今年1月に約9年にわたる連載に幕を閉じた、菅野文による「薔薇王の葬列」。現在月刊プリンセス(秋田書店)では「薔薇王の葬列」にも登場した悪役王妃・マーガレットにスポットを当てた「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」が連載中だ。
コミックナタリーでは同作の第1巻の発売を記念し、菅野が影響を受けたというマンガ家・萩尾望都との対談をセッティング。萩尾が感じる「薔薇王の葬列」の魅力や菅野による作品の裏話、またお互いが共感した“歴史物”“女性主人公”を描くうえでの楽しさや難しさなどが語られた。なお特集記事の最後には「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」第1話の試し読みを掲載しているので、気になる人はこちらも合わせてチェックしてほしい。
取材・文 / 粟生こずえ
シェイクスピアより面白い⁉︎ 萩尾望都が激賞した理由とは
──萩尾先生は「薔薇王の葬列」を連載初期から読んでいらしたそうですね。
萩尾望都 そうなんです。面白くて夢中になって読んでいたんですよ。
菅野文 萩尾先生が読んでくださっているというお噂を聞いて感激しました。3巻が出るときに担当さんが「単行本の帯にコメントを書いていただけないでしょうか」とお願いして……まさか本当に書いていただけるとは!
萩尾 「シェイクスピアより面白い!」って書いたんですよね(参照:菅野文「薔薇王の葬列」3巻帯に萩尾望都の推薦文、書店特典も)。
菅野 ありがとうございます(笑)。
萩尾 そう書いたのにはちゃんと理由があるんです。昔から歴史物が好きでいろいろ読んでいたんですが、シェイクスピアの戯曲の「リチャード三世」は何がなんだかわからなかったんです。「リア王」や「ハムレット」は理解できたのに。それが「薔薇王の葬列」のあとに「リチャード三世」を読んだらとてもよくわかったんですね。
菅野 私も最初に蜷川幸雄さん演出の「ヘンリー六世」の演劇を観たんですけど。ヘンリー六世の話なのに、ヘンリー五世の話から始まるので混乱しましたね。その初見の気持ちを忘れずに、登場人物の名前が覚えられるように気をつけて描きました。
萩尾 その時代の舞台は私も観たと思います。何だったかな? 私が観たのは2009年に鵜山仁さんが演出した新国立劇場「ヘンリー六世」だったのかな? 菅野さんがご覧になった蜷川さん演出の舞台では、大竹しのぶさんが乙女ジャンヌと、マーガレットを?
菅野 そうです。大竹しのぶさんがマーガレット役でした。
萩尾 舞台を観る前にイギリス映画、ローレンス・オリヴィエの「ヘンリー五世」を見ていたので、「あ、あの映画の続きだ」と思ったんですけど……それでもだいぶ混乱しましたよ。歴史物は難しいですよね。でも、「薔薇王」はすごくよくお調べになって描いてますよね。すごくよく要点をついていると思います。歴史を専門に学んでいたのですか?
菅野 そんなことないです。単に歴史オタクなだけです!
萩尾 オタクが一番勝ちますよね(笑)。
菅野 最初は日本史が好きで。新選組をきっかけに歴史物が好きになりました。
萩尾 菅野先生が新選組を描かれた「北走新選組」、カッコいいですよね。ハンサムがいっぱいで。
菅野 どうしてもそうなってしまいます(笑)。私、萩尾先生が「手塚治虫先生の『新選組』が好き」だとおっしゃっているのを何かの記事で読んで知ったとき、すごくうれしかったんです。新選組好きとして。私も手塚先生のマンガを読んで育ってますし。
萩尾 そうなんですか?
