「とんがり帽子のアトリエ」|前代未聞の“超豪華本”を大解剖 白浜鴎の魔法のような作画動画もお届け

動きの一部分を切り取ったように描くのが好き

──そして、今回は連載誌モーニング・ツーの表紙イラストの下描きからペン入れの過程を撮影させていただくのですが、表紙はどんなイメージですか。

モーニング・ツー表紙イラストのラフ。

「とんがり」は何度かモーツーの表紙を描かせていただいてるんですが、今回は何かシチュエーションがあるものを描いてほしいということで、「食事のシーンをお願いします」というリクエストが編集部からありまして。「食事のシーンか……」と(笑)。

──食事のシーンを描くのは、難しいんでしょうか?

食事がというより、シチュエーションを1枚絵で描くのって難しいんですよ。どうしても絵としてのまとまりを見せるのが難しくなってしまうので。それに雑誌の表紙はタイトルや文字が入ってくるので、キャラをどこに配置するかちゃんと考えて描かないと、バランスが悪くなってしまいますから。

──なるほど。確かに今回の表紙はマンガの1シーンという感じがします。やはりイラストとマンガでは描き方が違いますか。

そうですね。私の場合、イラストはどちらかと言うと止め絵というか、フィギュアや彫刻のように描くんですけど、マンガは「動」の仕草で描きますね。動きの一部分を切り取ったように描くのが好きで。もちろんすごく動きのあるイラストを描かれるイラストレーターさんもいますけど、私の得意な作風ではないので……。では描き始めたいと思います。

パースまで完璧に描ければかっこいいんですけど

──作画中は、どんなことを考えていますか?

あんまり考えてないですね。いつも音楽かけたり、ドラマや映画を観たり、Skypeしたりしてて、アシスタントさんがいるときはだいたいしゃべってます。ラフやネームのときにほぼ決めてしまうので、作画中はあまり頭を使わないんですよね。作業って感じです。

──下描きにはシャーペンを使っているんですね。

そうですね、2Bの0.9です。アタリっぽく取るには太いほうがいいんですよ。鉛筆は線が消しにくくて製図用のシャーペンを使っているんですが、筆圧が弱いので芯が柔らかいのがありがたいです。本当は鉛筆ぐらい濃いほうが好きですけど。

──消しゴムは練り消しなんですね。

モーニング・ツー表紙イラストの下絵。

消しカスが出ないので便利です。

──拝見していると、線に迷いがなくてかなり早いですよね。パース取ったりもしないというか……。

パースって難しくて、ちゃんとやればやるほど狂いが見えてきてしまうというか、目が違和感を拾ってしまうんです。寸分違わず完璧に描ければカッコいいんですけど、そこまで合わせるのはマンガでは難しいので、目で見て自然な感じを重視していますね。……一応、これで下描きはいいかな。

──速い! 下描きというか、わりとラフに近い感じですね。

そうですね、あとはペン入れしながらでいいかなと。

植物とか建物とかをちょっと変えるだけで異世界感が出てくる

──ではここからはペン入れですね。カラー用の線画の道具はペン先とインクのみ。

はい。邪魔なものは何もないほうがいいかなと。汚れとかは、デジタルで取り込んだときに消しちゃうからあんまり気にしないです。

──なるほど。ペン先は何種類使っているんでしょうか。

ペン入れの道具。

今は5段階で使ってます。同じ種類のペン先なんですが、開き方が違うんですよ。

──開き方?

ペン先を潰しているというか。作品にあわせて、わざと太くしてあるものも使っているんです。銅版画っぽく、というか古い時代の印刷技術っぽい感じにしたいなと思って。もし近未来とかSFみたいな作品だったら使う道具も違ったと思います。

──白浜さんはどんなものでも描けそうですけど、苦手なものってあったりするんですか?

たくさんありますよ、車とか。

──ああ、なるほど。

車、バイクは特殊なんですよね。車が好きで乗り慣れて描き慣れてる人からしたら、苦手な人が描いているってすぐバレると思う。動物もそうだと思います。猫を飼ってる人からすると、飼ってない人の絵には違和感があるでしょうし。そういう意味では、私は車ってなかなか乗らないので慣れないですね。逆に宇宙船とかにしてしまったほうが、誰も見たことがないので描きやすいかなと。

──正解を知っている人が少ないですからね。

洋服とかも、ファッションが好きな作家さんが描かれていると「このキャラは確かにこういう服を着そう!」とか、思うことが多いですね。

──確かに、この作家さんは服とか好きなんだろうなと思うことってありますね。

何に興味があるかっていう話ですよね。男性の方で女性の服をあまり知らなかったりとか、逆に女性で男性の服を知らなかったりとかすると、こういう着回ししないなとか。私は着物をあんまり着たことがないので、ちゃんと調べないと描けないです。

「とんがり帽子のアトリエ」1巻より。

──資料を見ながら描くこともあるんですか?

