音楽ナタリー PowerPush - KOKIA
新しい生活と幸福な出会いから見つけた「I Found You」
「自分次第」感が強いアルバム
──アルバムの中でロンドンで最初にできた曲はどれになるんでしょうか?
1曲目の「Family Tree」ですね。私、いつもアルバムを作り始めるときって、まずは鍵盤に手を触れずに雰囲気を探るんです。どんな香りや雰囲気のアルバムで、どんな形にしていきたいのか。そういう言葉では表現しづらいものをいろいろ思い浮かべて、こんな感じっていうのが見えたらけっこう全体像はできあがるんです。今回はそれが「Family Tree」。まさにジャケット写真のイメージで、たおやかに木が生い茂り、これからどこに枝葉を伸ばそうかっていう……そういう気持ちをアルバムに入れたいっていうのを最初に決めましたね。それはまさに自分の人生というわけだったんですけど。
──例えば人生のさまざまな分かれ道が描かれていくイメージですか?
はい。自分がロンドンに来たのもそうだったし、今からこっちに進むのもあっちに進むのも自分次第というか。そう考えるとこのアルバムは“自分次第”感がすごく強いかもしれない。
──先ほどおっしゃったタイミングを作っているのも、結局は自分でしょうしね。
そうなんですよ。アルバムのタイトル曲でもある「I Found You」で言っている“私が見つけたあなた”とは、私の場合は「彼=今の旦那さん」なんですけど、物でも言葉でも人でも、「I Found~」の先は自分の状況次第。出会うべきよきタイミングで出会わないと、人との出会いも物との出会いも実っていかない。あることにすごく感銘を受けるときもあれば、さらっと過ぎてしまうときもあるだろうし。誰にも、「このタイミングで出会ったから!」っていう感覚、きっとあるんじゃないかなって思います。例えばたまたま音楽を聴いて「なんでこの歌、こんなに私の気持ちをわかってくれるの? 代弁してくれているの?」っていうような、音楽との出会いってたまにありますよね?
──あります、あります。
まさにお互いが呼び合ったようなタイミング。今回のアルバムは、人生のそういうエピソードがすごく詰まった作品だなって思うんですよ。
──「I Found You」はリアルかつ幸せいっぱいの言葉が紡がれたラブソングでした。旦那様とは本当に素晴らしい出会いだったんですね。
「I Found You」の歌詞の世界は、旦那さんが結婚をする前に私に言ってくれた言葉。私の心に広がった素直な「うれしい」を、今しっかりと残しておきたい。そんな思いで歌に残しました。ときと共にいつか忘れてしまう感情って、幸せな気持ちも、うれしい気持ちも、寂しい気持ちも、悲しい気持ちも、いっぱいあると思うんです。どんな気持ちも「あ—この感覚、忘れたくない」という気持ちをよく歌に残します。
同じ未来に向かって走っている1台の電車
──そのほかにも、このタイミングだったから生まれたという楽曲はありますか?
