「ニセモノの錬金術師」1・2巻発売記念 杉浦次郎(原作)&うめ丸(作画)インタビュー

「ニセモノの錬金術師」は、「僕の妻は感情がない」で知られる杉浦次郎が生んだ異世界ファンタジー。SNS等にネームのような形式で発表されると、「次にくるマンガ大賞 2022」でWebマンガ部門の第12位に選出されるなど人気を博した。同作は2023年6月、作画にうめ丸を迎え商業連載化。待望の単行本1巻が1月23日、2巻が2月22日に発売される運びとなった。

コミックナタリーでは単行本の刊行に合わせて、著者の2人にインタビューを実施。作品づくりの際に心がけていること、キャラクターや設定の裏話、お気に入りのシーンについてなど、用意した複数の質問に一問一答形式で回答してもらった。

構成 / 鈴木俊介

「ニセモノの錬金術師」どんなお話?

非戦闘系のチートスキルを授かって、異世界に転生した男・パラケルスス。彼は冒険みたいなことはせず、スキルのことを周囲に隠しながら、「錬金術師」としてさまざまな商品を作っては売り生活していた。ある日“秘密を厳守してくれる人手”を求めて、気が進まないながらも奴隷商の店を訪れたパラケルススは、そこで奴隷の少女ノラと、ボロボロになった女性エルフに出会い……。

杉浦次郎インタビュー

Q. 杉浦次郎さんがSNSで個人的に発表されていた「ニセモノの錬金術師」が、うめ丸さんの作画により商業連載化。このたび単行本1・2巻発売の運びとなりました。
まずは、うめ丸さん作画版「ニセモノの錬金術師」を読まれての感想をお聞かせいただけますか。

ちゃんとした漫画になっちゃった…!と思いました。
自分の描いたお話をとても綺麗な作品にして頂けるのを読ませて頂けるのはとても嬉しく、新しい話がくるたび感動しております。綺麗な漫画になると、オリジナル版の粗が目立ってくるので、そこはちょっと恥ずかしいな…と思っております。

「ニセモノの錬金術師」第1話より、パラケルススがノラのいる奴隷商のもとを訪れるシーン。

「ニセモノの錬金術師」第1話より、パラケルススがノラのいる奴隷商のもとを訪れるシーン。

Q. 2巻までの収録分からお気に入りのシーンを教えてください。

4話のごはんがおいしそうで好きです。
牛獣人のモードリンさんもすごくきれいに描いていただいて、気に入っています。
もっと活躍させればよかったです。

Q. 本作は先行公開されているオリジナル版があり、すでにネームのような役割を果たすものになっているかと思いますが、商業連載にあたって杉浦さんはどんなことをされていますか。

セリフを短くする事くらいです。
お話を商業用に再構築できるとよかったのですが、作り直すのがとても難しく、恥ずかしながら全くできなかったのでそのままやって頂いています。

Q. 作品づくりの際に心がけていらっしゃることには、どんなものがありますか。

作者が考えに賛同できないキャラクターであっても、そのキャラクターに感情移入している人がいるかもしれないので、頭ごなしに否定する描写は控えるよう心掛けています。
そのキャラもかわいそうですし。

Q. 今回のインタビューにあたり、改めて「僕の妻は感情がない」も読み直させていただいたのですが、序盤だけでも「にもつもちますよ」とノラさんが冒頭で繰り返すところだったり、パラケルススさんの「利益出ちゃう」というセリフだったり、杉浦さんの作家性なのでしょうか、共通点を感じる部分がいくつもありました。前の質問ともかぶってしまうかもしれませんが、ご自身の作風として意識していることや、「僕の妻は感情がない」と比較したときに思うところはあるでしょうか。

「僕の妻は感情がない」は、吹けば飛ぶような弱弱しい関係性からスタートした恋愛?漫画なので、作者の自分が守ってやらないと…と思い、優しく二人を守るようなストーリー展開にしておりました。
「ニセモノの錬金術師」は、特になにも考えずやりたい展開をやっておりました。
最近は「僕の妻~」のキャラクターたちも覚悟が決まってきたと思うので、同じくらいの感覚で描いております。

