアーでもありました。
──TMが歩んできた40年の軌跡を改めて噛み締める瞬間も多かったんじゃないですか?
メンバーもスタッフも、それぞれのタイミングでいろいろ噛み締めたところはあったと思います。僕自身で言うと、小規模なホールでやった「TM NETWORK FANKS 40th intelligence Days ~STAND 3 FINAL~」がけっこう印象的で。客席が近かったので、泣いていらっしゃる多くの方々の顔がすごくよく見えたんです。もらい泣きこそしませんでしたけど、かなりグッときてしまいました。
──40年間、ともに歩んできたFANKS(TM NETWORKファンの呼称)も多いでしょうしね。
20周年、30周年とはまた違った感慨がありますよね。この地球に住んでいるといろんな風に吹かれるわけじゃないですか。いい風もあれば、悪い風もあるわけだけど、そこでなんとか踏ん張って、40年という節目に立っていられるのはありがたいこと。それは僕らメンバーだけではなく、FANKSの方々も同様じゃないかな。みんなが無事に同じ場所、同じ時間に集えたことは本当に奇跡的なことだと思います。年齢が60歳を超えると、自分がどんな歩み方をしてきて、何を考え、何を作ってきたのかという変遷を顧みるようになるんですよ。これまでのようにひたすら先のことを見続けていくこともいいことだとは思うんですけど、今はその両方がちょうど混ざり合っている時期だという実感もありましたね。
──TMの輝かしい40年の歴史を総括したすぐあとに、今回の「billboard classics ELECTRO produced by Tetsuya Komuro」という次なる動きを用意してくれているのが小室さんらしいところはありますけどね。やっぱり未来を、次を追い求め続けているというか。
そうですね(笑)。心のどこかにはやっぱり教授(坂本龍一)のことが常にあるんですよ。彼は「テクノロジーの進化を見届けたい」といった意味合いのことをずっとおっしゃっていたので、それを僕が見せてあげたいというか。そういう欲求を持つという意味においては僕も同類だと勝手に思っているので、日進月歩の進化を見届けたい気持ちが強いんです。例えばTMの40周年ライブにしても、初日と40本目を比べれば技術の進化で演奏方法や演出面でできることが本当に増えたんですよ。
──約2年の間でもテクノロジーの進化を実感されていたわけですね。
本当に3人だけでライブができるようになったことも含めて、その進化はすごいスピードなので、こっちとしては追いつくのに必死ですけど(笑)。だからね、1日の半分とまでは言わないですけど、少なくとも2時間ぐらいは世の中のエンタテインメントの進化を調べるようにはしているんです。1週間もほったらかしにしておくと、「え、こんなことになってるの?」ってことが本当にあるものなので。
──その状況は音楽家・小室哲哉としてワクワクするものでしかないはずですよね。
はい(笑)。単に夢物語として語るだけではなく、少なくとも自分で実際に試すことができる、検証できるのがいいですよね。未来について予見することはできないですけど、テクノロジーの進化は前向きで、いい方向に進んでいってくれていると思うので、そこは本当に楽しみでしかないですね。
──そういったお話を聞くと、今回のオーケストラコンサートに「ELECTRO」というタイトルが掲げられていることもすごく象徴的だなと感じます。
そうですね。電力を使う、コンピュータを使うという意味での「ELECTRO」です。スケジュールの都合上、半年くらい前にタイトルは決めたんですよ。その半年でテクノロジーの進化が止まってしまうわけがない、間違いなくいい方向に進んでくれるだろうなという思いを込めて、このタイトルに決めました。
前回60人だったオーケストラ編成を、今回22人に減らした真意
──小室さんは2022年に「billboard classics 小室哲哉 Premium Symphonic Concert 2022 -HISTORIA-」を開催されていて。オーケストラコンサートは今回で2度目になります。
僕は過去に一度、「マドモアゼル・モーツァルト」(1991年)というミュージカルの音楽を担当させてもらったことがあって。そのときにフルオーケストラとYOSHIKIさんと僕で2時間くらいのコンサートをやったことがあるんです。僕は音楽学校に通っていたわけでもないし、基礎的な知識しか知らない人間なので、振り返ると当時の自分は音楽的にすごく幼かった印象がある。ただ、90年代からはアレンジやピアノ演奏という形で、ハリウッドのオーケストラと20曲以上共演することもあったので、徐々にオーケストラの音の響きみたいな部分も体に馴染んでいったんです。そもそも僕の音楽的なスタートはバイオリンだったので、僕の音楽との親和性は何もないわけがないという思いもありました。そんな感覚で2022年にオーケストラコンサートをやらせていただいたことで、いろいろなことを知れた実感があったんですよね。
──具体的にどんなことを得ることができたんですか?
