長久友紀(イヤホンズ)×矢野絢子「在りし日」インタビュー|イヤホンズの新たな挑戦は“手紙”がテーマ (2/2)

矢野絢子に宛てたラブレター

長久 矢野さん、喉強いですよね。ライブのときもお酒を飲まれてましたけど。

矢野 強いんですよ。お酒も飲むし、タバコも吸うんだけどね。

長久 お酒を飲みながら歌っているのに、ライブが後半になるに従ってパワフルになっていて。

矢野 酔っ払ってたねー。

長久 あはは(笑)。何か喉を鍛えるためにしていることがあるんですか?

矢野 ないない。普段から声が大きいんですよ。いつも息子から「うるさい!」って言われるもん。

長久 (笑)。歌い続けてきたことで変わってきたり、うまく歌えるようになったところもありますか?

矢野 うん。前はとても力んで歌っていたけれども、だんだん、緩めて歌ったほうがよく声が出ることがわかってきたし、そういうことはやりながら学んでいきましたね。体の使い方がわかってきたというか。

長久 なるほどー。せっかくだからいろいろ聞いておきたいです(笑)。作詞をやるうえでは、何かテーマがあったほうが書きやすいですか? それともまっさらなキャンバスの状態で書くほうがやりやすいのか。

矢野 断然テーマがあったほうが書きやすいですね。お題。

長久 最初は箇条書きのように書くんですか? それとも文章として一気にバババッと書くんですか?

矢野 だいたいサビの2行ができて、そのあとAメロの部分を考えて……とバラバラに作っていきます。

長久 へえー。サビから。

矢野 サビからが多いですね。サビか、歌い出しのどっちか。小説でも1行目がいいと読みたくなっちゃうじゃないですか。

長久 なります。「在りし日」なんてまさにそうですよね。「こんなことってあるのかい」で始まるから「なんだろう?」ってつい聴きたくなっちゃう。

矢野 そうそうそう。ツカミは大事。

「在りし日」リリックビデオより。

「在りし日」リリックビデオより。

長久 言葉の泉が湧き上がる源泉は、やっぱり小説とか映画ですか?

矢野 うん。子供の頃に読んだ小説や若いときに観た映画にはかなり影響を受けていると思います。物語が好きだったから。音楽から入ったというよりも、そっちの影響が大きかったかもね。

長久 今まで矢野さんの曲がカバーされたりとか、矢野さんがほかのアーティストに曲を提供したりしたことはあったんですか?

矢野 勝手に歌ってくれてるのはあるけど、有名な人が私の曲を歌うというのはイヤホンズが初めてじゃないかなあ。

長久 へえー。うれしい。プロデューサーのラブレターが届いてよかった(笑)。余談なんですけど……プロデューサーがもともと矢野さんの大ファンで。矢野さんにオファーをしたいんだけど、連絡手段がわからなかったから、ライブの問い合わせフォームに送ったらしくて(笑)。

矢野 (笑)。すごいラブレターだったんですよ。

ボキャブラリーなくすくらい感動

──イヤホンズの「在りし日」はリリックムービーも制作されました。矢野さんも映像は観ましたか?

矢野 もちろん観ましたよ。もう本当に最高でした。ボキャブラリーなくすくらい感動しましたよ。「すげー」とかしか言えなくなっちゃった(笑)。

長久 うれしい! ありがとうございます。矢野さんのご友人のバイクを盗まれた方にも届いてほしいです。

矢野 いやー、教えなきゃね。

長久 このリリックムービーは、まずクリエイターの候補の方が何組かいる中から、私たち3人の意見を入れつつ決めてもらったんですよ。それも私たちにとっては初めての経験で。

矢野 私も絵コンテの段階から見せてもらっていたんですよ。

長久 そうなんですか?

矢野 クリエイターのコメントが文章で書かれた、完成の1段階前のところから見せていただいて。それだと「なぜこういう絵にしたのか」という意図もわかるじゃないですか。だから完成版を観たときはよりグッときましたね。

──ミュージックビデオとは違って、歌詞がデザインされた文字として表現されるリリックムービーでは言葉と映像の結び付きもより強くなりますし、作詞した矢野さんご本人にとっては格別の思いがあるでしょうね。

矢野 最後にさ、バイク関連の絵が消えていくシーンがあるじゃない。あのシーンが素晴らしいなって。バイクというものを逆に限定しまくることで、違うものも連想させてくれる感じ。今までの自分とさよならして、新しい自分が今ここにいるんだというのが音と映像で伝わってきて、ものすごく感動しました。「そうなのそうなの!」みたいな。

嘘のない声に自分自身が癒されていく

矢野 高知に来られたことはありますか?

