デジナタ連載 Technicsの音響システムでよみがえるピンク・フロイド「箱根アフロディーテ」SUGIZO × 立川直樹出演「追憶のピンク・フロイド オーディオライブ」レポート

Pink Floydが出演した1971年の野外音楽イベント「箱根アフロディーテ」から50年。2021年8月6、7日に神奈川・彫刻の森美術館 アートホールにてTechnicsが協賛するオーディオライブ「追憶のピンク・フロイド オーディオライブ」が開催された。

「追憶のピンク・フロイド オーディオライブ」は「箱根アフロディーテ」50周年を記念して行われたもので、50年前の公演日と同じ8月6、7日の2日間、箱根でのイベント開催が実現した。このイベントの案内役を務めたのは音楽プロデューサーの立川直樹氏。イベント初日の第1回にはゲストとしてLUNA SEA、X JAPANのギタリスト兼バイオリニストであるSUGIZOが参加し、時代背景にも寄り添いながら、Pink Floydの音楽、「箱根アフロディーテ」にまつわるさまざまな話で盛り上がった。

イベントが行われた彫刻の森美術館 アートホールのステージにはTechnicsの再生機器からなる高級オーディオシステムを設置。TechnicsフラッグシップモデルのスピーカーSB-R1、アンプSU-R1000、アナログプレイヤーSL-1000Rに加え50万円以上のレコード針を組み合わせた構成だ。音楽ナタリーでは、これらのシステムを使って行われた、50年前の「箱根アフロディーテ」でのPink Floydのセットリストを中心としたオーディオコンサートの模様をレポートする。

取材・文 / 田中和宏撮影 / 吉場正和

1971年8月、Pink Floydは箱根にいた

「箱根アフロディーテ」ポスター

イベントではまず、1970年に発表されたPink Floydの名盤「原子心母」(原題:Atom Heart Mother)の50周年記念盤に収録されているライブ&ドキュメンタリー映像を上映。この映像は8月4日に発売されたばかりの50周年記念盤のリリースに際して発掘された16mmフィルムを1コマずつデジタル化し、約3年をかけてレストアされたものだ。「原子心母」50周年記念盤の発売にあたり、ソニー・ミュージックレーベルズのPink Floyd担当ディレクター・白木哲也氏が、未発表の「箱根アフロディーテ」ライブ映像を記録した16mmオリジナルフィルムを探し出し、1コマずつデジタル化。さらにノイズやゴミなどを丁寧に取り除く作業も行い、長い時間をかけてレストアされた。映像はPink Floyd初来日公演のドキュメンタリーとして非常に価値のある内容となっており、デイヴィッド・ギルモア(G)、ロジャー・ウォーターズ(B)、リチャード・ライト(Key)、ニック・メイスン(Dr)が初めて日本を訪れた際の空港に降り立つ様子や、芦ノ湖畔の北斜面特設ステージで演奏するシーン、当時の箱根の風景などが、50年前のものとは思えないほど高精細な映像で上映された。ライブの音源はオーディエンス録音をそのまま使っているため、通常の商品のようなクオリティのものではない。しかし映像の美しさと当時の雰囲気を記録したアナログ音源の組み合わせによって、「箱根アフロディーテ」の世界にタイムトリップしたかのような時間が流れた。

映像の上映が終わり、立川氏は「SUGIZOが2歳の頃の映像だよ。すごいでしょ?」と笑顔を見せる。1969年生まれのSUGIZOは「古代遺跡から発掘したような貴重なものですよね」と静かな口調ながらも感動した様子。70年代初頭の日本の時代背景を振り返る場面があり、立川氏は「会場にはサラリーマンみたいな人がたくさんいれば、風体がヒッピーみたいな人もいっぱいいた」と述べる。さらに今年7月にラジオで伊藤政則が発言した「会場には悪いモノを吸っているような人がいっぱいいた」というコメントを引用して紹介した。

50年前のサウンドが目の前に、極上のリスニング体験

続いて立川氏は「ライブ盤があるので、それを今日は素晴らしい再生装置を使って再生します。次の曲は1969年のものでSUGIZOが生まれた年だね」と話し、「ユージン斧に気をつけろ」のライブ音源を再生。イベントでは以降も「箱根アフロディーテ」公演のセットリスト通りに楽曲が届けられた。セットリストは以下の通り。

