ロックとオーケストラの橋渡し
──「魔王シンフォニー」というタイトルの由来は?
黒ミサかな。秘密結社の宗教儀式みたいな雰囲気というか、覗いてはいけない場所に飛び込んでしまったような世界観を作りたくて。通常のオーケストラのコンサートはステージ全体が白い照明ですけど、それとはまったく違っていて。こういうコンサートはクラシックファンの方は体験したことがない。そもそもロックとクラシックにある壁って、かなり高い。ファン同士の交流もほとんどないけど、「魔王シンフォニー」がうまくいけば、相乗効果でマーケットが広がるかもしれないなと。ロックしか知らない人がオーケストラ音楽に興味を持ったり、オーケストラを好む人がロックのパワーを感じたり。そういう橋渡しができるはずだと。
──GACKTさん自身も、クラシックとロックの両方をルーツとして持っていますよね。
ボクはもともとクラシックの人間で。18歳くらいだったかな、初めてバンドをやったときに「ロックってすごいな」と感動したのを今でも覚えてる。それまではどっぷりとクラシックの世界にいて、正直に言うと、ロックをバカにしてた。ロックって、幼少の頃からやってる人はほぼいない。ロックの場合、10代の前半から半ばくらいでなんとなく楽器を触り始めて、見よう見まねで弾くようになって。「楽譜は読めないけどタブ譜は読める」みたいなレベルから始めるわけで、最初は演奏レベルも大したことがない。それに比べてクラシックの人たちは幼い頃からトレーニングしている人ばかりで、演奏もうまい。なのでボクも「ロックなんてヘタクソな連中が集まって、自己満足に浸っているだけだろ」と思っていた。でも、実際にバンドでステージに上がってみると、「たった数人のメンバーで、これだけのエネルギーを放出できるロックはすごい!」と。そのときの衝撃はずっと残っているし、だからこそ「魔王シンフォニー」でも、あのときの自分と同じようにクラシックのファンの人たちにロックのすごさを伝えられるはずだと。もちろん、逆も然りで。
言葉の壁を越えて世界へ
──「魔王シンフォニー」の終演後、GACKTさんはXを通じて、全国各地でこの公演を行うためのオーケストラを募集することを告知されていました。
これはボクの理想でもある。オーケストラって基本的に各県にある。市や県で運営してるところもあれば、私設オーケストラもあるんだけど、コロナ禍以降、どんどん減っている。そんな状況の中、全国各地のオーケストラの人たちと交流して、一緒に作品を作ることで、地域の活性化にもつながるんじゃないかなと。それも今のボクがやらなきゃいけないことじゃないかなと思っていたし、リハーサルのときから「これを全国に持っていく」ということをイメージしていた。実際、想像を超えるものができたし、さらに演出を加えていけば、とんでもないステージが実現できるんじゃないかな。
──国内のみならず、海外展開の可能性もありそうですね。
そうだね。世界の都市にも同じようにオーケストラはあるし、ボクがやろうとしているのは言葉の壁も関係ない。こんなことは世界の誰もやっていない。もしほかの誰かがうまくやっていれば、ボクはやってないわけで(笑)。
「待たせたな」
──コロナ禍に重なり、2021年にGACKTさんは発声障害による活動休止も経験されました。ステージで歌うことに対する思いにも変化があったのでは?
やっぱりライブを観に来てくれる方への感謝の気持ちが大きくなった。表現できる場所があるというのはすごく幸せなことなんだなって。時代の変化による影響もあると思う。25年前はネットによってここまで世界がつながるなんて誰も想像していなかった。音楽業界のことでいうと、1990年代の終わりにCDバブルがあったわけだけど、ボクは2000年頃からいずれCDはなくなると思っていたし、今やストリーミングが当たり前の時代にもなった。そうなると「生で届ける表現は、もういらないんじゃないか」という人たちも出てきて。要は「なんでも家で観られるんだから、それでいいじゃん」というような感覚。実際、映画もライブも客足が落ちた時期があったけど、みんな少しずつ「同じ作品なのに、家と会場では感動が違う」ということに気付き始めてきている。映画館でもコンサート会場でもそうだけど、同じ場所に人が集まって、その中で感動したり、喜んだり、悲しくなったりする。お互いに知らない人ばかりなのに、感情を共鳴させることでエネルギーが伝染していく。それは生でしか味わえないし、それってすごいことなんだよ。
──ステージに立っていて、観客の感情が動いてることが実感できる?
