FIFTY-FIFTY Records特集 古川朋久×渡辺淳之介(WACK)対談 |元音楽ナタリー記者がレーベル立ち上げ、アイドル運営の“WACKな先輩”と初対談

忘れもしない3.11直後に観たBiS

──古川さんと渡辺さんの付き合いはもう長いんですよね。

古川 東日本大震災の直後、旧BiSが始まって間もない頃からです。僕は当時、アスキー・メディアワークスという出版社に在籍しながらゲーム雑誌を作ってたんですけど、エンタメ担当だったので主にアイドルにスポットを当てた記事を企画してて。で、震災が起きた直後だったんで、どのアイドルグループも活動を自粛してイベントが一気になくなったんですよ。僕がアイドルに対して熱量が高くて、とにかく現場に足を運びたいと思ってた時期だったのに。

──余震もあったし、全国的に自粛せざるを得ない状況でしたね。

渡辺淳之介

渡辺 どうしてもメジャーだと活動を自粛しないといけないし、どこも自粛ムードだったんです。BiSに関しては立ち上げ段階だったので、「がんばってアルバム作って売るぞ」と意気込んでいたんですけど、発売日の2週前くらいに震災があって。僕はその当時つばさレコーズに在籍していて、ビルの7階がグワーッて揺れたんです。超不謹慎なんですけど、「俺のCD発売ないまま死ぬかも。終わった」と思ったのはよく覚えてますね。でも考えたらインディーのレーベルだし、自分たちのことなんか誰も知らないから叩かれることもないだろうと。それこそ有名な地下アイドルとかも自粛してたので、「今しかねえ」と思うことにしました。そしたら始めた瞬間から100人以上動員があって。

古川 阿佐ヶ谷ロフトAにめちゃめちゃお客さんが入っていて、当時の自粛ムードを考えると「え?」って思うくらい。そんな100人以上いる中でBiSがライブをやるんですけど、本当に“お遊戯”みたいなもので「これは成立してるのか?」と思ったもんです。しかも余震が続いていたし、地下にいてもけっこう揺れるんですよ。上からサーッと砂とか小石とかが落ちてくる中で「nerve」だけ何回も踊り続けていて。狂気じみた雰囲気で僕もおかしくなってたのかもしれないですけど「この子たちはヤバい」と思いました。でも当時から楽曲のクオリティはめちゃくちゃ高かった。

渡辺 今も昔もずっと曲は松隈ケンタ(音楽プロデューサー / SCRAMBLES)なので。

古川 当時そこで初めて松隈さんにも会ったし、あの日のライブをきっかけによく観に行く感じになって。ただ当時、僕はまだアスキーにいたんです。アイドルの仕事をガッツリやっていたわけじゃないんですけど、好きでいろいろ観に行って、渡辺さんから「いろいろ一緒にやりたいっす」と言ってもらっていたんですけど、一緒になる機会がないまま時間が過ぎました。

渡辺淳之介とナタリーをつなげたフィクサー

──2013年頃から古川さんは音楽ナタリーの編集部に在籍していました。

渡辺 僕が覚えている限り、古川さんがナタリーに入ってから初めてお会いしたのは新木場1stRINGかな。

古川 DDTプロレスリングの大会だ(参照:BiSプー・ルイ、DDT両国大会でシングルマッチ決定か)。

渡辺 そうそう。国技館の本大会のプレイベントに古川さんが取材に来られて、そのときふと誰だったか思い出せなかったんですよね。でも「すげえ見たことある人だなあ」とは思っていて。

古川 ライブはちょくちょく観に行ってたんですけど、お仕事でご一緒してないから何年か空白期間がありましたね。

渡辺 そうですね。まだBiSが解散ムードになってないくらいのときに古川さんとようやくお仕事を一緒にする機会をもらって。実は今でこそナタリーさんにはWACKに対してはキモいくらいのいい対応をしていただいているんですけど、古川さんが来る前、当時はどちらかと言うとスルーされていた気が(笑)。「渡辺淳之介と関わるな」というのがあったんですかね?

古川 どうなんですかね。ナタリーと言えど作ってるのは人間ですから(笑)。

渡辺 僕もナタリーをディスった歌を出すような部分もあったのでアレですけど。わだかまりを解いてくれたのがその当時の古川さんだった。

古川朋久

古川 僕が「ナタリー入ったんでやりましょう!」と改めて渡辺さんに話してからは、わりとガッツリ現場に入って取材させてもらってました。BiSはそこから追いかけて、それこそインタビューとかいろいろやらせてもらって。先日EMPiREがやってましたけど、24時間イベントを当時のBiSもやっていて、24時間張り付きで取材してナタリーに載せてました。

渡辺 やりましたね。懐かしいなあ。

古川 けっこう無茶しながら。

渡辺 その当時はナタリーの編集者としての古川さんを見てたんですけど、「いつ寝てるんだろう? この人は」というフットワークの軽さでどこの現場にもいて(笑)。そのときのいわゆるAKB48とかももクロじゃないアイドル担当が古川さんしかいなかったんですよね。

