TikTokに音源をアップしたら
──TikTokに自作の楽曲を断片的に上げ始めたきっかけは?
本当に音楽をやめようかなと思ったとき、その頃はまだSNSに自分の音源を上げたことがなかったので、TikTokに投稿してみようと考えたのがきっかけです。SNSは今でも苦手なんですけどね……。
──反響はいかがでしたか?
フォロワー0から始めたので、最初は誰にも聴かれませんでした。その頃たまたまシティポップが流行ってた時期で、「人の曲に勝手にラップしてみた」っていう動画を上げたら、それが初めてちょっと回って。そこからラップもやるようになりました。それまでもラップにずっと憧れはあったんですけど、やってはいなくて。歌とラップ両方やるようになったのも動画をアップし始めてから。そこからしばらくして自分のオリジナルを公開するようになったんですけど、再生数が増えても「変な声」とか書かれましたし、今みたいないい反響が多くあったわけではなかったです。
──では、転機になったなと感じたのはいつ頃ですか?
Archeという名前で活動を始めたのが2022年で、それまでは違う名前で顔出しして活動していたんですけど、顔を出して先入観を持たれるのがすごく嫌なんですよ。「顔と声が合わない」とか、「口パクだろ」と書かれたこともあって、それがけっこう鬱陶しく感じて。自分は純粋に歌を聴いてほしいだけなのに、顔を出す必要があるのかなと思うようになり。それで徐々に顔を出さなくなっていって、Archeという名前に変えてからは一切出さなくなりました。
──それで今では素顔を出さずに活動されているんですね。
もともと自分が音楽をやる理由も、今思えば壊れかけた自分自身を止めるためだったんじゃないかなって。Archeとしての活動も、そのためにやっている感覚が強いかもしれないです。
波長の合うプロデューサー・SPENSRと出会い
──今作はマルチアーティストのSPENSRさんがプロデューサーを務めています。出会ったきっかけ、そして第一印象を聞かせてください。
自分を担当しているスタッフの方に紹介していただきました。人付き合いが苦手なので最初はどんな人だろうと思ったし、緊張しました。でも制作作業のとき、私はすごく抽象的なことしか言っていないにもかかわらず、いつもそれを汲み取ってもらっているので、波長が合うと感じています。
──90年代後半を彷彿とさせるローファイな感じのトラックなどが印象的ですが、サウンドについてすごく細かくリクエストされているんじゃないかなと想像していました。
そうですね。ただ、自分は説明が下手なので、いつも本当に申し訳ないです(笑)。
──「addicted」の「握りしめたら壊れそうなものを人は愛と呼ぶのなら 私は誰も愛せないわ いつか君を壊してしまうから」や「パラサイト」の「自由が何より 自由じゃないと気付いたの 君のいない部屋 君に縛られてる」など、濃密なラブソングであると同時に、人間の深層に迫った歌詞が並んでいます。
恋愛をテーマにしているのは、普遍的なテーマだし、誰もが共感しやすいから入り口にしやすいというだけで、自分的にはどの曲も掘り下げたら基本言ってることは一緒なんです。
人の個性には無数のグラデーションがある
──アルバムのリード曲「you are」は首都医校、大阪医専、名古屋医専のCMソングとしてオンエアされているのですでに耳にされた方も多いと思います。J-WAVEが選ぶ今聴くべきネクストカマーの最新楽曲「J-WAVE SONAR TRAX」にも選出され、注目度は高まるばかりですが、ご自身の手応えはいかがですか?
自分は音楽でも映画でも完全にポジティブなものって好きじゃないんです。「陽キャ」「陰キャ」とかカテゴライズされがちだけど、世の中その2つだけじゃなく、ポジティブ寄りのときもあれば、ネガティブ寄りのときもあるし、グラデーションみたいに無数の個性を持つのが人間だと思ってるから、あんまりポジティブに振り切ったような音楽は聴かなくて。「you are」に関しては、今言ったようないいところと悪いところ、ポジティブとネガティブ、両方バランスよく書けたなと思っています。
──歌詞の「奪い合うことも 分け合うことも どれも一人じゃできないはずなのに」「足りないもの数える前に 今あるものを愛せばいい」という部分に、ハッとさせられました。
「your words」を除く7曲はテーマが似ていて。さっきの話に通ずるかもしれないですけど、自分の中にある相反するもの──内省的な⾃分と攻撃的な⾃分が抱えている⽭盾をテーマにしてることが多いです。なので最後の曲以外はそういうところが出てますね。
──では例外だという「your words」にはどんな思いを込めたんですか?
