キズナアイがKizunaAIに名義を変えて3年ぶりに活動を再開し、2月26日に「かもね」、その1カ月後の3月26日に「まざる」という新曲を発表した。
今や数多くのVtuberが当たり前のようにアーティスト活動をしているが、「バーチャルYouTuber」という言葉すらない時代に動画投稿を開始し、バーチャルな存在として音楽活動を行ってきたキズナアイは、まさにその始祖と言える人物だ。この記事では、彼女が再始動に至るまでの歩みをたどりつつ、2つの新曲を通してその音楽的な魅力を深掘りしていく。
文 / 森朋之
キズナアイが帰還を決意した理由とは
2025年2月26日、キズナアイが「KizunaAI」として活動を再開。Vtuber界隈を牽引してきた先駆者が、ついにシーンに戻ってきた。
2022年2月26日に行われたオンラインライブイベント「Kizuna AI The Last Live “hello,world 2022”」をもってスリープ(活動休止)状態になっていたキズナアイ。復帰後の最初のアクションは、新曲「かもね」のリリース。つまり彼女にとって活動の最大のモチベーションは“音楽”というわけだ。
その1時間後には「ただいま」と題された動画が公開された。以前は真っ白い空間の中で活動していたキズナアイだが、今回は棚やラックが置かれ、壁にはドライフラワーが飾られている部屋から配信。普段着っぽいファッションに身を包んだキズナアイは、以前と同じような明るいテンションで「はいどうもー! キズナアイです。みんな、ただいま。帰ってきましたー!」と挨拶。「ラストライブから丸3年。活動再開することになりました」とカムバックを宣言した。
この動画で彼女は、スリープした理由から復帰までについて赤裸々に告白している。3年前は多くの人とつながり続けることに違和感を覚えていて、みんなの期待に応えられない不安があったこと。考えた結果、一度休んで、アップデートする選択をしたこと。これまでのこと、これからのことを冷静に見つめ直し、「それでもつながりたい」と強く思ったこと──。改めて「待っててくれてありがとう」とファンに感謝を伝えたキズナアイは、「まずは音楽活動を中心にがんばりたい」と意気込みを語った。
Vtuberアーティストの先駆者としての、キズナアイの歩み
2016年12月に活動をスタートさせたキズナアイは、間違いなくVtuberのオリジネイターだ。キュートなビジュアル、ちょっと天然系のキャラクターを生かした動画で瞬く間に注目を浴びたキズナアイは、地上波の情報番組やカルチャー系のイベントにも数多く出演。日本の文化を世界に発信する存在として、海外でも広く知られていた。
2018年7月にはKizuna AI名義で音楽活動をスタートさせた。最初のオリジナル曲「Hello, Morning」は、韓国出身のクリエイター・Norのプロデュースによるエレクトロポップ。フューチャーベース系のトラック、きらびやかなメロディは、彼女の愛らしいボーカルをしっかりと際立たせていた。キズナアイ自身が手がけた歌詞も印象的だった。「届けたいよ / I Love you the World」というラインは、彼女が活動を続ける目的とまっすぐにつながっていると思う。
その後、☆Taku Takahashi(m-flo)、TeddyLoid、DÉ DÉ MOUSEなどのプロデュース楽曲を次々とリリース。最新モードのダンストラック×キラキラした歌声דつながる”をテーマにした歌詞というスタイルを確立させた。同年12月には1stライブ「Kizuna AI 1st Live“hello,world”」を開催(参照:キズナアイ、1stワンマン「hello, world」で最高のスタートを切る)。3Dモーションキャプチャーを取り入れたパフォーマンスは今でこそ当たり前のスタイルになっているが、当時は極めて斬新だった。
さらに2019年には、中田ヤスタカ(CAPSULE)のプロデュース楽曲「AIAIAI(feat. 中田ヤスタカ)」がヒット。1stフルアルバム「hello, world」のリリース、「SUMMER SONIC 2019」への出演など活動の幅を広げた。楽曲のリリース、ライブの在り方、バーチャルとリアルを行き来するような活動スタイル。Kizuna AIがVtuberアーティストの先駆者であることは間違いない。
「かもね」から伝わる、KizunaAIのボーカルの進化
スリープからの目覚めをテーマにした新曲「かもね」は、KizunaAIの“これまで”と“これから”をつなぐ楽曲だ。
作曲はESME MORI。iri、松下洸平、阿部真央などの楽曲を手がけてきた気鋭のクリエイターだ。エレクトロ、ヒップホップ、R&Bなどの多彩な要素が融合したトラックメイク、滑らかさと奥深さを共存させたメロディにも、ESMEの研ぎ澄まれたセンスが的確に反映されている。
歌詞はKizunaAI、ESME MORI、にしなの共作。3年前のスリープから現在に至るまでの心境の変化、そして、今現在のKizunaAIの思いを描いたリリックは、生々しさとファンタジー感を絶妙に融合しながら聴く者をしっかりと惹きつける。KizunaAI自身が最も好きだというのは「ハローアゲイン / 奇跡を待つよりずっと 嬉しいかもね」という最後のライン。何かが起きるのをただ待つのではなく、自分の意志で動き出したい。そんな思いがダイレクトに伝わってくる素晴らしいフレーズだと思う。
そして特筆すべきは、KizunaAIのボーカル。繊細な起伏を感じさせる「かもね」のメロディをしっかりと捉え、歌詞に込められた思いを手渡すように描き出す彼女の歌は、3年前よりも明らかにクオリティが上がっている。「ただいま」動画でも「バージョンアップした私のボーカルにも注目してください」と語っていたように、シンガーとしてのポテンシャルは確実に向上しているようだ。
「まざる」で放たれる、KizunaAIの切なる願い
そして3月26日には、早くも第2弾楽曲「まざる」がリリースされた。成田ハネダ(パスピエ)が作曲、KizunaAIとボカロPの是が作詞、有機的なエレクトロニックサウンドで評価を得ているphritz(PAS TASTA)が編曲を担当したこの曲には、現在のKizunaAIのモードが明確に示されている。
繊細で洗練されたメロディ、穏やかさと先鋭性を共存させたトラックとともに放たれるのは、“人それぞれの境界線を越えて、つながりたい、混ざり合いたい”という切なる願い。特に「確かな光なんだ あなたは / 私で居れるから」というフレーズでの、祈りを込めたボーカルが共鳴する瞬間には強く心を惹きつけられた。
「ただいま」動画でも、「年内にアルバムを出したい」「世界中のみんなの前でワンマンライブをやりたい」とこの先のビジョンをアピールするなど、彼女のモチベーションは驚くほど高い。つながるためには、音楽が最良の方法なんだ——そんな強い思いを抱きながらKizunaAIは、ここから新たなフェーズへと向かっていく。その中で生まれる光景を世界中の音楽ファンと共有したいと思う。
プロフィール
KizunaAI(キズナアイ)
2016年12月にバーチャルYouTuberの先駆者として活動を開始したバーチャルビーイング / 音楽アーティスト。YouTubeに限らず多方面で活躍の場を広げ、日本国内だけでなく海外からも人気を博している。2018年7月に初のオリジナル曲「Hello, Morning」を配信リリースしたのを皮切りに、本格的な音楽活動を開始。同年12月に東京と大阪で初のワンマンライブを開催し、翌年には大型フェス「SUMMER SONIC」に出演した。2022年2月26日に行われたオンラインライブイベントをもってスリープ(活動休止)していたが、3年後の2025年2月26日、キズナアイからKizunaAIに名義を改め音楽アーティストとして再始動した。