コミックナタリー Power Push - はっとりみつる×西尾維新「少女不十分」特集

プロになれる人となれない人の差はどこなのか? はっとりみつるが贈る“クリエイター志望者のための物語”

「少女不十分」をマンガ化したいと思った3つの決め手

──はっとりさんが、そこまでして「少女不十分」をコミカライズしたいと思った理由はなんだったんですか?

はっとり 決め手は3つあるんです。1つ目は、「え、これをコミカライズできるの?」とみんなが驚くような意外性が欲しかったということ。編集さんの言う通り、ほかにもっと自分と相性のいい西尾さんの作品はあるかもしれないけど、これまでの自分の手クセでは描けないもの、自分でもどうなるかわからないものじゃないと、原作ものをやる意味がないと思って。

──自分で自分にあえて制約を課したということですか?

「ケンコー全裸系水泳部 ウミショー」1巻

はっとり 実は、「さんかれあ」のときから自分の中で縛りを設けるようにしていたんです。「ケンコー全裸系水泳部 ウミショー」の頃は、途中から新キャラをバンバン投入していたんですけど、「さんかれあ」では、最初に決めておいたキャラ以外、可能な限り新キャラに頼らないようにしようと。まあ結局、ちょっと新キャラは入れちゃったんですけど(笑)。

──「少女不十分」は、主な登場キャラクターは主人公の「僕」と、「僕」を監禁する少女Uの2人です。今回は、以前よりだいぶ縛りがきついのでは?

はっとり ええ。登場人物は2人だけだし、場所もほとんどが物置の中だし、動きのある絵も作りにくいし、自分が得意な女子高生や、肉感的なタイプの女の子も出てこないですしね。制約の中でどこまで表現できるか、今まで自分が避けていたことに挑戦したいなと思って。でも、オリジナルでそれをやるには勇気が要る。すでに完成度の高い原作があったからこそ、安心して委ねられたというか、作画と演出に専念できたんですよね。

──ストイックというか、ドM気質というか……。

少女U

はっとり そうかもしれません(笑)。少女Uも、当初は原作の雰囲気よりかわいらしい感じのしぐさを加えようと思っていたんですが、やはりそれだと原作のよさを損ねてしまうと思い、だんだん萌え要素を削いで、グラマラスでもなく動きもない棒立ちのキャラに変更しました。それでも自分が描いたものだとわかるように妖艶さは残そうと思って。かわいいキャラクターをずっと売りにしていくのもいいかもしれないけど、せっかく原作ものをやるからには違うところをお見せしたいなと。

──なるほど。「少女不十分」を原作に選んだ決め手の、2つ目はなんですか?

はっとり 主人公の「僕」の置かれた立場や立ち位置にとても共感できたことですね。小説家志望の20歳の主人公は、夢が叶うか叶わないかの瀬戸際で、自分には「何か」が足りないと感じているじゃないですか。でも、その「何か」がわかってしまったら、逆に夢を諦める決定的な証拠になってしまうかもしれないから、深くは考えないようにしていて。

──はっとりさんも、かつてそういう時期があった?

はっとり ええ、そのモヤモヤするモラトリアムな感じが、自分が20歳の頃とすごく重なったんです。それに、性格や行動パターンも7割くらい僕と似ているんですよね。自分で妙なルールやルーティンを作って、それを必ず守るところとか。

──具体的にはどういうルールがあるんですか?

はっとりみつる

はっとり 僕の場合、マンションの2カ所ある階段のうち、スーパーに買い物に行くときはこっちの階段、打ち合わせに行くときはあっちの階段って決まってるんですよ。別に近道ってわけでもないのに。あと、電車に乗るときも必ず先頭のひとつ後ろの車両とか、そういうことをいろいろと決めて、勝手に自分を縛るんです。

──やっぱり「自分を縛る」のはクセなんですね。

はっとり 確かに(笑)。あと、用心深いところも似ています。玄関の鍵をかけたのに、気になって何回もガチャガチャやったり、郵便物をポストに投函する直前になって、ちゃんと中身が入ってたか不安になって、結局閉じた封筒をまた破って中を確認してしまったり。そういうのは、あるあるですね。

プロになれる人となれない人の差は何か

──この作品をコミカライズしたかった、最後の決め手は?

はっとり 3つ目は、プロになれる人となれない人の差は何か、その一線を越える違いはどこにあるのか、という原作に書かれたテーマが、今の時代にすごく合っていると思ったから。

──それはどういうことですか?

はっとり pixivとかSoundCloud、小説家になろう、あとニコ動とかもそうですけど、今って誰もが気軽に作り手になれるというか、「なれそうな気がする」じゃないですか。でも、実際プロになれるのはほんのひと握り。すぐに注目されてプロになれる人と、いつまでも注目されないままの人、その差って本当に努力や才能だけなのかな? っていう考えが誰しも一度はよぎると思うんですよ。

──たしかに、今は作品を作って発表するハードルがすごく低くなっていますね。

「少女不十分」第1話より、主人公の「僕」。

はっとり 「プロになれる人となれない人の差はなんだろう」という問いに一概には答えられないけど、原作にはその答えのひとつが提示されているんですよね。この小説って、西尾さんの自伝的要素を感じさせる描写があるので、西尾さんのファンからはある種のファンアイテムのように扱われる部分もあると思いますが、実はクリエイター志望者にとって大事な、すごく普遍的なことが書かれているんですよ。だからこれは決して西尾ファンだけが楽しめる作品ではなくて、プロを目指している人も、プロになれた人も、なれなかった人も、クリエイターを志望したことがあるすべての人たちに読んでもらいたいんです。

──はっとりさん自身にも、そういった苦悩が?

はっとり ありましたよ。僕の場合、投稿して賞は獲ったものの、なかなか商業誌に載せてもらえない時期が1年くらいあって。ずっと苦しかったし、一番戻りたくないのはあの頃かもしれないってくらい。「少女不十分」に描かれているような意味で、自分が「一線を越えられた」と思ったのは、「さんかれあ」を描いて、やっとかもしれませんね。

原作:西尾維新 マンガ:はっとりみつる「少女不十分①」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
「少女不十分①」表紙
610円
Kindle版 / 540円

作家志望の大学生だった僕が通学中に見た衝撃の光景。それは交通事故の瞬間だった。トラックに轢かれた小学生。だが本当の衝撃はその後だった。一緒にいたもう1人の少女は、ゲームをセーブしてランドセルにしまい、それから友達の死体に駆け寄ったのだ。何かがおかしい……!! これが僕とUという少女の不十分な無関係の始まりだった。

はっとりみつる

三重県出身。ヤングマガジンアッパーズ2000年9号(講談社)に掲載された「イヌっネコっジャンプ!」にてデビューを飾る。2009年から2014年まで別冊少年マガジン(講談社)にて連載された「さんかれあ」は全11巻で刊行され、テレビアニメ化も果たした。