コミックナタリー Power Push - 創刊5周年記念 月刊ヒーローズ
"3カ月連続企画 第2回 白井勝也×樹林伸 対談
編集者から作家へ、貪欲な創作への極意を紐解く
しゃべりながら全然関係ないことを考える
白井 樹林さんは1作品に集中しているよりは、複数の作品を走らせていたほうがご自身に合っていると感じられますか?
樹林 効率的だと思いますね。人間は何もしない間にものを考えるってことはない。人と会って話したり、なんか違うこと考えたりしてるときに、頭が活性化する。目前のことと、それ以外のことについても、ちょっとずつ頭のどこかで考えてるんですよ。あ……今も、なんかちょっと気持ちが泳ぎましたね。「うーん、『金田一』だったら対談しているこの部屋で事件が起こるんじゃないか」って。
──ははは(笑)。
樹林 ここ、格式ある部屋ですから、それっぽいじゃないですか!(笑) こういうことが、僕にはしょっちゅうあるんですよ。家族にも「話聞いてないでしょ」と指摘されて、「ああ、ごめん!」ってなります(笑)。
白井 そのためのサングラスだったりしてね(笑)。
樹林 マンガの打ち合わせをしているのに、フッと全然違うマンガのことを考えたりなんかして……。完全に停止していることは、僕はあんまりない。だからボーっとできない。何かしゃべってるときも、全然関係ないことを考えてたりします。
白井 現在の作品、未来の作品などに思いを馳せ、常に休まる暇がないですね。それじゃあ、南の島の一人旅なんてできないんじゃないですか?(笑)
樹林 ああ、やりたいですけどねえ!
──ところで、樹林さんはたくさんの作品でヒーローを生み出されてきましたが、ご自身の中でのヒーロー像はどういうものでしょうか。
樹林 本当は努力しているのかもしれないけど、あんまり努力を見せないヒーローが僕は好きですね。僕が基本的にサボり屋で、努力できない人間なんで。
白井 こんなにも仕事しているのにサボり屋なんて言葉出されちゃ、立つ瀬がないな(笑)。
樹林 楽しんでやれることにはエネルギーや時間を使えるんです。でも楽しくないこと、苦しいだけのことをちまちまやるのは大っ嫌いなんですよね。そういうのをあんまり見せないで、他人から見れば努力かもしれないですけど、それを楽しめるようなヒーロー像ってのが僕は好きですね。きらめきのあるやつ。「いやあ、こいつすげえな。世界見えてるよな」っていうタイプ。だから僕のサッカーマンガにも、努力するシーンってほぼないんです。ボロボロになるまでシュートを受けたりはしない。
白井 あえて難しい局面を引き受けるみたいなところも、ヒーロー像に入ってくる?
樹林 そうですね。危機管理能力が高い人間って好きなんですよね。
──さきほどの「世界が見えてる」ということにも繋がりそうですね。
樹林 普段はボンクラでも、ヤバいときには半端じゃなく頼りになる人間って、僕は好きなんです。金田一もそうですし、「BLOODY MONDAY」の高木もそう。今やっている「エリアの騎士」だったら荒木みたいな男。ボンクラなんだけど、やっぱりすごい、みたいな。いざというときに頼りになるのは、ヒーローとして素敵だなと思っています。
樹林伸は何を目指してる?
白井 樹林さんは魅力的なヒーローや作品をたくさん生み出してこられたわけですが、最後には何を目指してるんですか?
樹林 えっ?
白井 これだけの作品や成功を手中に収めているから、最終的には何を目指してるのかな、世界征服かな、と(笑)。
樹林 ははは(笑)。今、僕がやろうと思ってて実際に書き始めているのは、ハリウッド向けの台本ですね。
白井 やはりね。ハリウッド映画への進出を考えている?
樹林 最初からニューヨークを舞台にした物語なんです。
白井 それはオリジナル作品ですか?
樹林 オリジナルです。日本語で書きますが、翻訳してそのまま使えるような感じで書いてます。
白井 相当壮大ですね。ジャンルは?
