コミックナタリー PowerPush - 池辺葵「繕い裁つ人」

Kissから誕生した新マンガ誌・ハツキスの連載作 孤独な洋裁店の店主を描く、作者の素顔に迫る

最初の投稿作は松本大洋さんの影響を受けた

──ほかにも影響を受けた作家さんはいますか。

えっと……最初の投稿のときは、松本大洋さんの影響を受けてました。

──どのあたりにでしょう?

俯瞰とか、煽りを使うところを参考にしてました。2階の人が下にしゃべりかけるとかそういうのを入れて、淡々とした物語に抑揚をつけようと考えて。でも大洋さんのすごさってそういうところだけじゃないのに、表面的なところだけ真似しても全然ダメなんだなって思い知りました。再投稿を始めたときにはあまり何かの影響を受けないように、マンガを読むのも控えてました。まずは自分に描けるものだけを描こうと思って。「繕い裁つ人」は平面的で、煽りや俯瞰も上手く使えなくなってますし。

「繕い裁つ人」では、横からカメラで撮影しているような構図が度々使われる。

──「繕い裁つ人」は四角いコマの中に、横からカメラで撮影しているような構図が多くて、映画のカットのようだなと思っていました。

映画は大好きです。

──どんな作品を観るんですか?

ハリウッド映画とか大好きです。アメコミ系とか。

──えっ。「スパイダーマン」とかですか?

ストレス解消になるんですよね。自分の創作の参考になるのは、もっと静かな映画ですけど。最近だと「オン・ザ・ロード」が印象的でした。

──確かジャック・ケルアックの小説が原作の……。

作家が主人公のお話。その人の友人がね、受け入れがたい行動を次々にするんですよね。妻子持ちなのに違う女の人と旅行に行ったりとか、クスリやったりとか。そういうのを主人公はただ見つめてるんです。それがなんかね……作家の在り方としてすごいと思ったんですよ。あらゆることを間違いや正しさに関係なく見てるし、判断も指摘もしない。

──ただ公平に受け入れる。

とにかく寛容だなって。私はどっちかというと視点に偏りがあるほうやから、映画を観ながら道徳観を壊されたような、試されてる感じで。それで自分の価値観とか考え方の幅を、もっと広げていかないと、と思いました。

──そういうスピリット的な部分のほか、映画から創作の技法そのものに影響を受けることもありますか。

映画から受けるものは多いです。「あっ、こういうシーンを描きたいな」とか。サスペンスとかも大好きなんです。

──池辺先生のサスペンス、読んでみたいです。

サスペンスは難しくて無理かなあ。お話を組み立てるのが……。

キャラクターの過保護な母親みたい

──ストーリーを緻密に組み立てるよりは、思い付いたままどんどん描いていくタイプですか。

池辺葵「どぶがわ」(秋田書店刊)

作品によりますね。「どぶがわ」は何も決めなかったんです。プロットも描かず、キャラクターも考えず。

──えっ。右脳で感覚的に描いてる感じですかね。

そうですね。ストーリーというストーリーはなくて。シーンを追う感じで描いていました。抑揚のない話だから絵は美しく見せたいと思って、景色を大事に。自分としてはそっちのほうがやりやすいみたいで、速く描けました。

──「繕い裁つ人」はまた違う?

「繕い裁つ人」はセリフが浮かぶことが多いです。そのセリフに向かって描いていく感じです。でも「あれ、でもこれだとこっち側の視線がないな」とか、描いてる途中で気になるようになってきて。できるだけ多面的なものが描きたいんですが……。最近は、結論をあんまり考えすぎるのもよくないなあと思うんです。自分のマンガの登場人物に、「君はこのように動きたまえ」って思っちゃってたの。過保護な母親みたいに。

──道筋を示してあげたくなっちゃう?

願いみたいな感じですね。「凛としてて」って思ってました。「あなたはその道を選んじゃダメ!」って言いたくなったり。

──なるほど、過保護ですね(笑)。

でしょう?(笑) でも最近は、自由に道を選ばせてあげなきゃと思う。

──「私はこっちに行きたいのに!」って、キャラクターが反抗してきたりしませんか。

池辺葵

反抗はしないけど、悲しむ。なんか耐えてるなって思います。耐えることもいいとは思うんだけど。キャラクターに厳しいのもそうだけど、ストーリーも、これまではある程度現実的な話を描くのがいいと思ってたんです。世の中甘くないし。でも最近は、作り上げたマンガの世界くらい、もっと幸福感に満たされていてほしいって思ったりします。

──それは大きな変化ですね。

いままでは「道端にもささやかな幸せは落ちてるよ」っていうのを描いていたつもりなんです。でも本当にどうしようもなくつらいときとかしんどいときに、まやかしでもいいから一時でも救いになるような、夢みたいに最高に幸福な世界も描きたいと、いまは思っています。

──現実から逃避して没頭できるのが、マンガの醍醐味だと。

うん。いままでは「現実逃避するな!」って思ってたんだけど……。それもいい、ってやっと思えるようになった。

「ハツキス」2014年7月号 / 2014年6月13日発売 / 650円 / 講談社
「ハツキス」2014年7月号 / 2014年6月13日発売 / 650円 / 講談社
ラインナップ

ヤマザキマリ(原作:W・アイザックソン)「スティーブ・ジョブズ」、磯谷友紀「腹ペコな魔女 サティーとパールヴァティ」、雁須磨子「感覚・ソーダファウンテン」、池辺葵「繕い裁つ人」、原作:こやまゆかり 作画:霜月かよ子「ポワソン ~寵姫ポンパドゥールの生涯」、東村アキコ「海月姫外伝 BARAKURA」、葉月京「FRIEND OF FOE」、漫画:おおきたよる 原作:壁井ユカコ(GoRA) アニメ原作:GoRA・GoHands「K ―Lost Small World―」、奈良原せつ「年甲斐ないにもほどがある」、坂下七恵「13階の死神さん。」、小川彌生「刻待アパートメント」、百乃モト「私の無知なわたしの未知」、みなみうみ「小さなお人魚日和」、宇仁田ゆみ「柄ラボ」、沖田×華「透明なゆりかご」、岡田有希「さよならしきゅう」、浜名杏「いといろとりどり」

池辺葵「繕い裁つ人」5巻 / 2014年3月13日発売 / 648円 / 講談社
池辺葵「繕い裁つ人」5巻 / 2014年3月13日発売 / 648円 / 講談社

藤井の担当する洋裁教室の終了が決まり、パリ支店への転勤を希望する藤井。一方、何も知らない市江は、南洋裁店での日々の生活の中で、自分が本当に欲しいものを見つけることとそれを手に入れることの困難さを改めて心に刻んでいた。そして藤井のパリ転勤が正式に決定。それを耳にした市江は……。

池辺葵(イケベアオイ)
池辺葵

2009年、Kissマンガセミナーにて、「落陽」でデビュー。その後、Kiss PLUSにて「繕い裁つ人」の連載を開始し、現在はハツキス(ともに講談社)にて連載中。同作は2015年1月に、実写映画が全国公開予定。主な作品に「サウダーデ」(講談社)、「どぶがわ」(秋田書店)など。9月には、秋田書店のWEBマンガサイト「チャンピオン・タップ」で連載されていた「かごめかごめ」の単行本が発売を控えている。