ほとんどがそうなんですけど、「旅列車 life train」を書いたときはすごく落ち込んでいて。そんな私を励ますために、ある方が素敵な言葉を私に贈ってくれて、すごく心を動かされて、自分なりにそのお話を歌にしたいと思って書いた曲です。内容は歌詞の通りなんですけど……、例えばパートナーや家族、友達とか身近な人とうまくいかなくなったとき「なんでだろう?」って悩みますよね。でもそれは自分のせいとか誰のせいとかじゃなくて、「人生は同じ未来に向かって走っている1台の電車で、みんながそれに乗っている自分の隣の席に座る人、座らない人、座っても一言も交わさず降りていく人もいれば会話が弾んで長く時間を共にする人もいる。空いた隣の席はすぐ埋まるときもあるし、しばらく空いてるときもある」って、その方が言ってくれたんです。その話は私の中で答えが出せずに困っていたことのほとんどにぴたりと納得のいく納まりのいい気持ちをくれたんです。みんな同じ列車に乗って1つの未来に向かっているけれど、縁あって隣の席に座った上に、さらに会話が弾む人が居るとしたら、本当に偶然、運命のいたずら。
──なるほど。
私は「人生はそういうものだ」って言われてすごく胸に残ったし、自分ではどうにもならない運命の力みたいなものを感じていた時期だったので。そのときの気持ちを曲を通してみんなとシェアしたいと思ったんですよね。偶然出会えた素敵な言葉の素材を、自分なりに盛り付けをして。
──そういう経緯があったんですね。ちなみに私が個人的に刺さったのは、現在のKOKIAさんの幸せが伝わってくるハッピーな楽曲がありつつ、リアルな現実もしっかり受け止めている「無力と知った日」。これをアルバムのラストに置いているのも大きいですよね。
この曲を最後にしたのは、アルバムで歌っている楽しいことやうれしいこと、ウキウキすることって日々たくさんあるし、人生ってそんなふうに素晴らしいねっていうことを伝えたかったんだけれども、その一方でいつでも、そのすべてを失う状況がくる可能性があるということも伝えたかったんです。幸せなときってその状況に甘えちゃうというか、まさかそれを失う日が来るとは思ってないじゃないですか? もちろん、そうしたことに怯えながら生きるというのは違うと思うけれど、自分は無力と受け入れることから前に大きく進めるというか。
──そうですよね。でもやって来るときは来る。
はい。でも何かを恨むこともできなくて。世の中には運命とか、神様とか、目に見えない力を表わす言葉がいっぱいあるけど、それを私なりの言い方で言うと「無力と知った日」だったんです。どんなに願っても祈っても、お金を積んでも手に入らない、戻らないもの。何もできない。だから簡単に言ってしまうと、今あるいろんなことをなるべく楽しまないとねっていう。ネガティブな考えではなく、「自分は無力」と思うことで楽しくなれるっていうのはあると思うんですよ。どこかで何かを失う覚悟をしながら一生懸命やってるくらいがちょうどいいというか。
──今ある環境に感謝しながら。
人生の楽しさや喜びに満ちた瞬間は、悲しさや切なさとつながっていて、そうしたものを線でつないで自分という音を紡いでいる。ただハッピーなだけの歌ではない、奥行きのあるアルバムにしたかったんです。このアルバムが誰かの前に進む力になってくれたらいいなと思っています。
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- ニューアルバム「I Found You」2015年3月18日発売 / Victor Entertainment
- 初回限定盤 / 3456円 / VIZL-796 / Amazon.co.jp
- 通常盤 / 3240円 / VICL-64312 / Amazon.co.jp
収録曲
- Family Tree
- おいしい音 yum yum music
- Recover
- Solace ~記憶の森に積もる絵画
- オギャーと産まれて
- I Found the Love
- Make Sense
- Dear Armstrong
- I Found You
- 旅列車 life train
- 無力と知った日
- Spirits(初回限定盤ボーナストラック)
KOKIA 2015 Concert ~おいしい音を食べたなら~
- 2015年6月21日(日)
東京都 東京国際フォーラム ホールCSOLD OUT - 2015年6月22日(月)
東京都 東京国際フォーラム ホールC
KOKIA(コキア)
1976年生まれの女性シンガーソングライター。幼少期より楽器に親しみ、高校と大学では桐朋学園で声楽を専攻。1998年に大学在学中にシングル「愛しているから」でメジャーデビューを果たす。1999年に発表した3rdシングル「ありがとう...」は、海外でもリリースされ香港国際流行音楽大賞で3位に入賞。同曲は香港国内にて広東語でカバーされ大ヒットを記録する。その後もCMソングやドラマ主題歌を多数手がけ、2004年にアテネ五輪日本代表選手団応援ソング「夢がチカラ」を発表。2006年には初のベスト盤「pearl」が日本、フランス、スペインでリリースされ、特にヨーロッパ諸国で大きな反響を呼ぶ。近年は海外でのライブ活動も積極的に行い、歌を通じてのチャリティ活動にも取り組んでいる。デビュー15周年を迎えた2013年にアルバム「Where to go my love?」を発表し、Bunkamuraオーチャードホールにてアニバーサリーコンサートを開催。また同年よりイギリスにも拠点を置き、日本とロンドンを行き来しながら活動している。2015年3月にアルバム「I Found You」を発表。