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イルカ なごり雪
作編曲家・吉田哲人が不朽の名曲を紐解く「イルカが歌うことでエバーグリーンになった」
文 / 吉田哲人
イルカは本当に歌がうまい。独特の少しハスキーで美しい、印象的で耳に残る声は優しく、そして力強い。スッと言葉が伝わるような、情景を想起させるような素敵な歌声の持ち主。また本人作詞作曲によるニューミュージック~シティポップの名曲「Follow Me」で聞かれるシャウト気味な歌い方もすこぶるカッコいい。そんな彼女の表現力が遺憾なく発揮された、イルカにとって最初の(そして累計80万枚を超える最大の)ヒット曲が、今回取り上げる名曲「なごり雪」である。
「なごり雪」のシングル発売1週間前に僕は生まれた。1、2歳の頃の僕の写真を見ると、家具調ステレオの前で、かぐや姫の「三階建の詩」「かぐや姫LIVE」、イルカのアルバム「イルカの世界」などに囲まれて楽しそうに音楽を聴いている様子が写っている。「なごり雪」はその写真にもある「三階建の詩」の中の1曲として発表されたものがオリジナルだ。
第2期かぐや姫のメンバーである伊勢正三が22歳の直前に手がけた「なごり雪」は、伊勢がプロとして初めて作詞作曲した曲だったという。「三階建の詩」制作時、南こうせつの号令のもと初の作詞作曲でこの曲を提出し、反応がイマイチ(実のところ、こうせつは伊勢の才能に衝撃を受けていたのだという)と見るや、次に「22才の別れ」を作ってきてしまう伊勢の才能にはまったく恐れ入ってしまう。
かぐや姫はこの曲のシングルカットを希望したが、グループの意に沿わず、シングルでのリリースは実現せぬまま解散してしまう。この歌がもったいないと業界内でも話題になっていたが、イルカの夫でありプロデューサーでもある神部和夫が「イルカに歌わせてもらえないか」と事務所(かぐや姫や風と同じユイ音楽工房)の会議で提案したことから、イルカによって「なごり雪」がシングルとしてリリースされる運びとなった。
はかなく雪が舞い落ちる風景が見えるような、イントロのエレピによるフレーズやテンションコードが印象的なニューミュージック~シティポップ的アレンジを施したのは松任谷正隆。特徴ある松任谷の編曲の才能が若くして発揮されており、その後の松任谷正隆ワークスを思わすエッセンスが随所にちりばめられている。鈴木茂や村上秀一などそうそうたるメンバーがバックを固めており、余韻まで隙のない構成と確かなグルーヴがこの曲の普遍性をより強固なものにしている。なお、アルバム「夢の人」収録バージョンは伊勢のギターの師匠である石川鷹彦の編曲によりアコースティック色の強いアレンジが施されているので、どちらも聴いてもらえればイルカの表現力が伝わると思う。
当時「誰が歌ってもヒットする曲」と言われていたほど評判が高かった歌詞やメロディ、そして、一気に世界観に引き込まれるイントロを持つアレンジ。どれをとっても素晴らしいのだが、女性であるイルカが男性視点の歌詞を歌うことによって、本当の意味で誰が歌ってもよい曲となり、世代を超え愛され、今や卒業ソングとしても歌われる、誰しもが知る不朽の名曲となったと僕は考える。イルカが歌うことでエバーグリーンになったのだと。
イルカ / なごり雪 (シングルバージョン) Official Audio
- イルカ「イルカ ベスト」
- 2006年6月7日(水)発売
/ 日本クラウン
[CD] 税込3085円
イルカ(イルカ)

東京生まれの女性シンガーソングライター。大学時代のフォークソングクラブのメンバーで結成されたシュリークスでの活動を経て、1974年10月に「あの頃のぼくは」でソロデビューを果たす。1975年11月に発表した、かぐや姫「なごり雪」のカバーが大ヒットし、シンガーとしての地位を確立する。1980年に日本の女性シンガーソングライターとしては初めて東京・日本武道館での単独ライブを行った。2024年末には32年ぶりに「NHK紅白歌合戦」に出場し、「なごり雪」を歌唱して話題に。2026年にはデビュー55周年を迎える。