麻生羽呂と心理カウンセラー・五百田達成、性に悩める現代女性たちを描く「セックスちゃん」に込めたメッセージ (2/2)

ドラマ制作に例える作家3人の役割

──小説の形ですでに書き終わっていたものを、マンガ連載の企画が始動してから新たに膨らませていったそうですね。

五百田 はい。今回、連載になると決まってからは、担当さんが謎に感じた部分をさらに一問一答で深めていき、脚本に落とし込む作業もしています。あと、キャラクター表も作成しました。担当編集さんからキャラクターとはなんぞやということを教えていただき、それに沿ってエクセルに設定をまとめていったんですよ。

担当編集 少し補足をしておくと、僕がGIGATOON Studioに所属する以前、小学館で麻生先生の担当編集をしていたんですよ。そこで麻生さんからキャラクターは自分の分身であり、自分の持つ要素を分け与える存在だと学んでいたんです。その教えを五百田さんにお伝えしたわけです。

麻生 僕、そんなこと言っていましたっけ(笑)。

──巡り巡って、麻生さんの教えが五百田さんに伝わっていたんですね(笑)。そんな原作や設定資料をもとに、麻生さんはネーム作業に取り掛かられたと思います。自分で物語をゼロから作り出す作品とは違うポジションでの作業になりますが、どのような意識で取り組まれたのですか?

麻生 「セックスちゃん」の根っこのアイデアは五百田さんですし、作画で魂を入れ込むのはさかもと麻乃さんの役目です。僕はその間の橋渡し役みたいなポジションなんですよね。そこで意識したのは、時間の存在です。小説からマンガにするうえで、一拍置いて読者が感情を飲み込むカットを置いたり、ページをまたぐように溜めたりと、時間の概念が生まれるんですよね。あと、抽象的な絵を置いたほうが、より雰囲気が出るかもしれない、といった演出面も考えなくてはいけません。そういった構成面を考えるのが僕の役割でした。五百田さんの小説を原作にはしているんですけど、イメージと異なっていたら流れを変えたりもしていますね。

麻生羽呂によるネーム。

麻生羽呂によるネーム。

さかもと麻乃がペンを入れた完成原稿。

さかもと麻乃がペンを入れた完成原稿。

五百田 麻生さんがやってくださっているのは、ドラマや映画でいう演出なんですよね。そこにさかもとさんが作画で演技を足してくださっている。おふたりには全幅の信頼を置いていますから、僕のような脚本家は「演出上盛り上がったので、ちょっと変えちゃいました」と言われると「確かにそのほうが面白くなりますね」と頷くことばかりです。

麻生 でも、五百田さんがやりたいものをちゃんと抽出できているのかは悩みますよ。本来やりたかったことが変わっていないか、とても気を使います。少なくとも、僕からさかもとさんへの意思疎通はバッチリで、ネームから作画の流れではまったく齟齬は出ませんでしたね。

五百田 僕としてもバッチリでしたよ! さかもとさんも完璧に作品性を理解してくださっていて、とてもうれしいですよね。担当編集さんがさかもとさんにお願いして、最初のデザイン画を拝見したとき、みんなで大騒ぎしたことを覚えています(笑)。原稿が完成してからも、現代に生きる女性像がしっかりと描かれていたので、とてもうれしく思っています。さかもとさんのデザインって、リアルなファッションにも説得力がある。そこが原作者であり一読者としてもグッときています。

自分らしく生きるにはどうしたらいいか、と悩んでいる人へ

──「セックスちゃん」は現在第3話まで配信中です。史恵が、セックスをコミュニケーションツールとして失声症を克服。そんな中、セックスをしない高橋という男とマッチングアプリで出会います。今まで描かれた展開の中で、特に意識しながら描いた点をお教えください。

五百田 史恵ちゃんが失声症を患ったけれども、セックスという手段でコミュニケーションを回復していく。そこで数カ月ぶりに声を発することができた、という序盤の展開は、この作品のテーマを表す見どころの1つだと思います。その一声が出るところを絵で表せたからこそ、より魅力が伝わったと思うんですよね。

親友とのいざこざがきっかけで話すことができなくなってしまった史恵。言葉のいらないセックスで人とつながろうと思い立ち、ガラの悪い先輩に近付く。

親友とのいざこざがきっかけで話すことができなくなってしまった史恵。言葉のいらないセックスで人とつながろうと思い立ち、ガラの悪い先輩に近付く。

麻生 僕もそのシーンが大好きです。人が信じられなくなってしゃべらなくなっていった史恵が、セックスによってコミュニケーションが取れるようになり、しゃべれるようになっていく。本当にそうなるのかはさておき、強い説得力を感じたんですよね。そこから彼女がどういう行動原理で動いているのかもわかりますから、あそこは「セックスちゃん」の最初の見せ場だったと思います。

五百田 頭でっかちで滔々としゃべる高橋と、身体で話そうとする史恵の対比もマンガだと映えた箇所だと思います。僕と麻生さん、担当編集さんとで演技プランのようなことを話した機会があったんですが、そこで特に盛り上がったのが第1話のラストシーンでした。高橋と史恵がセックスするのかと思えば、「僕セックスしないんです」と話し、史恵が何を言っているんだ、という顔をする。そのとき、「はい?」と聞き返す表情を浮かべるのか、怪訝な顔をするのか、温度感について話し合ったんですよ。

史恵が出会い系サービスで出会った男・高橋。

史恵が出会い系サービスで出会った男・高橋。

麻生 ネームで描きすぎても作画が引っ張られてしまうからよくないですし、あのシーンには悩みましたよね。第1話のネームを描いている段階では作画の方が決まっていなかったのでかなり詳細に描きましたけど、さかもとさんの仕事を見るとそこまで緻密にしなくてもいいように感じたんです。変な印象を与えるよりも、さかもとさんが自由に芝居を付けてくださったほうが面白くなるように感じましたね。

──「セックスちゃん」はまだ連載が始まったばかりですが、おふたりとしては今後狙っている展開などあるのでしょうか?

