ナタリー PowerPush - 40mP

魔法のロボットは少年の人生を変えた

曲の尺やBPMも完全に一致させてるんです

──それではベストアルバムに話を移します。このタイミングでベストを作ろうと思った理由はなんですか?

自分の中で「虹色オーケストラ」の存在がすごく大きいんですよ。それまでは新しい曲をどんどん作って、どんどんみんなに聴いてもらうことに重きを置いてたんですけど、「虹色オーケストラ」でストリングスやブラスを入れて今までの曲を生音でリメイクしたら、「みんなで曲を作り上げるのってすごく楽しい」って気付いて。

──それはバンドならではの楽しさですよね。

ベストアルバムを作らないかというお話は、昨年「虹色オーケストラ」の第1回公演を東京でやった後くらいにいただいたんです。ちょうど虹オケで自分の中で生音への熱が上がってた頃だったので「今までの曲を虹オケのメンバーでリメイクしたらどうなるんだろう」っていう興味が湧いてきて「ぜひやりたいです!」って。

──新しく録り直した結果、すごく音がよくなっていて驚きました。

そうですね。音質に関しては誰にも負けないぐらいの気合いを持って臨んでいるので、今までニコニコ動画で発表してきた曲を完全にブラッシュアップできたって、自信を持って言えますね。その一方で、アレンジに関してはなるべく原曲のイメージを崩さないようにレコーディングを進めました。なので原曲を好きな方にも違和感なく、純粋に「音がよくなったこと」を楽しんでもらえると思います。

──やっぱりそういうことだったんですね。以前同人でリリースした、歌い手が参加した虹オケのアルバムは、どの曲もけっこうアレンジを変えていた気がしたんです。プレイヤーの見せ場があったりして。

そうですね。奏者のソロパートを作ったりしてました。

──あのアルバムのボカロ版というイメージで今回の作品を聴いたんですが、全然アプローチが違う。このベストは、音は明らかにゴージャスになってるんだけど、基本的には40mPさんが1人で作った音源と同じメロディが流れているんですよね。

40mP

実は細かい話をすると、曲の尺やBPMも完全に一致させてるんです。基本的な部分は全く同じように演奏して、そこにプレイヤーの人たちが提案するアレンジを取り込んでいった感じです。だから原曲と同時再生させてもピッタリ合うはずなんですよ。

──おお、そこまで徹底してるとは気付きませんでした。そうやって原曲を忠実に再現すると、例えば古い曲を聴いて「もっとここはこういうふうにしたかった」みたいな気持ちにはならなかったんですか?

あ、なので古い曲に関してはけっこうアレンジをしてますね。プレイヤーの方に「ここはフレーズ変えてみようか」とかアイデアをいただきながら。「Melody in the sky」とか「巨大少女」なんかはまだ曲を作り始めて間もない頃のものなので、今回のリメイクではむしろ今の自分の感覚が一番反映されてるかも。たぶん、古い曲ほど聴き比べたときに違いが明確だと思います。

──いろんなプレイヤーと一緒にレコーディングしてみて、どうでしたか?

今まで自分は打ち込みと宅録で全部1人で完結させてたので、自分の頭にあるイメージは細かいところまで反映できるんですけど、ほかの人に生演奏してもらうと当然再現できない音もあるわけで。「だったらこうしよう」みたいな話し合いをできたのが面白かったですね。基本的には原曲を完全に再現する方向で進めていたので「難しい」って言われながらのレコーディングだったんですが、蓋を開けてみるとしっかりやっていただけてて、皆さん頼もしかったです。

やっぱり「Melody in the sky」は思い入れが強い

──収録曲はどういう基準で選んだんですか?

やっぱりファンの方々が聴きたい曲をリメイクしたいなと思って、人気がある曲を選びました。ただ、再生数順に並べてるかというとそういうわけでもなくて。例えば「Melody in the sky」や「夢地図」は再生数で言うと上位ではないんですけど、自分的に思い入れの強い曲なので。「巨大少女」もそうなんですけど。自分のターニングポイントになった曲というか、ベストアルバムに入る意味がある曲もいくつか入れたいなと。

──一番ターニングポイントになったというか、思い入れが深い曲はどれですか?

40mP

「Melody in the sky」ですね。やっぱり、この曲が自分の名前の由来だったりするので(投稿された動画の初音ミクのシルエットが、遠近法で周囲の建物よりも大きく描かれていたため、身長40mにちなんで40mPと呼ばれるようになった)。

──やっぱりこの曲で一気に注目されたわけですしね。

そうですね。「注目されて」なんて自分で言うのもアレなんですけど(笑)。ただこれは2作目で、処女作の「Spring」をアップしたのも1週間前なので、そういう意味では最初からトントン拍子だったというか。

──初めて曲を投稿して、そんなに早くみんなから注目されるようになって、当時はどういう気持ちでした?