「ニセモノの錬金術師」第1話より。契約により、パラケルススが奴隷であるノラの働きによって“得をした”と感じると、ノラが持つ報酬帳に自動で利益が発生する。

「ニセモノの錬金術師」第1話より。契約により、パラケルススが奴隷であるノラの働きによって“得をした”と感じると、ノラが持つ報酬帳に自動で利益が発生する。

Q. マンガ家さんの中には、2本連載を持つほうが性に合っているというような方もいらっしゃるのですが、杉浦さんもそう思われるところはありますか? もしそうだとしたら、それはどんな理由からでしょうか。
頭の中でお話が進むスピードに、なかなか手が追いつかないということも以前ツイートされていたように記憶しています。複数の作品を並行して進められているうえで感じていらっしゃることをお聞かせください。

商業連載を2本やるのは、僕には不可能だと思います。
「僕の妻は感情がない」はかなり自由にやらせて頂いていて、それでやっとなんとか続けられているので、実際は1本でも難しいのかも知れません。
それでも商業誌に載るちゃんとしたものを描かないと、というプレッシャーがあり、描いているとどうしてもストレスを感じてきてしまうので、そういったものがない自由な創作として「ニセモノの錬金術師」を描かざるを得なくなったような流れがあるように思います。
結果的にどちらも良いものが作れた気がするので、とても良かったです。

商業連載をやりつつ、自由ならくがき漫画でストレス解消というスタイルが性に合っているのかもしれません。

Q. メインの登場人物であるパラケルススさん、ノラさんについて、それぞれの印象、描くときに大事にしていることなどを教えていただけますか。
ノラさんは奴隷として登場しながら、すぐ解放される権利を得てしまい、むしろ主人側が支払いを待ってもらう債務者になるなど、関係性が一般的な奴隷と主人でないのもさらに面白いです。

パラケルススくんは自分の分身みたいな気持ちで描いていたので、無双して調子に乗らないように気を付けていました。それでいて物語に参加している感を出さないといけないので、ちょっと大変でした。
ノラさんは奴隷になってもめげずに、強かに生きているキャラになりました。パラくんと一緒にいる理由に「買ってもらったから」が一番になるような感じになるとちょっと嫌だったので、色々な面で相性が良いのだろうな、というのが伝わるように意識して描いた気がします。

「ニセモノの錬金術師」第1話より。奴隷商から買い取ったボロボロのエルフの治療を通じて、パラケルススとノラは絆を深めていく。

「ニセモノの錬金術師」第1話より。奴隷商から買い取ったボロボロのエルフの治療を通じて、パラケルススとノラは絆を深めていく。

Q. そんなノラさんについては、最初は「ちょい役のつもりだった」とツイートされていたのを拝見しました。最初はパラケルススさんと、傷を負ったエルフさんが中心のお話になる予定だったのでしょうか?

つらい時にする空想で、ひどい目にあったボロボロの奴隷の女の子を買い取って優しくして感謝されるというシチュエーションがあったので、そういうお話を描きたいなと思って描き始めました。長命種のエルフだと、より長く苦しい思いをしてそうだなと思ってそうしました。いざ描き始めた所、優しくして感謝されるお話を描くのがあまり性に合わないなと思って路線変更していきました。

Q. 本作の世界には細かな規約や制約がたくさんあり、そのどれもが独特で興味深いのが魅力の1つに感じます。ルールや設定を考えたりするのはお好きですか? お好きだとしたら、どんなところに魅力を感じているのか教えてください。
序盤ですと「奴隷の部屋」の設定は見たことがなく驚かされました。商業連載版ではまだ少し先の話となりますが、特に鏡の世界のエピソードからは、ルールを活かした能力バトルの様相を呈してきて、序盤とは印象が変わるのもまた魅力的です。

設定を考えるのは多分大好きなので褒めていただけると嬉しいです、ありがとうございます!
その世界の神さまになったような気分になって、都合がよすぎない丁度いい設定を考えていると、偉い人か神さまになったような気分になって気持ちが良いです。
神さま気取りのやつって許せないよな!という気持ちもあるのでたまにどうしたらいいのかわからなくなります。どうしたらいいですかね?