古川 大きなグループを担当しちゃうと本当に今伝えたいグループまで手が回らなくなるなと思って。あとはやっぱりこの業界は感度がないとダメだと思うんですよ。そういう意味でわりと広く見られる人がいなかったというか。

渡辺 電話かけると、だいたいどっかの現場にいる感じでした。

古川 僕にとっては旧BiS解散というのがトピックとして大きくて、1つ時代が終わっちゃったくらいの感じだったんですよ。だけどそこからBiSHができて、今WACKがこの勢いで躍進してるのはさすがだなって思う。そこからの各グループの初インタビューをいつもナタリーでやらせてもらって、今振り返って読むとけっこう感慨深いものがありますね。BiSHとか特に。

渡辺 いろいろ勝手知ったる質問が飛んでいたので。彼女たちがまだうまくしゃべれなかったときから古川さんには見てもらってました。

古川 道玄坂のホテル街で撮影したこともありましたけど、当時はそのくらい攻めていくのがベストだと思ってやってたんです(笑)。彼女たちに付いていくにはこちらもガッツリやらないと熱量を伝えられないというのは正直あったので。

ライバルの必要性

──アイドルシーンは多様化の一途をたどっていますけど、当時のBiSが生み出したシーンはその先駆けのような。

渡辺 5年くらい前、でんぱ組.incが日本武道館で初ライブをした時期かな。地下アイドルにみんなすごく熱狂してたというか、シーン自体が浮ついていたというか。

古川 熱量の質が今と全然違いましたね。

渡辺 そうですね。今とは雰囲気が違うんですよ。別に下火になったとは思っていないんですけど、すごく落ち着いてるような。ちょっと寂しいんですけど、僕が旧BiSをやってた当時、ゆるめるモ!とかベルハー(BELLRING少女ハート)あたりがすごく面白かったんですよ。そこの第3勢力的な感じでdrop然り、いわゆるかわいい系がちょっとずつ出てきた時期だったので、すごくいろんなものがうごめいていて、言ってしまえば魑魅魍魎だらけの雰囲気がすごくあったんです。今はけっこうシーンが成熟して、棲み分けし始めちゃった部分はあるのかなと思っているんですけど。

古川 そんなイメージですね。その中でWACKはのし上がってきて。

渡辺 必死でした。WACKを立ち上げる前、旧BiSはでんぱ組とスプリットを出すとか、サブカル系アイドルの走りだったんです。シーンを盛り上げるためには事務所の垣根を越えたかったし、お互いに力を借りてすごくいい感じで話をできていて。でんぱ組のほうが有名だったんですけど、旧BiS解散によってでんぱ組と双璧になっていたサブカル系のアイドルシーンがなくなっちゃった。で、WACKを立ち上げ、BiSHがちょっとずつキャパを広げていく中で僕が一番欲しかったのはライバルだったんです。でもBiSH立ち上げ時にでんぱ組に「相手してくださいよ」と言ったところで、もちろん相手してくれないし。いろいろ考えた中で、周りを見渡すとライバルみたいな存在がいなかったんですよ。だからとにかく拡大路線で「WACKの中でシーンを作ること」を目指しました。

古川 具体的にそのシーンを作ろうと思ったのはどのタイミングですか?

渡辺 3年前、最初のWACK合同オーディションのときです。その前にBiSの再結成があるんですけど、BiSの再結成をして合宿をやったときにニコ生の生中継を観てた人たちが熱狂してたので、これはいけると思って。でもどうしてもBiSHだけが注目集めるようになっちゃってたし、BiSはBiS、ギャンパレはギャンパレと分かれていたお客さんをまとめたいと思ってたんです。そのために開催したのが合宿オーディションで、これは今や“神の采配”とも言われる、ギャンパレのカミヤサキとBiSのアヤ・エイトプリンスをトレードさせるというのもWACK全体を見せるためのプランだったんですね。単純にギャンパレにも興味持ってほしい、BiSにも興味持ってほしい、BiSHだけじゃないんだぞという思いが功を奏したのかなと思っていて。

古川 あれは半年以上トレードして、それぞれのグループでメンバーがようやくしっくりきたところで戻すっていう(笑)。もしかしたら戻さないみたいな雰囲気もあったけど。

渡辺 アヤもバカだから「ずっとギャンパレにいたい」とかわけわかんないこと言い出して(笑)。

古川 そういうドラマを生み出せるのもWACKの面白さですね。

渡辺 今のシーンがないって言ってたのは「突出した何かが起こりそうな感じがない」という意味なんです。それこそ旧BiSはまっとうにやれば普通に人気は上がっていってたはずなんですけど、いろいろ仕掛けることでより拡大していく路線を取って。今はゆるやかに拡大してる感じですけど、どちらかと言うと飽きさせないことをすごく大事にしています。