Awesome City Club「Get Set」特集|蔦谷好位置が連れて行く、これまでのACC像の向こう側

昨年、「勿忘」の大ヒットで音楽シーンを沸かせたAwesome City Clubが、通算4枚目のアルバム「Get Set」をリリースした。

ドラマ「彼女はキレイだった」のオープニングテーマ「夏の午後はコバルト」や、パラスポーツアニメ「アルペンスキー編」のテーマ曲として書き下ろされた「On Your Mark」を含む本作では、前作「Grower」に引き続き永野亮(APOGEE)や久保田慎吾(Jazzin' Park)、ESME MORIらをアレンジャーに起用。atagiの書く普遍的でありながらどこか歪なメロディラインや、キュートかつ艶やかなPORINの歌声、曲ごとにさまざまな顔を見せるモリシーのギタープレイなど、3人の持ち味を多角的に引き出している。さらに今回は、YUKIやOfficial髭男dism、米津玄師などのヒット曲を手がけた蔦谷好位置が「On Your Mark」のアレンジャー / プロデューサーとして参加。エッジの効いたハードなギターリフから始めるなど、ACCの新境地を切り開いてみせた。

そこで今回ナタリーでは、ACCの3人と蔦谷にインタビュー。「関ジャム 完全燃SHOW」で「勿忘」を年間ベスト2位に選出した蔦谷に、かの曲の魅力について語ってもらいつつ、「On Your Mark」の制作プロセスを振り返ってもらった。

取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 本田龍介

蔦谷好位置は初めて意識したプロデューサー

──もともと皆さんの交流はどのように始まったのですか?

atagi 最初は確か、Superflyさんの東京国際フォーラム公演にお邪魔して、ライブ終演後にメンバー全員で控室へご挨拶しに行ったときにお会いしたんだと思います。

蔦谷好位置 あれは6年くらい前ですかね。

atagi ですね。もちろんそのときは「はじめまして」だったので、ひと言ふた言お話しさせていただいたくらいの感じでしたが。そこから次に会うまではだいぶ時間が空きましたね(笑)。

蔦谷 でも、あれ以降オーサムの動向はなんとなく追っていましたよ。いい曲がたくさんあって、すごくおしゃれで華やかだけど、メロディの動きやatagiくんとPORINちゃんのハーモニーの構築の仕方などがいわゆるポップスの王道からは少し逸れていて、面白いなあと思っていました。

左からatagi、PORIN、蔦谷好位置、モリシー。

左からatagi、PORIN、蔦谷好位置、モリシー。

──それは、例えばどの曲のどんなところに感じますか?

蔦谷 例えば今回のアルバム「Get Set」でも、「夏の午後はコバルト」という曲の最後のほうのコード進行とか、めちゃくちゃ複雑で「よくこんなところでハーモニーを入れられるな」みたいな(笑)。でもすごくポップで疾走感もあるし、そういうところはオーサムの魅力のひとつだと思います。一筋縄ではないかない、「普通のポップスじゃないぞ?」という気概すら感じる。そのメロディとハモるような、独特なギターフレーズも魅力的ですしね。

──Awesome City Clubの3人は、蔦谷さんに対してどんな印象を持っていましたか?

atagi もちろん、デビューする前から存じ上げていましたし、“雲の上の人”という感じでした(笑)。

モリシー 僕らが好きな曲を、蔦谷さんはたくさん手がけているしね。

atagi そうそう。そんな方が僕らの音楽をずっと気に留めてくださっていたなんて、本当にうれしいですし光栄です。

PORIN 世代的にはやっぱりYUKIさんの一連の作品が印象的で。カラオケでもたくさん歌いました(笑)。高校生だった当時は、曲を作っている人に注目することって全然なかったんですけど、とにかく自分が好きな曲には「蔦谷好位置」という名前がたくさん入っているから気になってきて(笑)。「あ、こうやっていろんな人が関わることで曲は作られていくんだ」ということを、意識するきっかけになった方でもありますね。

これでもうしばらく音楽を続けられる

──「関ジャム」の人気企画「プロが選ぶ2021年 年間マイベスト10」で、蔦谷さんはオーサムの「勿忘」を2位に選出していましたよね。その理由を作り手の目線でお話しいただけますか?