僕は基本的にライブでもレコーディングでもクリックというコンピュータの機械的な信号を元にすべてが動いている音楽しかやってきていなかったので、オーケストラならではのタイム感の揺らぎはすごく印象的でした。よくよく考えれば当たり前なんですけど、オーケストラの場合、一番後ろにいる楽器の方と一番前にいる1stバイオリンの方の距離は数m離れているわけで。指揮の方のタクトを見て、同じタイミングで演奏していたとしても、僕に響いてくるのは当然、後ろの方が弾いた音のほうが遅いんです。その音の波の揺れ、リズムの揺れの大きさに最初はちょっと戸惑ったところもありました。四分音符ひとつとっても、コンピュータを使えばその1つの音を無限に刻むことができるので、オーケストラの音の揺れを感じる中で自分は四分音符のどの位置にピアノを落とせばいいのかみたいなことまで考えさせられるようにもなって。過去に戻って、音楽学校でしっかり学び直したい気持ちになってしまいました(笑)。
──そういったさまざまな音楽的な気付きが2度目のオーケストラコンサートの開催につながっていったわけですか。
はい。前回の経験を踏まえ、今回はざっくり言うとEDM的なサウンドとオーケストラのコラボレーションをしてみたいと思ったんです。クラシック生誕の地とも言えるヨーロッパにはそういうことをやっている「Tomorrowland」というフェスがあるので、同じスタイルのコンサートが日本にあっても当然いいだろうなと。今回はオーケストラとしっかり共存したいなっていう気持ちですね。
──前回は共存ではなく、また違った感覚があったんですか?
前回はあくまでもメロディメーカーである小室哲哉を紹介するという意味合いがあったというか。僕の楽曲を歌唱ではなく、オーケストラにいろいろ音で彩ってもらおうという狙いで。なので、どなたもご存じであろう曲ばかりをセットリストに並べ、事前に公開もしたんです。言ったら僕は、指揮者である藤原いくろうさんと、フルオーケストラの方々の生み出す世界に乗っかるという感覚が大きかったような気がします。でも今回は僕がイメージしているやりたいことを、まだすべてが実現できるわけではないですけど、いろいろやらせてもらうという座組にはなっていますね。
──前回は約60名だったオーケストラ編成が、今回は22名になっていますね。
前回は公演ごとにオーケストラのメンバーが違っていたので、一期一会のような感覚があったんですよ。その場で出会って、コンサートを終えたらそのままお別れみたいな感じで。ずっとバンドをやってきた人間としては、もうちょっとね、コミュニケーションを取れたらいいなという思いが強かった。なので今回は人数をちょっと少なくして、すべての公演に同じメンバーが同行してもらえるようにしたんです。きっとリハーサルの段階から皆さんといろんな意見を交わせると思うので、最終公演に向けてどんどん進化していくことになるんじゃないかな。
──小室さんは音楽をするうえで、人と人とのつながり、コミュニケーションをものすごく大事にされていますよね。
結果論かもしれないですけど、コミュニケーションを取った分だけ、相手の気持ちの強さや応えてくれる力は確実に変わってくるし、僕自身にも明確に伝わってくるんですよね。お互いに呼応し合う、応え合うということは本当に大事。密にコミュニケーションを取る中で、「自分のためになる」と相手の方に思っていただけなければ、僕のいる意味もないですから。基本的には「一緒に協力してほしい」とか「何かを生み出してほしい」という依頼があっての僕なので、僕自身からまずやりたいことを提案することはほぼないんですよ。TMくらいじゃないかな、自分からなのは。なので、今回も「応えたい」という思いがまず一番にありますね。そのうえで、「じゃあ、こういうことをやるのはどうですか?」みたいなアイデアはいくらでも出せるので。