Abu×池内ヨシカツ対談|eスポーツと音楽の世界の架け橋を目指して

NetEase Gamesが開発・運営するFPSバトルロイヤルゲーム「荒野行動」の最高ランクにあたる「荒野行動公認実況者」の1人で、最強クラン・芝刈り機〆を率いる人気プレイヤー / ストリーマーの芝刈り機〆危!。eスポーツの世界で第一線を走る彼が映画「怒り」の劇中歌などで知られる作曲家・池内ヨシカツとタッグを組み、アーティスト・Abuとして初のオリジナル曲「叶夜」をリリースした。ゲームと音楽という、異なる分野のプレイヤーとクリエイターがタッグを組んで生まれたこの楽曲では、R&B / ソウルテイストのクラブミュージックに乗せて、自分らしさを持って新しいことに挑戦する様子が描かれている。音楽ナタリーは2人にインタビューを行い、「叶夜」の制作過程について話を聞いた。

取材・文 / 杉山仁撮影 / 梁瀬玉実

ゲームプレイヤーだからこその視点や感性

──Abuさんが音楽を始めようと思ったきっかけはどのようなものだったんですか?

Abu 音楽はもともと好きだったんですけど、僕が立ち上げた会社・ABUUUの顧問のくろさん(「芝刈り機〆」「FENNEL」といったeスポーツクラン / チームのフロント運営や「Call of Duty Mobile」の大会運営会社顧問を担当)から、「ネット活動者の人たちがオリジナル曲をたくさん出している中で、ゲーマーで音楽活動をしている人はまだ少ない」という話を聞いていて。そうしているうちにいつの間にか一歩を踏み出していた、という感覚です。

Abu

Abu

──Abuさんはオンラインゲームで味方とコミュニケーションを取るためのボイスチャットを使わない“聞き専”としてゲームを始めて、当初は動画にも声が乗っていなかったそうですが、そう考えると「歌う」「オリジナル曲を出す」というのは大きな変化ですね。

Abu そうですね。僕は声を出すのが苦手で、最初は“聞き専”になるぐらいしゃべりたくないと思っていました。でも、ゲームをやるうちに自信が付いてきて、徐々に変わっていったんだと思います。

──Abuさんと池内さんはどのようなきっかけで知り合ったんですか?

池内ヨシカツ 危ちゃんがいろいろなことをしている一方で、僕もeスポーツの大会で音楽を担当したことでくろさんと知り合って、「才能のある子がいる」という話を聞いたんです。しかも「音楽が好き」という話も聞いていたので、「一度本格的にやってみますか?」と話したのが去年のことでした。僕らのようなミュージシャンと音楽を作ることで、ゲーマーの人たちの可能性も広がるのかなと。そこでまずはどんな音楽が好きかを話したり、歌のレッスンをしたり、どのキーまで出るか確かめるために好きな曲をレコーディングしてみたりしました。

池内ヨシカツ

池内ヨシカツ

──曲を作り始める前に、かなり近い距離でやりとりをしたんですね。

池内 そうですね。何度も話したりしたからこそ、より彼に近いものができたのかなと思います。危ちゃんからDISH//の「猫」が好きだという話を聞いたりして。

Abu ほかにも、僕はRin音さんのようなジャパニーズラップ系の音楽をよく聴いていたりもするので、そういう曲調の方が合うんじゃないかとか、いろいろな意見をいただきながら話を進めました。もともと音楽は全般的に聴くタイプで、昔はレゲエを聴いたりもしていたし、ヒップホップも昔のものもいろいろ聴いたりしています。寝起きでジャスティン・ビーバーのような洋楽を聴いたりもするし、気分によって好きな音楽が変わります。

池内 ゲームをしながら音楽を聴く人も多いように、eスポーツと音楽はもともと関係の深いものだと思っているので、危ちゃんにはゲームプレイヤーだからこその視点や感性を落とし込んでもらいたいと思っていました。あと、危ちゃんは当時まだ18歳だったので、18歳の感性や価値観がどんなものかも聞きながら作っていきました。

