ドレスコーズ|僕らは何を学ぶ?ドレスコーズの“成長”するアルバムで、新たな知識や常識を考える

まるで電話で話しているようなサウンドの秘密

──各バージョンのアレンジをまとめた資料を拝見しましたが、「バイエル(II.)」の時点で「ぼくをすきなきみ」「よいこになる」「スコラ」など、アレンジを含めて完成している楽曲がいくつかありました。ラフなタッチが残っているものをそのまま完成版でも使ったのは、誰とも会わずに過ごしている状況を表現するため?

志磨遼平
志磨遼平

そうですね。今回、ボーカルはiPhoneの内蔵マイクで録ったテイクをそのまま使ったりしてるんですが、例えばもっと高級で高性能なマイクを使えば、まるで僕が目の前で歌っているように録音できます。さっき言ったような距離感も隔たりも感じない聴こえ方です。ところがiPhoneの内蔵マイクだと、まさに電話越しのような距離感が生まれる。電話越しの誰かの声は、離れてはいるけれどなぜか親密に感じられますよね。不思議なもので、iPhoneのマイクで録ったボーカルにもそんな親密さを感じて、僕は気に入っているんです。このアルバムのムードにぴったりなサウンドです。

──そしてCD盤やアナログ盤にも収録される完成版では、アルバム全体の音がより統一感が増し、一部楽曲にベースやシンセ、鉄琴の音が加わりました。いわゆるウォール・オブ・サウンド調の厚みがあるもの、手作り感をそのまま残したものが混在し、手法は異なりつつも温かみのあるサウンドに統一されています。全体を通して、優しい質感のアルバムになりましたね。

僕らの今の暮らしの温度とかムード、そういうものに近づけたつもりです。完成版は全体の質感を整えて、音の追加は少しだけに留めました。

──アルバムのレコーディングにはケンゴマツモト(G / THE NOVEMBERS)さん、ビートさとし(Dr / skillkills)さん、中村圭作(Syn)さん、荒木正比呂(Syn, Effect)さんといったおなじみのメンバーに加え、林正樹(Piano)さん、伊賀航(B)さん、さらに口笛で竹中直人さんが新たに参加しています。

ケンゴちゃんやさとしくんは特に交流も深いし、「彼らならこのアルバムの真意を理解してくれる」という確信がありました。あと、今回はピアノが根幹となる作品なので、誰にお願いするかすごく悩みました。林正樹さんは普段であればとてもお願いできないくらいお忙しい方なんですけど、こればかりはコロナ禍のおかげで、ちょうどスケジュールが空いてらして。

──林さんにはどのような演奏をオーダーしたんでしょうか?

「大きな会場でお客さんに向かって情熱的に弾くのではなく、家で自分のために演奏しているような感じで」とお願いしましたね。林さんだけでなく、ほかのメンバーにも同じニュアンスでお願いしました。

──一方で竹中さんの参加はとても意外でした。3月に行われたワンマンライブ「『IDIOT TOUR 2020』-TOKYO IDIOT-」にゲスト出演されただけでなく、竹中さんが監督を務めた映画「ゾッキ」に志磨さんが出演していたり、最近交流が多いですよね。

竹中さんは僕の一番年上のお友達、と言うと失礼ですが……数年前に僕が音楽監督を担当した舞台「三文オペラ」の録音盤を聴いて連絡をくださって。それから一気に仲よくなって、「TOKYO IDIOT」にも参加してくださいました。今回の「バイエル」でも「何か僕にできることはない?」とおっしゃっていただいて、口笛を入れてもらいました。

僕らはもう教えてもらう立場ではなく、教える立場になった

──歌詞についても、全体的に優しい視点や言葉がとても多く感じられたんです。例えば「ちがいをみとめる」だと「ちかいひとは ちかいけど とおいひとは とおくないよ」、「ぼくをすきなきみ」では「ぼくをすきな おんなのこ きみを ひとりじめにしたい」「ぼくをすきな おとこのこ きみを ひとりじめにしたい」というふうに、対立させたり否定するのではなく、どちらも認めていたり。

「ちがいをみとめる」はこのアルバムの中でも大事なテーマのうちのひとつですね。難しい言葉で言ったら、多様性。ここ最近、僕らは誰をも対等に扱うことがまだできていないことに、しばしば気付かされますよね。性別や国籍、ルックス、イデオロギー……そういった違いにまだこだわってしまう。そうじゃなく、「ちがいをみとめる」べきだ、すぐに変われないなら徐々に慣れる練習をしよう、というテーマです。

──「ちがいをみとめる」ということは、まさに避けては通れない問題だった。

志磨遼平

少し前にもある政治家が女性を蔑視した発言で大バッシングを受けましたけど、SNSに「どんな人の心にも彼と似た部分があるかもしれない、そこから目をそらさず向き合わねばならない」と書かれていた方がいて。この曲も同じようなことを歌っているというか、つまり「あの人は年寄りだから考えが古い」と非難するのも、またおかしいことなので。

──「不良になる」では不良は悪いものだと決めつけず、自分自身の心を大切にすることが歌われていたり、「ローレライ」の「よごれた ぼくの手でよければ あらいなおすから」「かぞえきれない 罪のかずも かぞえなおすから」という部分では自身の行いに対する悔いを表現しつつ、「ひとのこと みくだすくせを なおすから」「自分のことを みくだすくせも なおすから」と他人だけでなく自分も否定しないことが触れられていたり、視点の広さを感じました。