菅野 家に「火の鳥」と「アドルフに告ぐ」があったので、小さい頃から読んでいて。
萩尾 いいお家ですね。マンガのある家はいい家です(笑)。
想像をめぐらせながら歴史上の人物を理解していく面白さ
──菅野先生が、最初に萩尾先生のファンになったきっかけは何だったのでしょうか。
菅野 最初の出会いは「ポーの一族」です。兄弟に勉強を教えてくれていた方が兄に貸してくれたのを読んで。自分で初めて買ったのは「残酷な神が支配する」ですね。何度も読み返している作品です。「薔薇王」を描く前に「いくつか指針にする作品を」と考えたうちの1つです。「薔薇王」のジャンヌというキャラは、「残酷な神が支配する」の、死んでしまった後にも亡霊として現れるグレッグのイメージに影響を受けました。
萩尾 ジャンヌは魅力的なキャラクターですよね。リチャードの聞きたくないことを耳打ちしてくる。リチャードの深層心理を表しているんですよね。
菅野 グレッグの亡霊が漂わせる不可解で嫌な感じがすごく好きで。あんな存在を描いてみたかったんです。私は小さい頃、あまり少女マンガを通らないできたんですよね。大人になってから急に少女マンガに目覚めていっぱい読み始めたんですが、本当に萩尾先生は憧れです。作風は多岐にわたるし、全部面白いし。お話もですけど、画面の作り方や背景も参考にさせていただいています。もちろん、その前にいち読者として楽しんでいるわけですけど。そんな雲の上の存在のような萩尾先生に、ファンブックでトリビュートイラストを寄せていただいて夢のようです。
──「薔薇王の葬列 公式ファンブック」で萩尾先生がたくさんのキャラクターを描き込まれているのは印象的でした(参照:「薔薇王の葬列」ファンブックに菅野文描き下ろし、萩尾望都や西修らのイラストも)。
萩尾 キャラクターがみんな、とても面白いんですよ。顔かたちに、この人はこういう役割なのねというのが染み込んでる。ウォリックなんか、アル・カポネみたいな顔してますよね。でも、やっぱりリチャードが一番面白いですね。それにしてもみんな親子関係がよくないですよね(笑)。リチャードはあんなにお母さんから嫌われてますし。そう、お母さんといえばマーガレット。「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」ではマーガレットが主人公になって、マーガレットってこういう立場の人だったんだなとわかってきました。フランスからやって来て、イギリスの王室に入ったばかりのときはいびられていたんですね。でも、気が強いから相手をひっぱたいたりして。
菅野 とても描きたかったシーンです。
萩尾 外伝で若い頃のマーガレットを知って、改めて「薔薇王の葬列」を読み返すとなるほどと思うことがたくさんあります。
菅野 王妃って立場が難しいですよね。基本、あまり動けないじゃないですか。そんなに政治に関わっていないことも多いし。萩尾先生は「王妃マルゴ」を描いたとき、難しくなかったですか? マルゴって目的が明確にあるわけではないし。
萩尾 そうですね。サン・バルテルミの虐殺がなぜ起こったのかをずっと考えていて……マルゴを描けばわかるかなと思ったのが「王妃マルゴ」を始めたきっかけなのですが、マルゴ自身の気持ちはあまりつかめなかったです。私、描きながらキャラクターと対話をするんですよね。「どうして、こんなことするの?」って。マルゴさんは聞いても、あまり返事してくれないんです(笑)。
──歴史上の人物の行動については資料に書かれていても、「どういう気持ちだったか」まではわからないですよね。
菅野 ずっと考えてると、「この人がこのときどこにいたか」とかが調べないでわかることがあるんですよ。あとで答え合わせして「合ってた!」って。その人物と長く付き合ううちに「こういう状況なら、この人はこうしただろうな」というのが、だんだんわかってくるのかもしれません。
萩尾 時代を超えてその人とシンクロしているんですね。
菅野 裏切った理由とか、死の理由とかも真実がよくわかっていないことは多いですよね。そこは自由に想像できる余地だと思います。実際の人物をもとに想像を広げながら描くのが歴史物の面白さですし。自分でゼロから考えたら、こんなキャラクターは生まれないかも。史実を調べていると、想像を超えるような行動をしていたりするじゃないですか。
萩尾 自分の考えでは及びがつかない“不自由さ”があるところが歴史物の楽しさですね。「なんでこんなことするの⁉︎」と思うこともいっぱいありますね。
菅野 少女マンガの定型だと「王妃になったらハッピーエンド」のはずですけど、実際はそううまくはいかない。「王妃マルゴ」でもそうですよね。
萩尾 現実では王様には愛人がいっぱいいますしね。まあ、マルゴもかなり好き放題やってますが(笑)。
菅野 その「王妃になったからって幸せじゃない」ところが面白いんですけど。
萩尾 王妃って大変ですよね。
菅野 いつ首を切られるかわからないし。絶対王妃になんかなるもんじゃないと思います!
萩尾 でも、「王妃マルゴ」を描き終わってから、私って本当に女が描けないなと思ったんですよ。女性を主人公にした時点で、描きながら「女の人にこういう行動をとらせていいのかな」と思ってしまって。歴史物の場合は、特に時代背景もありますし。そこがもうひとつ開き直れないというか。
菅野 確かに女性だと、歴史物では特にやれることの限界が気になってしまいますね。もっと前面に出して動かしたくても、暗躍的な存在にせざるを得なかったり。
萩尾 マルゴは恋多き女ですが、自由奔放とも言い切れない。どうしても「立場の弱い女」からは脱却できないところがあります。ほかに好きな人がいても、親の決めた結婚に逆らえないわけですから。
菅野 そうするしか生きていけなかった時代でしょうね。歴史物では「この時代の人だったらこうしただろうな」と考えることは必要ですね。調べていて面白かったのは宗教の面です。この時代はキリスト教──というか、カトリックの考え方がすべての基礎にあって。そこがわからないと全部の動機が理解できない。むしろそこがわかれば、全部わかってくるんです。
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外伝で紐解かれるマーガレット王妃の心の内