長久 前に一度お仕事で行きました。お仕事が終わったあと、現地のお酒も飲みました。日本酒がすごくおいしくて! 食べ物も言わずもがなおいしかったです。

矢野 飲もうよ。おいしいものいっぱい食べてもらいたい。

長久 食べたいですー。ぜひオススメのお店とか教えてもらいたいです。

矢野 もちろん!

──矢野さんが高知在住であることは、アーティストとしてのアイデンティティや強みにつながっているところもあります?

矢野 高知以外に住んだことがないから、どうにも比べられません。でも、日常と音楽が混ざっちゃってる感じが、自分の中では大事なのかな。いつでもどんな瞬間でも作詞作曲できるし、音を出せる環境。あと、自然があるというのが一番大事で、それは年齢を重ねるごとに実感します。

長久 私は兵庫の中でもちょっと田舎のほうの生まれで、山と緑に囲まれたところだったので、今思うと「空気がおいしい」ってすごくぜいたくだったんだなって。田舎に帰ると「呼吸ができてる」って感じるんです。

矢野 うん、大事大事。

長久 東京は便利なものがたくさんあって、いろんなものが手の届くところにあるよさはあるんだけど、「不便っていいな」と最近になって思うようになりました。ないからこそ貴重に感じるし、感謝の思いも強くなる。そこに感情が表れるということもあるんだなって。

矢野 そうだよね。素晴らしい。

──今はどこからでも世界に発信できる時代でもありますしね。イヤホンズは海外にも人気が広がっているし、矢野さんが高知で作った「在りし日」も遠い世界のどこかにいるリスナーに届くかもしれない。

矢野 「在りし日」で書いているような、何かを失った悲しみは全国、全世界で共通のものだと思うんですよね。「何かを失っても、生きてるうちは前に進めるよ」という思いが届けばいいなと思います。あと「日本最高だぜ」って言いたい。

長久 素晴らしい(笑)。「在りし日」のメロディや歌詞もきっと海外の方の琴線に触れる力があると思うし……日本最高だぜって思いも伝えたいです(笑)。

矢野 イエイイエイ。託した!

長久 うふふふふ。

「在りし日」リリックビデオより。

「在りし日」リリックビデオより。

──では最後に、歌い手として後輩であるイヤホンズに何か助言などあれば。

矢野 助言なんてないですよ。歌があって、その人の声があって、それだけで音楽は素晴らしいのに、イヤホンズの皆さんはそこに「演技する」というものも乗せているじゃないですか。自分の声じゃない声も出すということだよね。

長久 そうですね。

矢野 今思い付いたことを言うと、イヤホンズの3人には仕事でいろんな声の出し方を知ったうえで、一番気持ちいい自分の声で歌ってほしいなと思いました。すでにやってらっしゃることだと思うんだけど、最近ボイスワークをやっていて、改めて「自分の声」って大事だなと思うんですよ。おしゃべりしているときの声の出し方から変えていくと、自分の声を一番近くで聴いているのは自分の耳だから、嘘のない声に自分自身が癒されていくんです。……わかんない! 的外れなこと言っちゃったかな。

長久 いえいえ、ありがとうございます。「在りし日」は自分の声というものを改めて意識した、自分の声を好きになれた楽曲で。語りかけるような歌だからこそ、自分のものにしやすい楽曲だと思うので、大切に歌っていきたいです。

矢野 ありがとう!

マクロからミクロへ、イヤホンズの新たな挑戦

長久 (LINE通話を切って)はあ……夢のような時間が終わってしまった。私、すっかり矢野さんの大ファンになっちゃって。

──ここから長久さんお一人でもう少し話を伺います。イヤホンズの新曲としては、「identity」以来なのでおよそ1年ぶりですね(参照:イヤホンズ「identity」インタビュー)。その後、今年1月にひさびさの有観客ワンマンがあり(参照:イヤホンズ、1141日ぶり有観客ライブでコマクちゃんたちと再会)、ユニットとしての活動は少し間が空いていました。

