がらりインタビュー|システムエンジニアからアーティストへ、理論派SSWの1stアルバムからほとばしる情熱 (2/2)

一番大事なのは曲なので

──そしてこのたび、1stアルバム「手のひら望遠鏡」が完成しました。これまでに発表してきた7曲に新曲7曲を加えた、全14曲というボリュームの作品に仕上がっています。

作った時期で言うと一番古いのが「ケセラセラ」で、一番新しいのが「女郎蜘蛛」なんですけど、1曲1曲できるたびに「自分にはここもできるんだ、こっちもできるんだ」と発見していくようなアルバム制作でした。それこそ望遠鏡を覗いて、新しい星を次々に見つけていくみたいな。

──中でも特にターニングポイントになった曲を挙げるとすると?

けっこうどの曲もそうなんですが……がらりとして最初にリリースした「さよならは真夜中に」と、ラストナンバーの「パーティーチューン」は僕の中で対になっている曲で。孤独に苛まれて、夜に飲み込まれて消え去りたい人の気持ちを書いた「さよならは真夜中に」から、「ひとりぼっちだってさ 構わないよ」と歌う「パーティーチューン」までの14曲になっているんですね。しかも「パーティーチューン」は「晩酌の流儀3」というドラマのオープニングテーマとしてご依頼いただいて書いた曲で、“1人の時間を楽しむ”がテーマのドラマなんですよ。このタイミングでその話が来たというのが、なんかすごく運命的だったなと思っていて。このアルバムを締めるのに一番適したテーマを外部から与えてもらって……“導かれた”とまで言ってしまうとオカルトがすぎるかもしれませんが、それくらい幸運な巡り合わせで生まれた曲だと感じています。

──オーダーを受けてそれに即した曲を作る、という作業についてはどうでしたか?

それが、ほとんどその苦労はなくて。ただ唯一、1行目の歌詞だけはけっこう悩みました。最初のデモ段階では「悲しいことがあっても」みたいな切り口の歌い出しだったんですけど、番組側から「もっと悲しくない感じにしてほしい」という要望をいただいて、確かになあと。「金曜深夜の放送だし、1週間仕事をがんばった人が休日前にテレビをつけて観るドラマの一発目、どんな歌が流れたらうれしいかな?」と3日くらい悩んだんです。結局、すごくシンプルに「今日も一日お勤めお疲れ」が一番伝わるんじゃないだろうかということで、この形になりました。

──サビメロも非常にシンプルかつストレートで、このメロをちゃんと残せるところががらりさんのすごいところだなと感じました。並の理詰めミュージシャンだったら、これを「オーソドックスすぎる」とか言っていじっちゃうと思うんです。

ああ、なるほど。僕は「このメロディ、いじるとこないな」と思いながら作ってましたけどね。ファミレドシドっていうオーソドックスな階段音階で、しかもキーもCで……ただ唯一、コード進行にはちょっとした仕掛けを施しました。最後は251(2度、5度、1度の順に展開する最も基礎的な進行)で終わりたいなと思ったので、それまで4361(4度、3度、6度、1度のいわゆる「丸の内サディスティック」進行)だったのが、「トゥー・ファイブ・ワンで酩酊」という歌詞のところで本当に251になるんですよ。メロディはずっと一緒なんですけど。

──そこの発想は理系的なんですね。

理系な感じで申し訳ないんですけど(笑)、そういう仕掛けはアルバムの随所に仕込んでありまして。例えば「女郎蜘蛛」のイントロとアウトロで雨のSEを鳴らしたあとに「午後二時の通り雨」っていう曲が来たり、そのサビで「駆け抜けろ急いで青春を」と歌った直後が「青春写真」っていう曲だったり。ほかにもアルバム前半の「砂の歌」と後半の「夢酔い」で鼓動や呼吸というものの捉え方がネガポジ反転していたりとか、細かい伏線回収をけっこうしてるんですよ。曲名の文字数にも気を使っていたりして、そこは椎名林檎さんの影響が大きいです。

──それはちょっと感じました。「踊れマリア」と「揺れるピアス」の字面的な対比とか、かなりそれっぽいですよね。

そうですそうです。当初は椎名林檎リスペクト全開で全部の曲名をシンメトリーにしたろうかと思ってた時期もあったんですけど、そういう話をしようとしてるわけではないことをふと思い出しまして。どう考えても「揺れるピアス」はラス前じゃないと機能しないぞと。

──そこががらりさんのいいところですよね。ギミックよりも音楽的な必然性をちゃんと優先できるというか、我に返ることができる。

うははは。そうですね、一番大事なのは曲なので。

──お話を伺っていると、やはり本質的にソングライターの人なんだろうなと感じます。シンガーであること以上に、ソングライターであることのほうが核に近いんじゃないですか?