やっぱりびっくりしましたね。それまで曲を作っても聴かせる対象が誰もいなかったので、「Spring」をアップしてコメントがちょっと付いただけでもすごくうれしかったんです。それで「Melody in the sky」をアップして一晩明けたら「Spring」と比較にならない量の反応があって、なんか夢を見てるんじゃないか、みたいな(笑)。

まっすぐなボカロの声も、それはそれで曲に合ってた

──「ニコ動で人気の曲を集めたベストアルバム」って、言いようによっては「ネットでも聴ける曲が大部分を占めてるアルバム」なわけですよね。

そうですね。

──でもこの作品は一流のプレイヤー陣やストリングス、ブラス隊を集めて、しっかりしたサウンドプロダクションで作られているので、確実に宅録では実現しないクオリティになっていると思います。だからたとえネットで聴けるとしても、あえて買って聴く価値がある作品だなと。

ありがとうございます。やっぱり原曲というかニコニコ動画にアップしてる音源って、それはそれで1つ魅力があると思ってるんです。自分が入れたい音やフレーズをそのまま素直に詰め込んだ荒っぽさは、やっぱり宅録ならではのものだし。打ち込みより生音のほうがいいという単純な話じゃないので。

──確かにこういうリメイクって、古い曲は原曲を聴き馴染んでいる人も多いし、昔からのファンは思い入れも強いから、単純な良し悪しじゃない部分で「前のほうがよかった」って評価されることも多いですよね。

40mP

ええ、このアルバムでもたぶん一定数はそう感じる人がいると思います。なので僕は「こっちのほうがいい」っていうのをあまり押し付ける気はなくて、聴き比べて「こういう音にもなるんだ」っていう部分を楽しんでほしいです。ただ今回のベストアルバムについて、クオリティが高くなったことについては絶対の自信がありますし、自分的には理想にすごく近付いたなと思ってます。

──ボーカロイドの調声も全部やり直してますよね。

そうですね。「Melody in the sky」とかは曲のデータが全然残ってなくって、もう作り直すしかない状況だったというのもあって(笑)。だから特に古い曲はだいぶ印象が違うと思います。これも、元の曲はすごくストレートで素直な歌い方をしているので、そっちのほうがリアルな歌声より魅力を感じるという人もいると思うんです。今は別のやり方で歌を入れるのに慣れているし、最初に作った音をもう一度再現するってやっぱりなかなか難しいことなんですよ。荒っぽいと思うところはあるけど、まっすぐな声もそれはそれで曲に合ってたんだなって、改めて歌を入れ直したときに気付いて面白かったですね。

ベストアルバム「少年と魔法のロボット VOCALOID BEST, NEW RECORDINGS」
2013年9月18日発売 / 2500円 / Due. RECORDS / DGSA-10079
収録曲
  1. 少年と魔法のロボット(Album Edit Ver.)/ 40mP feat.GUMI
  2. Melody in the sky / 40mP feat.初音ミク
  3. Step to you / 40mP feat.初音ミク
  4. 巨大少女 / 40mP feat.初音ミク
  5. ジェンガ / 40mP feat.初音ミク
  6. トリノコシティ / 40mP feat.初音ミク
  7. 妄想スケッチ / 40mP feat.初音ミク
  8. キリトリセン / 40mP feat.GUMI
  9. 夢地図 / 40mP feat.GUMI
  10. からくりピエロ / 40mP feat.初音ミク
  11. シリョクケンサ / 40mP feat.GUMI
  12. ドレミファロンド / 40mP feat.初音ミク
  13. 春に一番近い街 / 40mP feat.GUMI
  14. 東京の真ン中で寝転ぶ(新曲)/ 40mP feat.初音ミク
  15. 千年橋と影法師(新曲)/ 40mP feat.初音ミク
  16. コトバのうた(新曲)/ 40mP feat.初音ミク、GUMI
40mP(よんじゅうめーとるぴー)

ボーカロイドを使用したオリジナル曲を動画サイトで発表するボカロP。2008年からニコニコ動画にオリジナル曲の投稿を開始し、同年公開された2作目「Melody in the sky」で早くもネットユーザーから多くの注目を集める。アーティスト名は「Melody in the sky」の動画で使用された初音ミクのイラストが、周囲の建物と比較して巨大に見えると視聴者に指摘されたことが由来。その後も「からくりピエロ」「トリノコシティ」「妄想スケッチ」などの多彩な表情を持つポップソングで人気を確かなものにした。2011年にはテレビ東京系アニメ「FAIRY TAIL」のオープニングテーマ「Evidence」でDaisy×Daisyとコラボレートしている。その後、7人の歌い手と生バンド、ストリングス、ブラス、コーラス隊を率いたホールコンサート「虹色オーケストラ」を2012年に東京、2013年に神戸で開催。2013年夏にはNHK「みんなのうた」のオンエア曲に「少年と魔法のロボット」が選ばれ、ボカロ曲の採用が番組史上初ということもあって大きな話題になる。同年9月には自身のボーカロイド曲をリメイクしたベストアルバム「少年と魔法のロボット VOCALOID BEST, NEW RECORDINGS」をリリースした。