そういった視点が生まれたのは、僕らがもう教えてもらう立場ではなく、教える立場だと思うからです。でも自分ができていないことを教えるなんて、とてもおこがましいことですから。僕はもともと誰かに指示したり指導したりするのがものすごく苦手で。あまりに今まで怒られすぎたから、怒ってる人がすごく苦手なんですよ(笑)。だから自分が怒る側にはなりたくなくて。人の遅刻とか失礼なんかもなんでも許しちゃう。相手よりも僕のだめな部分のほうが多いと思ってしまう。だから人に何も教えることなく生きてきて。

──やっぱり発言と行動が一致していないと、ためらってしまう部分はありますよね……。

でも、そうやって自分をかえりみながら人に何かを伝える、教えるということを初めてやってみようと思って。僕のだめなところを直しながら、大事なことは伝えていく。その練習が「バイエル」の歌詞です。「僕はいつまで経ってもだめだから……」と自分を見下す態度も直して、克服しないと。そういう意味で、「バイエル」は僕自身が成長するための作品でもあります。

──そこで学びというテーマにつながっていったんですね。

そうそう。「人に教えるのが上達の近道」って言いますからね。

──「誰かに何かを教える」という行動は、ライブツアー「《バイエル(変奏)》」のために一般募集した、演奏メンバーとの活動にもつながりそうですね(参照:ドレスコーズは、バンドである。次回ツアーであなたもメンバーになれるチャンス)。先日メンバーの募集は終了しましたが、今はどのぐらい用意が進んでいますか?

まさにこないだ、応募で集まったメンバーと一緒に初めて練習したんですよ(※取材は5月上旬に実施)。

──どんな編成になるかは……。

……ふふふ(笑)。

──まだ内緒と(笑)。それから8月には「FUJI ROCK FESTIVAL '21」への出演も決まりました。2011年の毛皮のマリーズでの出演以来10年ぶりとなりますが、こちらの編成はどうなるんでしょうか?

まだ考えてないんですよね……だめだなあ(笑)。これからじっくり悩みます。当日までのお楽しみということで。

「学び」とは、変わらないものを知ること

──「バイエル」はこれから何を学び、どのように成長していくべきかを表しつつ、コロナ禍によって生まれたさまざまな不安に対して、優しく寄り添うような作品に感じました。その一方で「はなれている」「しずかなせんそう」のように、このパンデミック下における寂しさややりきれなさ、「だれかに 求められ も しない」というミュージシャンとしての志磨さんのメッセージが込められた「不要不急」など、シリアスな内容の楽曲もあります。

「バイエル」に入っている歌は、現状に対する反抗や憤りから生まれたものも多いです。なので、これは僕なりのプロテストソングだと思うし、「バイエル」は怒りの作品だとも思っています。その一方で、自分と音楽の関係性みたいなものもよくわかるようになって。昨年からたくさんのライブが延期されたり中止されたりする中で、「音楽は不要ではない、必要なものだ」ってみんなが声を上げていて、でもなぜか僕はぼんやりしたまま別のことを考えていて。早くライブがしたい、耐えられないという気持ちにもならなかったし、もっと言えば音楽が必要不可欠だとも思わなかった。これは僕が好きで勝手にやってることなんです。誰にも必要とされず、何の役にも立たず、不要不急だけれど、僕にだけは必要なこと。そういうことがやりたいんだとわかりました。

──先ほど新しい知識や常識に関する話題が出ましたが、コロナ禍に入ってからはこれまで常識だと思われていたこと、さらに言えば人としてするべきではないことも覆されるような出来事がいくつも起こり、とても強い不安を感じています。そういった状況に陥ったとき、志磨さんは何を基準にして判断していますか?

志磨遼平

なるほどなー……。

──漠然とした質問になってしまうのですが……。

僕はインスピレーション……ひらめきを何よりも信じています。たとえそれがどんなに常識外れなひらめきでも、僕のひらめきは僕が守ってあげないと。だって常識なんて、この1年で全然変わってしまうぐらいあやふやなものだということがよくわかったじゃないですか。極端な話、戦時中はたくさん人を殺せば勲章がもらえて、戦争が終わった途端に凶悪犯扱いになるわけで、それぐらい人間の倫理やモラルは曖昧なもので。だからこそ、「学び」が必要なんですね。いろんな本を読んだり、いろんな人の意見を聞いたりすれば、どの時代のどこの国においても変わらないものがわかりますね。そういう変わらないものを自分の中にたくさん蓄えておくと、迷ったり悩んだりしなくなるかもしれません。そして変わらないものが危ぶまれるときは怪しんだほうがいい。その感覚を養うことが学びであり、ひらめきにもつながるはずです。

公演情報

《バイエル(変奏)》
  • 2021年6月8日(火)福岡県 BEAT STATION
  • 2021年6月10日(木)大阪府 BIGCAT
  • 2021年6月12日(土)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2021年6月25日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2021年6月27日(日)宮城県 Rensa
  • 2021年6月29日(火)神奈川県 CLUB CITTA'
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