心の脂肪を減らす=「シンクスリム」
──自身の初アルバムはどういう作品にしようと構想していたのですか?
ウォルピスのアルバムに携わらせてもらったとき、僕より技術があるエンジニアさんがたくさんいる中で、普段の付き合いとか、これまで一緒にやってきたことを大事にしてくれて、僕を選んでくれたことがすごくうれしかったんです。だから僕がアルバムを作るときも、今までの活動で築き上げた関わりを大事にしたいなと思って。書き下ろし曲の依頼は昔から知ってる方にお願いしていますし、ジャケットは活動の初期の頃からお世話になっている街屋さんに描いてもらいました。街屋さんとは付き合いが長いからか、アルバムのタイトルを伝えただけなのに、すごく作品に寄り添ったようなイラストを描いてくれて。
──ちょっと仄暗い感じと言うか。
僕、基本的に暗い性格ですから(笑)。「こういう曲を入れようと思う」って言うのは伝えていたんですけど、いい感じに暗くてスタイリッシュな感じに仕上げてくれて。さっきも言った通り、このイラストを描いてもらったおかげでアルバム制作に気合いが入ったので、本当に感謝しています。
──書き下ろし曲をお願いするときは、どんなオーダーをしたんですか?
あまり細かいことは指定していないんです。今回楽曲をオーダーするに当たって、改めて自分の武器ってなんだろうって考えてみたときに、僕に武器らしいものが見当たらないような気がして。と言うのも、僕はボカロ曲という“本家”の雰囲気を壊さずに、自分が楽曲に染まろうという意識で歌っているんです。だから作家さんには「皆さんの色を全面に出してほしいです。そこに僕が溶け込みますから」と伝えました。それぞれが個性を発揮したほうが“モザイクアート”っぽくなるという狙いもありました。それに付き合いの長い作家さんだから、きっといい曲を書いてくれるぞって確信もあって。
──特に付き合いが長い作家さんは誰ですか?
万玄斎ですね。彼は以前から「アルバムを出すときは声をかけてくれ」と言ってくれてたんですよ。今回はその約束が果たせて本当によかったです。万玄斎は最近ボカロ曲を公開していないけど、ずっと音楽は作り続けていて。今回「ログライト」って曲をもらって、彼の技術の向上をすごく感じました。歌詞も付き合いが長い分、僕に合ったものを書いてくれた実感があります。
──作家陣の中でピノキオピーさんだけ、ちょっと世代が違いますよね。
実はピノキオピーさんとご一緒したのは今回が初めてなんです。せっかく全国流通でCDを出すのなら、こういう機会じゃないとお願いできない方に声をかけてみようと思って、恐縮ながらオファーしてみたんです。それと、ピノキオピーさんには楽曲打ち合わせの際になぜか僕が悩み相談をしたんですよ。今年の4月くらいから、なんかうまくいかないなあって思うことが多くて。例えば、流行っていたからInstagramに手を出してみたんですけど、散歩のときの写真とか、ごはんを食べるときの写真を載せている自分に疑問を感じて「僕、こんなおしゃれなことやってていいのかな」と思ってアカウントをとっさに消したり(笑)。ひと皮剥けたいと言うか、心の脂肪を減らしたいって相談をしました。
──なるほど。それで曲のタイトルが「シンクスリム」なんですね。
はい。流行ってるから手を出してみたけど、自分に全然合ってないやってことって、世の中に意外と多い。だから僕と同じような感覚を持った人たちに共感してもらえたらいいなあと思います。
2次創作の連鎖
──書き下ろし以外の楽曲は、いすぼくろさんがすでに“歌ってみた”を投稿した楽曲だけでなく新しいカバーも含まれています。どういう基準で選曲したんでしょうか?
