石崎ひゅーい×菅田将暉インタビュー|ついに実現!あいもかわらず、愛を歌い続ける2人の充実コラボ (2/3)

2人の関係を言葉にすると

──改めて、石崎さんと菅田さんの関係を言葉で言い表すとするならば、どういう関係と言えますか?

石崎 簡単に言ってしまうと「大切な人」なんですけど、僕は本当にパートナーだと思ってます。音楽を作るという作業の中で、すごく頼りになる存在でもあるし。プライベートでも仲いいし。2人の関係って、なんだか、物語みたいなものだなと思ってますね。それを1冊の本を書くような感じで音楽として紡いでいくというのもありました。菅田くんって、僕がいつも思い描いてる物語の主人公みたいな存在なんです。

──菅田さんとしてはどうでしょう?

菅田 うーん、ひと言で言うのは難しいけれど、最初の出会いから、いろいろなものを作ったり、遊んだりしてきて、間違いなく人生の節目節目で関わっている。理屈じゃなく、そういうサイクルになっている。だからパートナーっていうのもすごくわかるし、恐れ多い気持ちもあるけれど、単純に一番おもろいんですよね。誰かと一緒に何かを作ろうってなったときの、これ以上ないスピード感とテンポ感があるというか。忖度なく、相違なく、パーンと同じところに視点が合う感じがある。

石崎 それがデカいよね。そこがあまりブレないから。

菅田 そういう感覚がある人って仕事場ではいたとしても、プライベートまでも共有できることってなかなかなくて。たぶん、ひゅーいくんも僕も表方であるという共通点もあって、何かが一緒なんでしょうね。そうとしか言いようがないです。

──最初の出会いはかなり前のことですよね。

菅田 僕の記憶だと「ロミオとジュリエット」という舞台を、若葉竜也くんと一緒に観にきてくれて。楽屋裏で会ったのが最初だよね。

石崎 そうそう。竜也くんから、菅田くんが僕の「花瓶の花」を好きだと言ってくれてるって聞いて。

菅田 もともと普通にファンだったんです。そのときはまだ「花瓶の花」もリリースされてなくて。その後、「花瓶の花」が音源化されたときに雑誌で対談したよね。そこからは早かった気がします。

左から石崎ひゅーい、菅田将暉。

左から石崎ひゅーい、菅田将暉。

石崎 その対談のあとに、菅田くんも同じレコード会社から曲を出す、しかもチームが同じになるということが決まって。「ええ? どういうこと?」ってすごく驚いたんですけど、僕から「対談のお礼をしたいから会わない?」って連絡をして、赤坂の蕎麦屋に来てもらって。

菅田 そうだ! 懐かしい。

石崎 すごく高い蕎麦屋で、プライベートで好きな音楽だったり、いろんなことを話したんですよね。そうしたら感覚がけっこう似ていて。そこで僕は「ああ、この人と何かやりたいな」という気持ちが自然に湧き上がってしまって。本当にやることが決まってからは早かったです。

菅田 早かった。めちゃくちゃ作ったもんね。

石崎 2人で会って、音楽を作って遊ぶようになった。あのときの僕らの遊びっていうのが、音楽を作ることだったんです。

──リリースが決まってるとか、そういうのはまったく関係なく曲を作ろうと。

石崎 はい。

菅田 それまでにも、永嶋柊吾とか仲野太賀とか若葉竜也くんとか、友達と曲を作る遊びをしていたんです。でも、みんなベースが俳優だし、プロの音楽家でもないし、人に聴いてもらうというよりは、作ることが楽しくて。ただ、どこかで人に聴かせられるようなものも作りたいなと思ってた。で、当時のマインド的には、雑誌連載を始めたり、「ラジオをやりませんか」「音楽やりませんか」とお声がけいただいた時期でもあって、新しいところに飛び込んでいくことがすごく多くて。結局、仕事上でのストレスは仕事上で発散させないといけないと思ったんですね。プライベートで何かをしてもスッキリしない。逆にプライベートで傷付いたことはプライベートじゃなきゃ消化はできない。この両方を解決する手段が、僕にとって、ひゅーいくんと音楽を作ることだったんです。だから、本当にしょうもない、「ふられたんだ」とか「この人のことが大好きで」とか「この間、仕事でこんなことあって」とか、そういうものをひゅーいくんに渡していたんですけど、極上の料理みたいなものになるんですよ。僕としては捨てるつもりだった食材がフレンチみたいになって返ってくる。それがもうおもろくてしょうがなかったっていう感じです。