ほかの曲は自分の感情からちょっと引いた目線で書いた歌詞が多いんですけど、「your words」は完全に個人的な曲で、自分の祖母の曲なんです。おばあちゃん子として育って、ずっと精神的に支えられてきたので、その祖母に向けて書いた歌詞です。何も恩返しできないまま、祖母は亡くなってしまったので。
──「Where have you gone? Why did you leave me alone?」は、そういう意味だったんですね。
そうですね。
これまでも“昇華”、これからも“昇華”
──ここで改めてアルバムタイトル「sublimated」に込めた思いを聞かせてください。
心理学用語の「sublimate(昇華)」から名付けました。自分の人生、今までのよかったことも嫌だったことも、全部音楽に昇華できたという思いから。ここで歌ったテーマはたぶん死ぬまで続いていくと思っています。たまたまこの8曲を収録した作品を「sublimated」としましたけど、極論を言えば今まで作った曲もこれから作る曲も全部「sublimated」になると思います。
──個人的な体験を昇華させた楽曲たちですが、リスナーの方々にはどのように受け取ってもらいたいですか?
それは特にないです。例えば、食べ方の決まっているラーメン屋がありますけど、そんな感じのことを言うつもりはなくて。受け取った人のいろんな境遇だったり、その人のタイミングだったり、いろいろ違うから、聴き方もさまざまでいいと思っています。
──7月6日にはWWWで初のワンマンライブ「the process of sublimation」が開催されます。“昇華の過程”と題したステージは、どのようなものになりそうですか?
Archeという名前になってから初めてのライブになります。当日はSPENSRさんにも参加していただいて、今までの総集編みたいなライブをやろうと思ってます。
──今年3月には冨田恵一さんのソロプロジェクト・冨田ラボに新メンバーとして北村蕗さん、ヨウ(Natsudaidai)さん、santa(S.A.R.)さんとともに加入されました。新体制での初リリース曲「the birds of four」は、Archeさん個人の作品とはまたタイプの異なる楽曲ですね(参照:冨田ラボに北村蕗ら4人のボーカリスト加入、KIRINJI堀込高樹が作詞した新体制初楽曲リリース)。
難しすぎて正解がわからなかったです。自分はいまだにちゃんとできているのか不安しかないんですけど(笑)。
──冨田ラボでの活躍も楽しみにしています。最後に今後の目標を聞かせてください。
もともと人のために音楽やるなんてきれいごとだと思っていたタイプで、今でもそれはおこがましいと思ってるんですけど、世の中にアーティストがたくさんいる中で自分が歌う意味、自分にしかできない理由を考えたときに、生きづらいと思って生きてきた人生だからこそ、誰かに伝えられることがあると感じています。なので最終的な目標として、自分と同じような思いをしている人の力に少しでもなれたらいいなと、最近ちょっと思っています。自分も子供の頃、映画とか本で自分と同じような思いの人がいることが支えになって励まされたことが何回もあったので。
──映画や文学もお好きですか?
はい。映画だと「バタフライ・エフェクト」とか。作家だと江國香織さんにハマっています。
──江國さんの作品で1冊オススメするとしたら?
「ウエハースの椅子」という小説です。⾃分の⼼の中を⾔われてるような表現が多くて、すごくドキッとさせられました。それから自分も音楽でそういうことができたらと思うようになったんです。
プロフィール
Arche(アーキ)
2022年頃から活動するR&Bシンガーソングライター。ヒップホップソウル、ネオソウルをベースとしたボーカルスタイル、日本語特有の曖昧な表現で描く人間の心を深く掘り下げた歌詞で、ユニークな音楽を生み出している。TikTokにオリジナル曲やカバー曲の断片をアップしており、多くのリスナーから注目されている。2025年6月18日に1stアルバム「sublimated」を発表。7月6日に東京・WWWで1stワンマンライブ「the process of sublimation」を行う。
Arche(アーキ) (@arche_214ce) | TikTok