もちろん。ライブは一方向の表現ではなくて、多方向に感情が動く。ステージから客席に向かう感情もあるし、客席からステージに飛んでくる感情も、客席同士で行き交う感情もある。そういうエネルギーのぶつかり合いは目に見えないけど、確かに感じる。それが生で作品に触れることの意味だし、ボクらの世代はその素晴らしさをわかっている人が多い。でも、コロナ禍の自粛期間と多感な時期が重なってしまった世代は、会場に行かないことが当たり前になっているかもしれない。その世代に向けてどうアプローチするかが大事だし、生で味わえる感動をつないでいかないといけない。だからこそボクは「ライブにおいで」と呼びかける。表現できる場所があることは自分たちとってもありがたいし、観る側にとっても素晴らしいものだから。
──確かにそうですね。今の話を聞いて改めて思いましたが、GACKTさんがソロアーティストとして活動を始めてから、世界も大きく様変わりしましたね。
別世界だよね(笑)。ボクは思うんだけど、この20数年の進化って、本来は200年くらいかけて起こることじゃないかなって。正直言ってありえないというか、この変化についていけない人がいても当然。スマホにしても、入ってきた当初は「ガラケーでいい」という人もけっこういたけど、今や入国手続きもQRコードが当たり前になってるから。まあ、ボクは日本で販売される前のiPhoneを輸入して、自分でプログラミングを変更して使ってたような人間なんだけど(笑)。
──最後に25周年以降の活動のビジョンを教えてもらえますか?
まずは「魔王シンフォニー」のトライアルが想像以上にうまくいったから、それをさらに磨いて、いけるところまでいきたい。あとはそうだな……この前も知り合いとそういう話をしてたんだけど、今はもう「こうなりたい」「これをやりたい」ということがない。欲がなさすぎて「精神がおじいちゃん」なんて言われるけど(笑)。ただ、やらなきゃいけないことはあると思ってる。海外でのライブもそう。かなり早いタイミングから「私たちの国に来てほしい!」と待ち望んでくれてる人たちがいるし、ボクも昔から「必ず行くよ」と言っている。GACKTのソロ名義のVISUALIVEのセットをすべて持っていくのは予算的にも難しいんだけど、ダウンサイズしたものを見せるのはそれも違う。ボクの世界観を生で体験させてあげたいし、「これならみんなに届けられる」というやり方を作り上げて、少しでも早く「待たせたな」と言いたい。
公演情報
GACKT 魔王生誕饗宴2025
2025年7月4日(金)東京都 ウェスティンホテル東京
[昼餐ノ宴]開場 12:00 / 食事提供 12:30 / 開宴 14:00 / 終宴 15:30
[晩餐ノ宴]開場 17:30 / 食事提供 18:00 / 開宴 19:30 / 終宴 21:00
U-NEXT「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」
2025年7月4日(金)21:30~
見逃し配信:7月18日(金)23:59まで
プロフィール
GACKT(ガクト)
伝説のバンド、MALICE MIZERでの活動を経て、1999年5月にミニアルバム「Mizerable」でソロデビュー。耽美な世界観とポップなメロディが特徴で、女性ファンを中心に圧倒的な人気を誇る。またテレビのバラエティ番組などで目にすることができるユーモラスなキャラクターも魅力のひとつ。2009年6月にデビュー10周年を迎えたことを機に、さらなる飛躍を願いGacktからGACKTに改名した。近年は映画「翔んで埼玉」や「BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~」などで役者としても活躍している。最新シングルは2024年2月にリリースしたTUBEとの共作曲「サヨナラのかわりに」。2025年7月にライブアルバム「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」を発表した。