樹林 もちろんアクション、サスペンス。“ITサスペンス”みたいな感じです。たぶん誰も書いたことがない、「実際こうなったら、かなり怖い」っていうシーンが頭に浮かんだんですよ。いわゆるハリウッド大作はこれからもどんどん制作されると思うんですけど、僕は子供の頃に観たハリウッド映画で、「この悪者すっげえな。よくワンアイデアでここまで引っ張ってきたな。ホントに面白かった」と思った作品に、「激突!」という作品があるんです。
白井 ああ、あったあった。スティーヴン・スピルバーグのテレビ映画で、劇場公開もされた作品ですね。自動車のドライバーが前を走るトレーラーを追い抜いたら、そのあとしつこくトレーラーに追いかけられる。
樹林 めちゃくちゃ怖いですよね。あれはワンアイデアじゃないですか。でも金なんか全然かかってない。これからハリウッドで勝負するなら、お金をかけた大作を提案するよりも、斬新なアイデアという一点突破でいくのが一番効くような気がしています。一番難しくて、でも突破したら面白いという感触をもっているのは「ダイ・ハード」みたいな映画なんです。ああいうのって実は難易度が高い。設定そのものはありふれているけど、ストーリーの展開と、キャラクターの強さで最後まで持っていってる。もう1つ難しいけど似たようなところがあるのは「ロッキー」みたいな作品で、あれはキャラクター一発ですよね。キャラクターの強さで押し切る。ただ、そういったものよりは「激突!」のようにアイデア一発のほうが、脚本を書きやすいし、マンガならネームにしやすいんですよね。
白井 確かに「激突!」にはキャラクターの強さはないですね。
樹林 キャラクターはどこにもいなくて、いるとすれば、敵対する変な大型トレーラーがキャラクターですね。あれだけで、あとは全部凡人。ちゃんと出演しているのは主人公1人みたいな感じですからね。
白井 それでいて最後まで緊張感に満ちている。ホント名作だよね。みんなにも観てほしいな。樹林さんはハリウッド映画も視野に入れて、ますます世界を広げている。作者がいて、伴走者としての編集者がいるっていう従来のスタイルから離れて、実作者と創作者になるという道筋を作った人ですね。僕は書く才能がなかったから樹林さんみたいにはなれなかったけど、編集者はここまでなれるものなんだって、これからの若い編集者は勉強になるんじゃないかな。別に会社にしがみつかずに、どっかで辞めてもいいんだよね(笑)。
樹林 自由で、楽しいですからね(笑)。
白井 そうそう。無になるわけだから。そういう自由な人たちが増えてきて、新たに組む若い描き手が雑誌や創作のグループに加わっていく。そんなふうに状況が循環してますます活性化すると、またひとつ時代は動くでしょうね。
- 月刊ヒーローズ創刊5周年特集 Index
- 第1回 糸井重里×白井勝也
- 第2回 樹林伸×白井勝也
- 第3回 高橋留美子×白井勝也
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樹林伸(キバヤシシン)
早稲田大学政経学部卒業後、講談社に入社しマンガ編集者として「シュート!」「GTO」等のストーリー制作に深く関わる。作家として独立後は、多くの筆名で「金田一少年の事件簿」「神の雫」「サイコメトラー」「エリアの騎士」「BLOODY MONDAY」「Get Backers―奪還屋―」などのマンガ原作、ドラマ「HERO」の企画のほか、「ビット・トレーダー」(幻冬舎)「陽の鳥」(講談社)「ドクター・ホワイト」(角川書店)などの小説も著した。また2016年10月より放送されているテレビ東京のドラマ「石川五右衛門」の原作・脚本も担当している。
白井勝也(シライカツヤ)
1942年生まれ。小学館最高顧問。1968年に小学館に入社し、少年サンデー編集部に配属され、「男組」(雁屋哲・池上遼一)、「まことちゃん」(楳図かずお)などを担当する。ビッグコミック副編集長を経て、1980年にはビッグコミックスピリッツの創刊編集長に就任。「めぞん一刻」(高橋留美子)、「美味しんぼ」(雁屋哲・花咲アキラ)などのヒット作を手がけ、創刊5年足らずで100万部雑誌に押し上げた。2016年、株式会社ヒーローズ代表取締役社長に就任。
2016年12月1日更新