見ながらそのまま描くというより、見たものを参考にしてイメージを膨らませることが多いです。旅行先で撮った写真とかも見ますね。以前、(フランスで開催された)「Japan Expo」に招待されたときは、石畳の引き方のパターンの本を買ってきました。建築学校の生徒さんとか技師の人が買う本なんですけど、「これだ!」と(笑)。日本のものを参考にすると、なんとなく見たことのある景色になってしまうので。植物でも、草や枝の生える位置が全然違ったりしますから。

──日本国内でも暖かい地域と寒い地域だとけっこう違いますしね。

モーニング・ツー表紙イラストのペン入れが完成した。

そうそう。だから逆に言うと、植物とか建物とかをちょっと変えるだけで異世界感が出てくると言うか、観たことのない景色になる。「とんがり」でも、いわゆるよくある窓の形とかは描かないようにしてます。そういうところが地味に世界観に関わってきます。

──ファンタジー作品は、すべてゼロから考えなきゃいけないのかなと思っていましたが、現実からヒントを得ているんですね。

ファンタジーって現実と全然違うって思われがちですけど、現実の写し鏡とか窓みたいにも言われていて。現実じゃないからこそ普遍的なものが余計際立つ、みたいなことってあると思います。だから私としては、完全にありえない世界っていうイメージではなかったですね。あ、ペン入れはだいたいいい感じになりました。

どちらかと言うと使い方が変わってほしくない

──下描きが30分、ペン入れが1時間半ほどでしょうか。かなり速いのではと思うのですが、着彩はどれぐらい時間がかかりますか?

モーニング・ツー表紙イラスト。

私は着彩のほうが時間がかかるんですよ。まずPC操作に悪戦苦闘する(笑)。全然別のレイヤーに描いてしまったりとか、選択範囲がうまく取れないとか、線がつながってなくてバケツ塗りができないとか、そういう些細なミスに時間を取られるので……。だからなるべくアナログで描き込んで、最小限のことをデジタルでするようにしてます。

──なんとなくデジタルのほうが効率いいイメージがありました。

得意な人はもちろん速いと思います。私は……疲れちゃう(笑)。やっぱり慣れなんじゃないですかね。デジタルに慣れてる人からしたらアナログのほうが効率悪いでしょうし。私からしたら、デジタルで不慣れな技術に挑むよりアナログのほうが速いですね。

──デジタルはどんどん進化していきますし、それについていくのも大変そうです。

ついていくのが楽しい人と、1つの画材のスキルを極めたい人とがいると思います。私はどちらかと言うと使い方が変わってほしくない人なので、数年おきにガジェットが変わっていくのって大変。使い慣れないうちにツールが変わっていくのは恐怖です(笑)。あとは作風にもよりますよね。デジタルのほうが映える作品もあると思うので。これは演出の話になりますけど、Webマンガだとモノクロに縛られずカラーにしたりできますからね。面白い時代だなって思います。

──確かに。最初に縦スクロールのマンガが出てきたときも画期的だなと思いました。

そうそう。ロールオーバーすると動いたり、新しい絵になったり、そういうのができるのはやっぱりデジタルならでは。やりたいことに合わせて選べばいいと思います。コマの中のここをクリックしたら何ページに飛ぶとか、ドアが3つ並んでて、どれか選んだら別のマンガに飛ぶとか、いいですよね。めっちゃやってみたい(笑)。

誰だ、この1話描いたの……私だ!

──作画の様子を見させて頂いて、改めて描き込みがすごいなと。

私もなぜこの密度で描き始めてしまったんだろうって毎回思います。誰だ、この1話描いたの……私だ!って(笑)。でもやっぱり最初の頃に比べると、少しずつ手が慣れを覚えてきたみたいなところはあるので。もうちょっと気合い入れないと。

「とんがり帽子のアトリエ」1巻より。

──自分に厳しいですね。もともと時間が許せば細かいところまで描きたいタイプなのでしょうか。

そうですね。むしろこれ以上時間かけると読みづらくなってしまうと思うので良くないんですけど。……1回思いっきり描いてみたいですけどね。まあ1話描くのに1年……2年ぐらいはいただかないと(笑)。

──30ページに2年!

あーいいですねえ。途中で「これじゃなーい! 描き直し!」ってバシャーンって(笑)。でもそれだと単行本が出ないな。

──連載中の生活がままならなくなりますね。

確かに。じゃあ宝くじが当たったら考えます(笑)。