魔法、錬金術、奴隷契約など、異世界にもさまざまなルールが存在。パラケルススの手に入れたチートスキルは強力だが、さまざまな制約がある。また新参者の錬金術師が高性能すぎるアイテムを作ると周囲に目をつけられてしまうなど、気をつけねばならぬことも多い。

魔法、錬金術、奴隷契約など、異世界にもさまざまなルールが存在。パラケルススの手に入れたチートスキルは強力だが、さまざまな制約がある。また新参者の錬金術師が高性能すぎるアイテムを作ると周囲に目をつけられてしまうなど、気をつけねばならぬことも多い。

Q. 杉浦さんが異世界転生して、パラケルススさんのようにカタログからどんな能力でも選べることになったら、どんな能力を選びますか?

異世界の治安にもよりますが、安全面の性能が高い能力を選ぶと思います。3巻くらいから出てくるキャラの能力がかなり安全ですよね。
もう一つ選べるとしたら安全な場所からお金稼ぎできる能力を選びそうです。

Q. せっかくの機会ですので、杉浦さんが影響を受けたと思う好きな作品を教えてください。マンガはもちろん、映画・音楽・小説など、なんでも構いません。

堤抄子先生の「聖戦記エルナサーガ」が大好きでGファンタジーで連載されていた時は夢中で読んでいました。
北欧神話がベースの、剣や魔法のあるファンタジー漫画なのですが、とにかく丁寧に世界が作り込まれていて、人や国ごとのままならない事情には考えさせられましたし、魔法の詠唱が詩としてとにかくかっこよくて、今でもこんなかっこいい詠唱が書けたらなぁ~と憧れてしまいます。詠唱の文に続きや分岐があって、魔法の種類や威力が変化していく設定もあったように思うのですが、そういったものを駆使して戦う魔法戦が面白かったですね。
最近はマンガ図書館Zなどで無料で読めるのでぜひ読んでみて下さい。

「ニセモノの錬金術師」第2話より。ノラは呪術師で、その能力を活かしパラケルススらの力になる。

「ニセモノの錬金術師」第2話より。ノラは呪術師で、その能力を活かしパラケルススらの力になる。

Q. 単行本が出ることで、作品がさらに多くの人に届くことになるかと存じます。新たに「ニセモノの錬金術師」に触れる読者へメッセージをいただけますか。1・2巻の見どころなども併せてお話しいただけるとうれしいです。

一番の見どころはノラさんが良いな…という所でしょうか。
1巻あたりは、しっかりと異世界で生活する描写を描こうと思っていたので、そのあたりの設定も見て頂ければと思います。2巻で筆が乗って来て、ちょっとずつ不穏になっていきます。
そして3巻からバトルも本格的に始まったりするので、楽しみにして頂ければなと思います。

Q. オリジナル版では、“第2部”もすでに進められています。そちらを楽しみにしている以前からのファンにもひと言いただけますか。

2部以降に何か商業的な展開があるかどうかはわからないのですが、もし展開される事がありましたらよろしくお願いいたします。

プロフィール

杉浦次郎(スギウラジロウ)

2月8日生まれ。主な著作に2019年8月より月刊コミックフラッパー(KADOKAWA)で連載中の「僕の妻は感情がない」など。SNSで個人的に発表していた「ニセモノの錬金術師」が、2022年8月発表「次にくるマンガ大賞 2022」でWebマンガ部門の第12位にランクイン。同作は作画担当にうめ丸を迎え、2023年6月よりカドコミ(旧ComicWalker)で連載化された。

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うめ丸インタビュー