長久 イヤホンズは作品を出してライブが終わるとひと段落、という流れがあって。しばらくするとプロデューサーから……。

──次のミッションが。

長久 はい。今回は“手紙”というテーマで新曲を作っていくというミッションをもらって。イヤホンズは今までいろいろと実験的なことをやってきたから、手紙と聞いたときは「意外と普通のテーマだな」と思ったんですけど、これまでのイヤホンズは抽象的……プロデューサーの言葉を借りると「マクロ的」な表現だった。次は手紙という送り手と受け手とシチュエーションという限定的な状況を作ることによって「ミクロ的」に表現したいということで、やっぱり普通じゃなかったなと(笑)。矢野さんをはじめ、今までイヤホンズと接点のなかった方々に楽曲をお願いしているんです。ちょっとドキドキしつつ、でもワクワクもしつつ。年々ハードルが高い楽曲が増えているのでちょびっと不安を感じながらも(笑)、新しい曲ができるのを楽しみにしています。

──「在りし日」は連続配信企画の第1弾ということで、ここから“手紙”をテーマにした楽曲が続くわけですね。新たなフェーズに突入するにあたり、ひさびさの有観客ライブからは何かフィードバックされることはありましたか?

長久 あったと思います。「お客さんが目の前にいるのって、こんなに楽しいんだ」というのが……ちょっと言葉にならないくらいで、気持ちがめちゃくちゃハネて。みんなと一緒に作る空間がこんなに楽しいんだ!という感想に尽きるライブでした。

──人間って楽しいな、という。

長久 人間好き!って思いましたね(笑)。もちろん声が出せないとか制約はあったんですけど、目の前のお客さんに向けて歌を歌って、笑顔とか拍手とか、返してくれるものがあることがこんなにうれしいことだとは!って。無観客のライブもそれはそれで楽しかったんですけど、やっぱり手応えがその場では感じられなくて、届いたコメントにゆっくり目を通して初めて「よかった、届いてたんだ」と実感できるんですよね。

──無観客を経験しての有観客、という体験をしたあとだと、ミクロ的な“手紙”というコンセプトもより実感を伴って受け止めることができそうですよね。

長久 そうですね。作家の皆さんも、手紙というテーマだけを投げられて「あとはお任せします」という感じらしく、それをイヤホンズがどう解釈して楽曲として完成させるかという、今回もまたひとクセもふたクセもある展開になりそうです。まだお話しできないこともあるんですけど……クセがすごいんじゃ、っていう(笑)。“手紙”という共通したテーマなのに、このあと続く曲は見事にバラバラなんですよ。手紙と言えばラブレターとか、友達に送るものとか、幅は狭いかなと思っていたんですけど。

──第1弾からバイクに宛てた手紙ですからね(笑)。

長久 そう(笑)。こんなにバラバラかつ難しいメロディを歌うのかという、今までとは違った難しさと格闘しています。私としては、歌詞に注目してほしいです。すごく刺さるんですよ。“手紙”というテーマだからなのか、共感できる部分がたくさんあって、この言葉の使い方は素敵だなとか、そういうポイントがめちゃめちゃ多いんです。リスナーとしては特に歌詞を重視するタイプじゃなかったんですけど、新しい楽曲に挑戦していくうちに意識が変わってきたかもしれません。

プロフィール

イヤホンズ

2015年夏放送のテレビアニメ「それが声優!」で主演を務める声優の高野麻里佳、高橋李依、長久友紀の3人からなるユニット。「それが声優!」作中で新人声優3人が結成するユニット「イヤホンズ」が現実でも活動を開始したというコンセプトのもと、同年6月にシングル「耳の中へ」でデビューを果たした。翌7月にアニメのオープニングテーマである「それが声優!」、9月には同じくアニメの挿入歌「光の先へ」をシングルとして立て続けにリリース。同年11月に1stフルアルバム「MIRACLE MYSTERY TOUR」、2018年3月に2ndアルバム「Some Dreams」、デビュー5周年の2020年7月には3rdアルバム「Theory of evolution」を発表した。2021年9月に新作「identity」をリリースし、2022年1月に約3年ぶりの有観客ライブ「イヤホンズ6周年記念LIVE『identity』」を開催。10月に連続楽曲配信企画の第1弾として、矢野絢子作詞作曲の「在りし日」をリリースした。

矢野絢子(ヤノジュンコ)

1979年、高知県生まれのシンガーソングライター。1997年よりライブ活動を始め、1999年に高知に「ライヴハウス歌小屋の2階」を立ち上げる。2003年に「軽井沢ラヴソング・アウォード2003」でグランプリを受賞し、2004年5月にシングル「てろてろ」でメジャーデビュー。地元高知に拠点を置き、精力的に音楽活動を行っている。2019年には絵本「ニーナ」を発表。2020年5月、12枚目となるオリジナルフルアルバム「彼女について」をリリースした。2021年4月には「ヒーリングエンタテインメント~絢s Salon Antenna~」を設立。音と声を使ったワークショップやヒーリング活動を開始した。