Abu レッスンについても、声の出し方や姿勢も含めてプロの知識を教えていただいて。レコーディングもレッスンも含めて、自分の糧になる経験になって楽しかったです。

池内 それこそ、声の出し方とか、基礎的なことから始めていったよね。それもあって、みるみる声の出し方がうまくなっていくのが伝わってきてうれしかったですね。

左からAbu、池内ヨシカツ。

左からAbu、池内ヨシカツ。

Abuの本質的な魅力

──「叶夜」のテーマはどんなふうに出てきたんでしょうか。

池内 危ちゃんが普段ゲームしているのを観ている方は、きっと「彼はこういう性格なんだろうな」と想像していると思うんですけど、それとまったく違うものを作っても意味がないので、リアルな内容にしようと思っていました。それに、僕らの世代と彼の世代とでは、友達との遊び方も違ってくると思うんです。そこで、「普段どんなふうに遊ぶの?」といろんなことを深堀りして、そこから僕が想像していきましたね。危ちゃんは自然体でゆるい雰囲気があると思うので、その雰囲気に合わせたほうが彼っぽいのかなと思って。

──それでR&Bの要素もあるエレクトロミュージック風の曲調になったんですね。

池内 そうですね。そういう雰囲気と彼が好きなアーティストの雰囲気を足し算して、一番いい落としどころを見つけていく感覚でした。例えば、LANYのような雰囲気もありつつ、もっと今のサウンドを取り入れて進化したR&Bのイメージというか。最初にサビだけを作って渡したりして、そのタイミングで練習もして、ある程度「こんな感じでいきましょう」と方向性を決めました。危ちゃんのこれまでの人生についてもいろいろ聞いて。福岡出身で、18歳ですでに会社を背負っているという話を聞きつつ、2人で遊びに行ってみてより本質的な魅力が伝わってきたので、そこから影響を受けた部分も大きかったです。

Abu 池内さんとは楽曲制作中に何度か食事に行かせていただいて、そのたびに少しずつ曲を聴かせてもらったんですけど、曲調も僕の好みや雰囲気に合わせてくれていて。歌い方についてもアドバイスをもらっていたので、完成が楽しみで仕方なかったです。

Abu

Abu

池内ヨシカツ

池内ヨシカツ

──Abuさんにとっては初めてとなる本格的なレコーディングはどうでしたか?

池内 レコーディング、めちゃくちゃ時間がかかったよね?

Abu 初めてだったこともあって、最初は緊張でなかなかうまくいかなかったんですよ。

池内 確か1曲に7、8時間ぐらいかけてレコーディングしていったと思います。特にサビのキーが一番高いところは苦労していて、その部分だけで30回ぐらい録ったはず。途中で一旦置いて、ほかの部分を進めてからもう1回挑戦してもらったりもしました。ずっと同じことをやっていると負のスパイラルに陥ってしまうことがあるので、一旦離れて別のパートをやってもらったりして。

Abu やっぱり、プロのエンジニアさんもいたので最初は緊張したんです。でも、何時間もやっていく中で徐々にリラックスできるようになりました。そうしたら「徐々によくなってきた」と言っていただけて、そこから自然と完成していきました。

──「叶夜」でAbuさんが特に気に入っているところがあれば教えてください。

Abu 僕は曲の始まりが好きです。「行先も決めないで / このままリズム合わせて」という歌詞も好きだし、イントロの入り方もゆったりとしたおしゃれな雰囲気で、エモい日本語ラップに近い魅力を感じたりもしました。

池内 ゆっくりしたR&B / ヒップホップ系のビートって、ループして聴きたくなる、聴きながらチルしたいタイプの音だと思うので、そういうときにスッと入ってくる歌詞にしたいと思っていたんです。それもあって、サビには英語をアクセントとして加えたりもしました。

Abu タイトルは「かなや」と読むんですけど、曲自体に夜っぽい魅力を感じた部分もありますし、歌詞の内容も「新しい場所に行こう」という雰囲気があったので、いろいろと話していくうちに、こういうタイトルにしたいな、と思って僕が提案しました。

池内 「叶」と「夜」という単語が合わさったときにすごく新鮮だし、覚えやすいタイトルですよね。