石崎 たぶん、言葉も思いもめちゃめちゃ溜まってたんだよね。それを僕に見せてくれたんですよ。「今日、仕事で現場なんだけど、こんな感じの文章ができた」みたいなLINEが送られてきて、それを音楽で返すっていう。

菅田 文章の羅列なので、AメロとかBメロとかサビとか、何もないんですよ。でも、僕の中でなんとなくイメージがあるからちょっと区切って送ると、不思議なことに、もうそのまんま、それが音楽になって返ってくる。ワンタッチで作曲してくれるんです。ボタンを押したらジュースが出てくる、みたいな。あれはすごいよね。

2人でつるんで曲作り

──クレジットとしては楽曲提供ということになっていますが、石崎さんの意識としても、作家としての関わり方とは全然違うスタートだった?

石崎 全然違いますね。今でもそういう意識はまったくないです。

菅田 そこは変わってないですね。

──最初に作った曲は?

菅田 最初が「クローバー」(菅田の2ndアルバム「LOVE」収録曲)と「台詞」(1stアルバム「PLAY」収録曲)だよね。まだ遊んだりするようになる前、最初にスタジオで会おうって言って、そのときにひゅーいくんが「こんなのどう?」って持って来てくれたのが「クローバー」と「台詞」だった。あの2曲に関しては一緒に曲作りしてない段階だよね。

石崎 そうそう。最初に2人で真面目にスタジオに入ったときで。「クローバー」はもともと原型みたいなものがあったんですけど、菅田くんと曲を作るとなったときに、それを再構築して。僕の中の菅田将暉像みたいなものがあったので、菅田くんを主人公にして勝手に書いた曲でした。

──ドラマ「トドメの接吻」の主題歌「さよならエレジー」はどうでしょう? これはドラマの話があって、それを2人で共有して作っていった?

石崎 そうです。お話いただいたときに、菅田くんがまず、格言みたいなのをくれるんですよね。これはこういうものだからって。それにもとづいて作っていきました。

菅田 毎度テーマがあるんですよ。「エレジー」だと、ドラマの内容とか、「僕にとっての山﨑賢人という存在を歌いたい」みたいなことを僕がしゃべって、それを投げて。だいたい毎回そういう感じで作ってますね。

左から石崎ひゅーい、菅田将暉。(撮影:鈴木友莉)

左から石崎ひゅーい、菅田将暉。(撮影:鈴木友莉)

──その後にタッグを組んで作ったのは?

菅田 1stアルバム収録の「いいんだよ、きっと」とか、いろいろありますね。「エレジー」の頃にいっぱい作ったんですよ。「いいんだよ、きっと」は、僕が言葉をバーッと書いて「Oasisっぽいのやりたいんだけど」って言ったらワンタッチ作曲でできた曲で。

──石崎さんとしては、菅田さんと“つるむ”って言い方でいいですかね?

石崎 はい。

菅田 うん、まさにつるむって感じですね。

──そうやってつるむようになって、曲作りのエンジンがかかる、ガソリンが入る感じはありますか?

石崎 めちゃくちゃありますね。菅田くんとの制作はインプットなんですよ。いろいろ出しつつ、もらう感じ。自分の中に菅田くんがちょっと入ってる感覚があるというか、もし出会ってなかったら生まれなかった表現が、今の僕の中にいっぱいあります。

──菅田さんはどうでしょう。石崎さんとつるむようになって、表現の幅が広がったり、自分にとってのガソリンになったりするような感じはありますか?

菅田 まさに両方ありますね。幅も広がってるし、ガソリンが燃えさかってる感じもある。ひゅーいくんはよくインプットだって言ってくれるんですけど、僕からしたら、ガソリンばっか溜まってるのに燃やす場所がない、走らせる車もないみたいな感じなんですよね。そこに、アクセルを踏んだら1秒後に300km/h出るようなバキバキの車を用意してくれる。怨念みたいなものをブワーッと曲にしてくれる。そのおかげで僕は生き長らえてるみたいな感覚もあります。しばらくひゅーいくんと作ってないと、体が重くなるというか。そういう“必要事項”になっている感じです。