蔦谷 もう純粋に、恋に落ちるような感覚で好きになったんですよね(笑)。とにかくめちゃくちゃ聴いて、曲の構造がどうなっているのかに注目してみたり、インタビュー記事を読んで制作エピソードを調べたり。アレンジがAPOGEEの永野亮さんだと知って、納得しつつ嫉妬したりもしましたね(笑)。

──(笑)。永野さんのアレンジはどんなところに魅力を感じますか?

蔦谷 とにかく美しいんですよ。今作収録の「ランブル」などもそう。ああいうマイナーペンタっぽい和風のメロディってダサくなりがちなんですけど、おしゃれさと大衆性、オーサムがずっと持ち続けているオルタナ感をちゃんと残しながら、絶妙なさじ加減でまとめ上げているのが本当にすごいと思う。「勿忘」のヒットは、オーサムの尖った部分を曲げずに国民的なヒットを記録したという意味でも素晴らしいことなんです。

蔦谷好位置

蔦谷好位置

PORIN 「勿忘」は去年だけでもう何百回と歌わせてもらったけど、「もううんざりだし歌いたくない」というような気持ちには一度もならなくて。毎回新鮮な気持ちで愛情を込めて歌えたし、それって本当に幸せなことなんだろうなとつくづく感じています。今、蔦谷さんがおっしゃってくださったように、Awesome City Clubとしての信念を曲げずにピュアな気持ちでできあがった「勿忘」が、ここまで広まってたくさんの人に聴いてもらえたことで、「音楽って素敵だな」と改めて思えたのが大きかったのかなと思います。

──曲ができた直後は、ここまでヒットするとは思わなかったそうですね。

atagi そうなんですよ。僕らは毎回「いい曲が書けたな」と思っているんですけど、「勿忘」に関しては明らかに周りの反応が違いましたね(笑)。普段、曲の感想なんて言ってこない人や、前のレーベルでお世話になってしばらく疎遠になっていた人が、わざわざひさしぶりに連絡してきて「あの曲、いったい何?」と興奮していて(笑)。そのあたりから「あれ? 今回はいつもと違うぞ?」と思っていました。

蔦谷 きっと、今まで体験したことのない忙しさだったでしょう?

モリシー あははは、そうですね。

atagi なんだか不思議な時間でした。でも、ツアーの合間に曲を作るのもそれはそれでしんどいし、それに比べたら幸せだったのかもしれない。去年は、ライブの本数よりもテレビに出る回数のほうがずっと多かったですからね。そんなこと今まで一度も経験したことがないです。不思議なもので、環境が変わると価値観も変わってくるというか。テレビでご一緒させてもらうアーティストの音楽を、雛壇に座って聴く機会も増えたのですが、そうすると今まで縁遠いと思っていたところを主戦場にしている人たちの矜恃まで見えてきて。そこからは、曲作りもまた違う意味で楽しくなってきました。

PORIN こんなに人から求められたのも初めての経験でした(笑)。今までは「がんばって獲りにいこう!」という感じで、求めてばっかりだったのが急に求められるようになって。「Mステ」に3カ月連続で出演するとか「嘘でしょ?」という感じで、いまだに信じられませんから(笑)。

PORIN

PORIN

──「勿忘」が大ヒットしたあとにアルバムを制作するのはプレッシャーじゃなかったですか?

atagi それが、そうでもなかったんです。「勿忘」に関しては、僕らのコントロールを超えたところにあるから「考えても意味がないよな」と思って(笑)。自分たちの実力だけじゃなくてタイミング的なものもうまい具合に重なり合っての結果だから、「これを超える曲を作ろう」と考えたところでどうしようもないし、考えるほうがどうかしていると思うんです。そういう意味ではけっこうフラットな気持ちというか。「またここから新たに出発しよう!」とも思えたし、さほどプレッシャーは感じませんでした。

PORIN 露出が急に増えて、プライベートが一気になくなった感覚があったんですよ。去年上半期は特にそうで、かなり落ち込んでいる時期もあったんですけど、いろんな方と話していくうちに少しずつ元の感覚を取り戻していきました。ご時世もあってバンドシーン全体があまり盛り上がっていない中、私たちのニュースが少しでもみんなの希望になったらいいなというふうに、自分のマインドが変わっていきましたね。

atagi 何より「勿忘」がヒットしたおかげで、「これでもうしばらく音楽を続けられる!」と思って心底ホッとしたんです(笑)。「いい曲を作らねば」というプレッシャーよりも、音楽を続けられるかどうかの不安の方が、本来は遥かに大きいんですよ。そこから解放されたことで、むしろ身軽になったかもしれない。