五百田 麻生さんのネームがとても映画っぽい見せ方をしているので、実際に映像化したら面白いですよね(笑)。麻生さんは何度も作品が映像化されていますけど、別のものとして観られていますか?

麻生 別物として考えていますね。子供が学校を卒業して、親元を離れた感覚です。もちろん原作者として台本のチェックとかはするんですけど、「絶対にこうしてください」と言うことはないですね。もし「セックスちゃん」が映像化されるとしたら、どういう表現になるのかも楽しみなところです。

世間的には“いい年”と言われる史恵。同年代の男性は婚約や転勤、企業の立ち上げなどで環境が変わり、セックスの相手は年々少なくなっていく。
世間的には“いい年”と言われる史恵。同年代の男性は婚約や転勤、企業の立ち上げなどで環境が変わり、セックスの相手は年々少なくなっていく。

世間的には“いい年”と言われる史恵。同年代の男性は婚約や転勤、企業の立ち上げなどで環境が変わり、セックスの相手は年々少なくなっていく。

──映像化が実現する日も楽しみにしています(笑)。さて、最後に改めて「セックスちゃん」のアピールをお願いできますでしょうか。

五百田 カウンセラーとして現代に生きる女性のお話をお聞きしていると、社会常識のしめつけや同調圧力を強く感じている方が多いように思いました。どのように自己を世間にフィットさせていくのか。今回の「セックスちゃん」では、現代女性にフォーカスしていますが、この悩みは現代を生きる誰しもが感じていることだと思います。セックスでコミュニケーションをしている女性を中心にして、自分らしく生きるためにはどうしたらいいのか、ちょっと自己啓発っぽいメッセージにはなりますが、汲み取っていただければうれしいです。

麻生 僕も五百田さんが書きたいテーマに共感できるんですよ。世の中の「普通」から外れて生きづらいと感じることもありますけど、それは単に少数派なだけなんですよね。別に罪を犯しているわけではないので、胸を張って生きていけばいい。「セックスちゃん」では、いろんな人の生き方を肯定して、背中を押していくことができるんじゃないかなと感じています。

プロフィール

五百田達成(イオタタツナリ)

作家・心理カウンセラー。米国CCE,Inc.認定GCDFキャリアカウンセラー。東京大学教養学部卒業後、角川書店、博報堂、博報堂生活総合研究所を経て、五百田達成事務所を設立。個人カウンセリング、セミナー、講演、執筆など、多岐にわたって活動中。専門分野は「コミュニケーション心理」「社会変化と男女関係」「SNSと人づきあい」「恋愛・結婚/家族・フェミニズム」。「あさイチ」(NHK)、「スッキリ」(日本テレビ)、「この差って何ですか?」(TBS)をはじめ、テレビや雑誌などへのメディア出演も多数。著書「察しない男 説明しない女」「不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち」「話し方で損する人 得する人」「超雑談力」「不機嫌な妻 無関心な夫」「部下 後輩 年下との話し方」(すべてディスカヴァー)は、シリーズ累計発行部数100万部を超えている(著者累計120万部)。文章教室「おとなの寺子屋」を主宰。東京・恵比寿で、女性のためのカウンセリングルーム「恋と仕事のキャリアカフェ」を開いていた経験を踏まえ、2017年より小説・脚本を書き始める。「踊り場の私たち」(日経xwoman)など、働く女性を主人公にした等身大のストーリーを多く執筆。これまで200人を超える20~40代女性から、恋愛、結婚、仕事の悩み相談を受けている。

麻生羽呂(アソウハロ)

1980年1月4日生まれ、大阪府出身。関西大学工学部でDNAの研究をしていたが中退し、日本一周生活に入る。旅を終えるとマンガ家を目指し始め、2005年に週刊少年サンデー超(小学館)に「YUNGE!」が掲載されデビュー。2010年からから2016年にかけて週刊少年サンデーSおよび週刊少年サンデー(ともに小学館)で発表した「今際の国のアリス」は、2020年と2022年にNetflixでドラマ化された。月刊サンデーGX(小学館)で連載中の「ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~」は今年7月にTVアニメ化され、Netflixでの映画化も予定されている。

さかもと麻乃(サカモトマノ)

8月5日生まれ、埼玉県出身。2003年に幻冬舎コミックスで発表した「かわいい」でデビュー。BLや百合の作品を手がけるほか、青年誌、少女向け雑誌などでも活動する。代表作は「パイをあげましょ、あなたにパイをね」「沼、暗闇、夜の森」。2023年2月1日にはビーズログCHEEKで連載中の「第九特区総務課の亜人と下僕」1巻が発売される。

※記事初出時、本文の内容に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2023年2月3日更新