音楽ナタリー PowerPush - やなぎなぎ

「春」ではなく「春擬き」「モドキ」ではなく「擬き」

コレクション? それとも虫の死骸?

──やなぎさん的には、まさにチョウ=「翅(はね)」に「鱗粉」を持つ生き物だから「鱗翅目」という学術的分類群の名前で言い表してみた、と。

はい。あと、そのチョウの羽根をつかんじゃった話に通じるんですけど、子供の頃「キレイだな」と思って、チョウの標本というか羽根を集めていたことがあったんです。でも、ある日そのコレクションを見た友達から「ちょっと気持ち悪い」って言われてしまいまして……。

──生魚を食べる文化のある我々にとっては“刺身”なんだけど、その文化のない国の人にしてみたら、刺身は“魚の死体”というちょっとグロいものに見えてしまう、みたいな話?

まさにそういう感じで(笑)。その同じものを見ているはずなのに私と友達とでは受ける印象がまるで違うことが面白いと思ったのと同時に、私のコレクションを「気持ち悪い」と言われたことがすごくショックでもあって。だから「いつかこの気持ちを詞にしたい」とずっと思っていて、実際、以前にもそのエピソードをモチーフに書いてみたことがあるんですけど、そのときはスタッフさんから「やなぎさん、後ろ向きすぎます」と言われてしまい……。

──「気持ち悪い」って言われた当時のショックが先に立っちゃいましたか(笑)。

で、今回「春擬き」っていう“春のような何か”をテーマにした曲が完成したから、もう一度チョウのことを書いてみようということで、できあがったのが「鱗翅目標本」の詞なんです。

“虫のようで虫ではない”ビジュアルから曲を書く

──今回のシングルはジャケットが金属で作られた虫のオブジェを並べた写真で、表題曲が「春擬き」。で、カップリングがこの「鱗翅目標本」。すべて“春をイメージさせるんだけど春ではない何か”で統一されています。これは初めから意図していたことなんですか?

「今回のシングルは春のような何かをテーマにしよう」と思って制作を始めたわけではないんですけど「鱗翅目標本」はその意図のもとで書いた曲ですね。以前、あるアーティストの方が廃材で作った虫のオブジェを見たことがあって「いずれこの“虫のようで虫じゃない”ビジュアルを私も使ってみたい」と思っていたところに「春擬き」という曲が完成して。「じゃあ、今回のシングルは“春のようで春じゃない”っていうテーマにしよう」「“虫のようで虫じゃない”オブジェをビジュアルに使ってみよう」ということになって、そこからこの曲を作ろうってことになったので。

──これまでビジュアルイメージ先行で曲を作ったことは?

ないですね。「鱗翅目標本」が初めてです。ただ「unjour」っていう絵本にインスパイアされて「unjour」という曲を作ったことはあったし(参照:やなぎなぎ「三つ葉の結びめ」インタビュー)、風景をもとに曲を作ることも多いですし、この曲もその一環という感じだったから、戸惑わずに作れた気はします。

──「春擬き」から一転。ピアノがベースラインを構成しつつ、その上で空間系のエフェクトを効かせた電子音を響かせる、アブストラクトな1曲ですよね。

アレンジや音像がこうなったのは、完全にアルバム(2014年12月リリースの「ポリオミノ」)の反動ですね(笑)。

──「ポリオミノ」が「春擬き」以上にタフで尖った曲が並ぶ挑戦的な1枚だったから(参照:やなぎなぎ「ポリオミノ」インタビュー)、今回は元来のやなぎさんの嗜好に沿った電子音楽になった?

「本来の」というよりは「ポリオミノ」以降の私らしいサウンドかもしれませんね。「ポリオミノ」で作り上げた尖った音に、もともとの私らしい音を重ねてみるっていう作り方をしているので。

今のサンプリング素材と今のスキルで作る今の曲

──さて、そろそろ2015年が半分終わろうとしてますけど、下半期って何をしましょう?

そうですねえ……。今年はちょっとサウンドデザインにこだわりたいな、とは思ってます。歌声や楽曲じゃなくて、音、それも音階のある音じゃなくて、生活音やノイズを記録することにこだわりたいなって。

──ジャンル的な意味ではなく、「環境音」という辞書的な意味でのアンビエントサウンドを?

そういう感じですね。私の音楽的な原点の1つに、そのジャンルとしてのアンビエントミュージックがあるので、そういう楽曲を構成するための素材としての音、生活音や効果音的なものを改めて作ってみたいとは思ってます。「ポリオミノ」というアルバムや、今回の「春擬き」をいろんな作家さんと作らせていただいたおかげで、メロディを作る、歌詞を書くっていう面ではすごく充実した活動ができていると思うんですけど、その一方で、最近は音を突き詰めることができていなかったので。

──以前はやっぱり熱心にやってました?

ヒマだったからっていうのが一番の理由なんですけど、そこらじゅうにあるもので音を出してました(笑)。物差しを何度も何度もバイーンっとはじいてみたり、ボールペンのペン先じゃなくて反対側で紙をガッとこすってみたりとか。そういう音を大量にサンプリングしていたんですけど、最近それができてなかったので、さらに進化させたサンプルを集めたいなとは思ってます。「ポリオミノ」や「春擬き」を作った今の私がそういう音を使って1つの作品を作り上げたら、あの頃とはまた違う何かが生まれる気がしますし。

ニューシングル「春擬き」 / 2015年6月3日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
初回限定盤 [CD+DVD] / 1944円 / GNCA-0380
通常盤 [CD] / 1296円 / GNCA-0381
収録曲
  1. 春擬き
    [作詞:やなぎなぎ / 作曲・編曲:北川勝利]
  2. 鱗翅目標本
    [作詞・作曲・編曲:やなぎなぎ]
  3. 春擬き(instrumental)
  4. 鱗翅目標本(instrumental)
やなぎなぎ

関西出身の女性シンガーソングライター。2006年からライブハウスやインターネット上で音楽活動を開始するや注目を集め、2009年にはsupercell「君の知らない物語」にnagi名義でゲスト参加。幅広い層の支持を集める。2012年2月、テレビアニメ「あの夏で待ってる」のエンディングテーマ「ビードロ模様」でメジャーデビュー。以来「ヨルムンガンド」のエンディングテーマ「Ambivalentidea」、「AMNESIA」のオープニングテーマ「Zoetrope」、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」のオープニングテーマ「ユキトキ」など、話題のアニメのテーマソングを立て続けに発表し、2013年7月には1stアルバム「エウアル」を発売。以降もアニメ「凪のあすから」の前期エンディングテーマ「アクアテラリウム」、「ブラック・ブレット」のエンディング曲「トコハナ」などを発表し、また2014年12月には2ndアルバム「ポリオミノ」を完成させた。そして2015年6月、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」のオープニングテーマ「春擬き」を発表した。