  1. 原子心母
  2. ユージン斧に気をつけろ
  3. エコーズ
  4. 太陽讃歌
  5. 神秘

楽曲はダイジェストで再生され、合間には立川氏とSUGIZOのトークが展開された。「箱根アフロディーテ」の現場を知る立川氏は「今でもすごく覚えているのは、ニッポン放送で糸居五郎(アナウンサー、ラジオDJ)さんが『箱根アフロディーテ』の司会をしてたんです。糸居さんがかわいそうだったのは、Pink Floydがステージに上がったら演奏を始めると思うんですけど、メンバーが20分くらいチューニングしてるんですよ。糸居さんは『今、Pink Floydはチューニングをしております!』と実況してたんです」と振り返る。その話にSUGIZOは「それはたぶんチューニングではなくてサウンドメイクだと思うんですよね、楽器関係は当然ながらアンプやPA機器の調整も含めた総合的な意味での“チューニング”とも言うことはできますが。当時糸居さんがただの“チューニング” と表現してしまった故に50年にわたって、『Pink Floydは箱根で20分間チューニングをしていた』になったんじゃないですかね?」とプレイヤーの視点でPink Floydの行動を考察。さらに立川氏が語った「聴き比べるとわかるけど、箱根のライブ音源とスタジオ音源、ほとんど音の成分は同じなんだよね。Pink Floydは“音の再生”について、すごくこだわってるんだろうね」という言葉にうなずいたSUGIZO。彼は「音の力そのものや圧力、音のスピードに非常にこだわりを感じます。今聴くとPink Floydはやはりいわゆる“音響系”の最高峰。当然PAシステムにこだわりがあっただろうし、糸居さんが“チューニング”と表現した20分間はやっぱりサウンドメイクだったんだと思います。糸居さんの間違った実況で50年間、誤って認識されてきたというのは面白いトピックですね」と笑った。

ライブ音源を試聴したSUGIZOが「『エコーズ』は1971年の秋頃に出た作品ですよね」と話すと、立川氏は「そう。Pink Floydは発売前に平気で演奏するから。『狂気』(1973年発表のアルバム)は音源が出る1年前(1972年3月)に東京体育館で全曲やってるくらい」と説明するなど、Pink Floydを古くから知る立川氏ならではのトークを次々に披露。そして「こうやって50年前に録音されたものを、2021年の夏に蝉の鳴き声と一緒に聴くことができて幸せです」と喜んだ。また今回のオーディオライブは時間の都合で各楽曲をダイジェストでリスニングするという内容だったことから、立川氏は「来年は全曲をすべて流す完全版をやりますよ」と宣言。その言葉を受けてSUGIZOは「50年後の100周年もイベントをやりましょう」と微笑んだ。

SUGIZO(LUNA SEA、X JAPAN)

Technicsのオーディオシステムから再生されるライブ音源は低音のふくよかな伸び、歌のハーモニーのきらびやかさ、そして音の分離がよく、臨場感がある。観客は普段とは違った心地よいサウンドに、自然と体を揺らしながら耳を傾け、立川氏の言う通り、ダイジェストでの試聴タイムはあっという間に過ぎていった。曲の合間にはSUGIZOと立川氏によるPink Floydおよび「箱根アフロディーテ」にまつわる話題が次々に飛び出し、SUGIZOは「映像を見返すともちろんシステムも古いし、50年前だからクラシックな印象を受けるけど、箱根の美しい自然だけは変わらないですね。芦ノ湖もそうだし、自然は偉大です」とコメント。立川氏は「なんだか森に精霊が宿っている感じがある。『箱根アフロディーテ』は会場のロケーションも面白くて、ステージが丘の上にあった。まるで神殿で演奏する彼らを観客が仰ぎ見るような形になっていたんです」と神秘的なムードもあったことを回想。SUGIZOは「その雰囲気がPink Floydのメンバーにも合っていたかもしれないですね。この音響システムで聴くと、ニック・メイスンのドラムがすごくバチバチと来る。当時のお客さんは本当に気持ちよかったんだろうな」と50年前のライブに思いを馳せた。

SUGIZO(LUNA SEA、X JAPAN)、立川直樹氏。
SUGIZO(スギゾー)
1992年、ロックバンドLUNA SEAのコンポーザー、ギタリスト、バイオリニストとしてデビュー。2009年にX JAPANに加入。ソロ活動のほか、近年ではサイケデリックジャムバンド・SHAGのメンバーとして12年ぶりにライブを行った。ダンスミュージックをベースにおいたソロワークをメインに発表しながら、映画音楽、舞台音楽の作曲家としても活躍している。音楽と並行しながら平和活動、人権・難民支援活動、環境活動、被災地ボランティアを積極的に展開するアクティビストとしても知られており、演奏機材などの電源には再生可能な水素エネルギーを使用している。
立川直樹(タチカワナオキ)
1949年、東京都生まれのプロデューサー、ディレクター。1960年代後半から「メディアの交流」をテーマに音楽、映画、美術、舞台など幅広いジャンルでプロデュース、ディレクションを手がける。音楽評論家としてはレコードのライナーノーツ執筆や雑誌での評論活動を多数担当。The Beatles、Pink Floyd、Queen、Policeといったレジェンドに関する著書を続々と出版した。2005年の日本国際博覧会「愛・地球博」では催事企画スーパーバイザーに就任。布袋寅泰と日本フィルハーモニー交響楽団、ヨー ヨー・マ、松任谷由実といった名だたるアーティストをフィーチャーし、会期を通して催された「Love The Earth」のプロデュースで高い評価を得た。近年は音楽伝承を目的に、各地でトークイベントなどを行っている。