かもしれないですね。実際、めちゃくちゃボーカリストとしてやってきた人間ではないですし、以前森崎ウィンさんに楽曲提供させていただいたときも、自分で歌う想定じゃないからこそ出てきた言葉やメロディがあったので。核にあるのがどっちかと言われると難しいですけど……まあでも、自分で歌うことによって細かなアプローチが的確にできているところはあります。

──自分が一番使い勝手のいいボーカリスト、という感じですよね。

その通りです。そういう意味では、自分のボーカルありきというよりは、自分に向けて曲を書き下ろしているソングライターの感覚のほうが確かに強いかもしれないです。

ほとんどの面白い話はボケの時点で成立している

──アーティストとして、今後こういうふうに活動していきたいというビジョンは何かありますか?

まずは「もうちょっとがらりというコンテンツがバズらなければ」と思っていまして、日々そこに一番焦りを覚えていますね。当たり前ですけど、そもそも人に求められなければがらりは成立し得ないので。これが世の中にどれだけ広められるのか、広まるものなのかというところをまず1個見たいなと思っています。

──なるほど。

それに加えて、今は音源を作る活動がメインになっていますけど、どの曲もライブで演奏されることに耐えうるものだと思っていて。より生々しく、バンドサウンドとかでお届けできる機会があればいいなと思ったりもしています。

──やはりメロと歌詞というコアの部分がしっかりしているので、どんな形で演奏されても映えるだろうなとは感じます。

そうなんですよ。「この曲、バンドで生演奏は無理でしょ」と思う人もいるみたいなんですけど、絶対そんなことないなと思いながら作っていて。ライブなどを通じて、「全然そんなことないよ」という話をしたいですね。

──聴き手の成長を促したいという目線も持っているんですね。

まさしく(笑)。音楽はもっと豊かなものである、ということを思い出してもらいたいんですよ。例えば「踊れマリア」みたいなビートの曲はメインストリームにはないものだけど、わかりやすいバックビートじゃなくても全然聴けるでしょ? カッコいいでしょ?って話をしているような気がします。曲を通じて。

──そうなると「バズりたい」がゴールではなくて、なんなら「バズることによって世の中を変えたい」くらい思ってます?

ああ、あるかもしれない。啓蒙しようとしているところはありますね。「みんな、曲単体で評価するということを忘れてないか?」って。けっこう、多くの人が音楽を文脈で見るじゃないですか。「あの作品に使われてた」とか「あの人に評価されていた」とか、それこそ「再生回数が」とか。そうじゃなくて、「あなたの心の中にある曇りのないレンズで曲に接して、素直に感動することの喜びを思い出しませんか?」ということを言いたいです。そういう真っ当な聴き方をすることで、この「手のひら望遠鏡」というアルバムの聞こえ方も全然違ってくると思うんですよ。

──みんなが「いい」と言わないものを自分だけ「いい」とは言えない、という謎の空気感はずっとありますよね。

そうなんですよ! もっと自分の審美眼を信じてあげてほしいなと思うんですけど……それで言うと、日本にはツッコミ文化ってものがあるじゃないですか。ほとんどの面白い話って、実はボケの時点で成立してるんですよ。なのに、「ここが笑うところですよ」ってツッコミでガイドしてあげないと安心して笑えない人が多い。これは不健康な状況だなと僕はずっと思っていて。

──そういう意味では「R-1グランプリ」の存在意義は大きいと思うんですよね。あれは基本的にボケだけで笑わせる大会なので。

なるほど、確かに……なんか、まさかの方向性の話になっちゃいましたね(笑)。

がらり

プロフィール

がらり

システムエンジニアから転向し、2022年に音楽活動を開始した大阪出身のシンガーソングライター。楽曲ごとに“がらり”と変わる作風が特徴で、すべての楽曲の作詞作曲に加え、ジャケットアートワークやミュージックビデオの制作など作品に関するほぼすべてのクリエイティブを自ら手がける。TikTokに投稿された「さよならは真夜中に」がリリース前に大きな反響を呼び、約150万回再生を突破。2024年7月より放送されたテレビ東京系ドラマ「晩酌の流儀3」のオープニングテーマ「パーティーチューン」を書き下ろした。同曲も収録された1stアルバム「手のひら望遠鏡」が11月にリリースされた。