一番は自分の好きな曲。それとアルバム12曲で統一感を持たせつつ、その中で幅広くいろんなサウンドが楽しめるように意識して選んでいます。
──いすぼくろさんって、あまり有名な曲を選ばない傾向にあるな、と思いました。
自分が大好きなのに“歌ってみた”が全然ない曲を発見すると「僕がやらなきゃ」って思っちゃうんですよね。僕は2次創作の文化が好きだから、みんながみんなカバーしてる曲をやるより、まだ2次創作が生まれていない作品をやることに面白さを感じている部分もあって。今回ジャケットを描いてもらってる街屋さんには、歌詞カードの中で各曲をテーマにしたイラストを描き起こしてもらったんです。
──カバー曲もオリジナル曲もすべてにイラストを付けてくれたんですね。
はい。昔は曲のイメージイラストを描くような人って多かったんですけど、最近は動画そのものがよくできているからか、既存の曲に新しいイメージを作る人って少なくなったと思うんですよね。曲を聴いてほかの誰かがイラストを描いて、それでほかの誰かが動画を作る、みたいな2次創作の連鎖が好きだったので、今回は僕が無理を言って街屋さんにイラストを描いてもらったんです。それとMI8kさんは書き下ろし曲のボカロバージョンも作ってくれて。
──ボカロ曲だとカバーしやすい、みたいな風潮は確かにある気がします。
歌い手が歌うオリジナル曲って、なぜかカバーがあまり出てこないんです。今回はMI8kさんが「ボカロ曲を作りたい」って自分からおっしゃってくれたんですよ。2次創作が作りやすい環境みたいなものを考えているんだなって思って、うれしくなりました。
一度原点に立ち返って
──これまで顔出しをしてこなかったいすぼくろさんが、アルバムの発売記念イベントを実施するのには驚きました。
スタッフの方に「リリースイベントはどうしますか?」って聞かれて、1カ月くらい悩んだんですよ(笑)。でもリリースイベントって同人CDを作っているだけでは経験できないことなので、せっかくだしこれまでお世話になった人には挨拶をしたいなと。今ではけっこう楽しみになっています。
──ちなみにライブをする予定はないんですか?
今のところ予定はないですね。ただ僕は気分屋なのでいつどういう気持ちに転ぶかはわからないし、もしかしたら自分の気持ちがライブに向くこともあるかもしれないなって思っています。
──初アルバムが完成して、今後の活動についてはどう考えていますか?
アルバムを作ってみて、一番強く感じたのが「実力を付けたい」ってことなんです。素晴らしい書き下ろし曲を提供していただいておきながら、自分の力では表現しきれないところがまだまだあるってことを感じて、それがすごく悔しかった。もちろんアルバムを作り終えてやり切った達成感はあるんですけど、もっと自分自身が成長しなければいけないってことに気付きました。だからライブにたくさん出たいとか、これからCDをたくさん作りたいとかそういう感じではなく、一度原点に立ち返ってまたしっかり歌を磨いていきたいなと思っています。
──一歩踏み出してみたことで、原点に立ち返る必要性を感じたと。
そうです。僕が動画を投稿し始めた頃って、余計なことを考えずに歌の練習をして、満足いくまでミックス作業に没頭して作品を作るってことを自然とやっていた。1つアルバム制作という大きなことを成し遂げたからこそ、またコツコツ練習して1曲1曲を大事に歌っていきたいなって改めて思うようになったんです。
- いすぼくろ「MOSAIC ART」
- 2017年11月22日発売 / Subcul-rise Record
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[CD]
2400円 / SCGA-00066
- 収録曲
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- ONE OFF MIND
[作詞:蜂屋ななし / 作曲:VAN DE SHOP] - フィクサー
[作詞・作曲:ぬゆり] - スマートを模索する
[作詞・作曲:sasakure.UK] - 路地裏タッグ
[作詞・作曲:Task] - シンクスリム
[作詞・作曲:ピノキオピー] - ラウジーカ
[作詞・作曲:saiB] - 甲斐甲斐しい言葉の闇に
[作詞・作曲:ただのCo] - ログライト
[作詞・作曲:万玄斎] - 曇
[作詞・作曲:瀬名航] - 嗤うマネキン
[作詞・作曲:MI8k] - シルバーワープ
[作詞・作曲:MI8k] - シャルル
[作詞・作曲:バルーン]
- ONE OFF MIND
- いすぼくろ
- 男性ボーカリスト。2012年12月、ニコニコ動画に「独りんぼエンヴィー」の“歌ってみた”動画を投稿し、以降定期的に歌唱動画を公開している。投稿楽曲のほとんどのミックスを自身で手がけているほか、アーティストのアルバム制作に携わるなどサウンドエンジニアとしても活躍する。2016年2月投稿の「ONE OFF MIND」の歌唱動画が63万回以上の再生数を記録(2017年11月時点)している。2017年11月には自身初のアルバム「MOSAIC ART」をリリースした。